狂気持つ二人
結論付けて、古衛リシアは、己の心の内にも、未だ士護帳荒哉への慕う気持ちは存在した。
彼の後姿、仕草、言動、全てに置いて、初めての出来事を目撃したリシアは高揚する他ない。
やはり、己には士護帳が必要だ、彼への愛は本物であり、それでいて矛盾の槍でもあった。
好いている、のに殺さなければならない、その食い違いが彼女の心を病ませていく。
やはり、殺すしか方法は無い、そうでなければ、彼は自分自身の物にはならない、その様な狂気の思考が延々と駆け巡る。
殺せば自分は幸せになれる、けれど殺せば先輩は不幸になる。
殺さなければ自分は不幸せで、殺さなければ先輩は幸福になる。
成る程これが彼女の秘める思考回路、頭脳明晰として謳われた古衛リシアでも、恋沙汰では赤子同然だ。
もし彼女がいち早く恋に目覚めていれば、ここまで思い悩む必要は無かった。
ただ、運が悪かった、不幸にも偶然が重なった結果がこうなっただけであり、最早彼女にはやり直しが聞かない状態まで来ていた。
愛している、故に殺す、恋している、故に殺す、慕っている、故に殺す、想っている、故に殺す、全てに置いて、彼女の恋愛感情は愛から殺意へと変貌していく。
誰かが止めなければ、この暴走機関車は常識から外れる、そうなれば最悪の結果は免れない。
けれど、唯一その常識から外れることの無い方法があった。
「おっす古衛、お前も飯か?」
佇むのは山盛りのカレーライスを盛った白師第六図書長、口に物を入れなければ落ち着かない彼女にとって、食事とは通常運転である。
けれど、古衛は笑わない、その女性から、微かに士護帳と同じ臭いが臭って仕方が無い。
臨戦状態、何も持たない彼女が唯一持ち合わせる狂気の感情、それを知ってかしらずか、白師は不適に笑ってワザと逆撫でる。
「へぇ、さっきまで士護帳がいたのか、料理の約束でもこじつけたか?」
何処まで聞いていたこの女、と、血走る瞳が白師を睨む。
敢えて白師は古衛の隣に座り、山盛りのカレーの山頂をスプーンで抉り、口に頬張る。
「んん、うまい、知ってるか?ここの食堂、結構士護帳のお気に入りなんだぜ?」
油に火を注ぐように、点火物を発火品に近づける。
段々と暗転する古衛の表情に、先程士護帳に見せた笑顔は無い。
「―――こんな不味い料理よりも、私の作った料理の方が、美味しいに決まってる」
「だって、センパイの好みは、全部把握してるし、作れますから」
箸を握り締めて、鯖の味噌煮に力のある限り突き刺した、食器が揺れて擦れる音が響き渡る。
何度も何度も何度も何度も突き刺して突き刺して、そうして原型を留めなくなった料理を片手に、食器洗い場の残飯箱に全てを捨てた。
「おー、勿体無ねぇ、食べ物を粗末にするなって教わらなかったか?」
「どうでもいいです、それがセンパイの役に立ちますか?私は、センパイの役に立ちたい」
狂気渦巻く瞳は遠くを眺めて言葉を綴る。
白師は密かに、彼女の狂気を見据えていた。
「ふーん、役に立つ……ねぇ、じゃあさ、私と一緒に、センパイに役立つ事でもしてみるかい?」
その言葉は、差し詰め典型的な力を与える云々の話だ、暴走列車に加速を含めれば、レールから外れる可能性は高くなる。
しかし白師は、彼女の狂気を見据えてながらも、敢えてその話を話題にした。
それは、間接的に"狂ってしまえ"と口にしているものだ、けれど、白師は口にした。
「―――分かるよ、お前も愛してんだろ?私も、愛してるから分かるのさ」
珍しく釣りあがった目は柔和になっている、物腰が柔らかく、どこぞのお嬢様の如く端麗に見える。
彼女は、士護帳荒哉を愛している、故に、態々その恋敵に、塩を送ったのだ。
その理由は、案外単純で、
「さあ、一緒に狂おうぜ」
結果的に言えば、彼女は同志を欲していたのだ。