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ある薬師の災難

 村長の家には、大勢の男たちが輪になって、深刻な顔を突き合わせて陰鬱な相談をしていた。

 その輪の中に加わっていた薬師のレマも、憂鬱なため息をついた。

 彼らが相談していたのは、もうすぐ納めなければならない今年の分の税の相談だ。今年は税を納められなさそうな家が幾つかあるのが悩みだった。

 決して今年が不作だったというわけではない。農作物の価格の暴落が原因だ。

 この辺りはジルベルト伯爵領に属し、ジルベルト伯爵家の分家にあたるサーヴェイ家の送りこんだ代官がこの村を治めている。

 交易都市を治めるサーヴェイ家は、税金を貨幣により納めることとしている。そこで近隣の村は農作物を行商人に売って貨幣に代えて税を納めていた。

 しかし、海の向こうの遠国の戦乱により交易の一部が麻痺したことから、農作物の価格が下落したのだ。その結果、税を納められない家が出てきたのだ。

 税金が納められなければ、その家は平民の身分を奪われサーヴェイ家の所有する奴隷となる。それを避けるには、どうすれば良いか。村の大人たちは頭を痛めていた。

 他の家から金を借りられれば良いのだが、どこの家もその余裕はなかった。比較的豊かな村長でも、不足する税の全てを立て替えることはできなかった。

 このままでは、誰かが身売りしないことには税を納められそうになかった。


 腕を組んで考え込んでいたレマは、いつしか男衆の視線が自分に集まっていることに気付いた。

 その視線の意味はレマにも良く分かっていた。

 彼らはレマの薬に期待しているのだ。

 農作物の価格が暴落している今、他にこの村で売り物になりそうなのはレマの薬しかない。レマは居心地が悪く身じろぎした。

 確かに、薬はそれなりに売れる。旅をする上で、傷薬などは必須だ。需要はいくらでもある。

 だが、レマに作れる薬には限りがあった。手間の問題もあるが、それ以前に薬草が足りない。村の近くで採れる薬草には限りがある。それに、税を納めるには高く売れる薬が必要だ。そうした薬を作るには、村の近くでは採れない薬草も必要になる。

 薬草を商人から仕入れては利幅が少なくなり、到底、税を立て替える程の利益がでない。そうなると、どうしても手に入らないものを除いて、自分で採取する必要がある。

 村から離れた薬草の群生地にも足を伸ばせば必要な量は賄えるかもしれない。だが、村から離れればそれだけ魔物に会い易くなる。

 村の狩人などの助けを借りるとしても、魔物相手にどこまで戦えるか分からない。万全を期すなら傭兵を護衛に雇いたいが、それではまた利幅が少なくなるという問題があった。

 村の話し合いはいつまでも続いた。


 村長の家から戻ったレマは薬草の蓄えを確かめた。薬師であるレマは日頃から様々な種類の薬草を集めていたが、やはりこの村の税を賄うには足りなかった。ただ、幸いにして、レマ自身は税を払えるだけの蓄えがある。

 すり鉢で薬草をすりおろしながら、これからの村の行く末を儚んだ。

 このままでは村はどんどん衰退していくだろう。レマにしても、いつまで税を払えるか分からない。村人たちを相手に仕事をしている以上、村そのものが衰退してしまえば一蓮托生なのだ。

 村を出て町にでようにも、先立つものがない。薬が作れるという技能があるとはいっても、町で暮らせるほど稼げる訳ではないのだ。

 レマには大した薬は作れない。師匠から教わったレシピの中には高く売れそうな薬もあったが、原料となる薬草はなかった。薬草の栽培ができるようになれば安定した収入が得られるのだが、今の生活ではそれすらも苦しい。

 それに、薬を作る道具も足りない。師匠から譲ってもらったすり鉢以外は、村で手に入る道具を手直ししただけのものだ。

 八方塞がりとはこのことだろう。


 夜も更けた頃、幼馴染のヘラが彼の家にやってきた。

 彼女はレマより2つほど年上だが、一昨年夫を亡くしたために今は独り身で両親の元で暮らしている。

 まだ20代後半なので、両親は再婚を勧めていたが、それほど強くは言われていない。

 何故なら、彼女がレマと恋人同士であることは、村では公然の秘密だからだ。数年前、彼女が村長の次男と結婚したときは、村の皆は驚いた。

 次男とは上手くいっていたかどうかは分からないが、村長との折り合いは悪かったようで、次男が流行病で死ぬと実家に帰らされた。

 村の女たちは次男の財産目当てに結婚したのが村長に見抜かれたのではないかと嘯いたが、小太りの次男と彼女の結婚を歯噛みして見ていることしかできなかったレマにとっては朗報だった。

 レマは肩身の狭い思いをしていた彼女の為に何くれとなく世話をし、様々な相談に乗ってやった。今ではヘラは頻繁に彼の家に出入りするようになっていた。

 その日、彼女がレマの家にやってきたのもそんな事情からだった。

 彼女は村の会合がどうなったかをレマに聞いてきた。

 どうしたのかと彼が問えば、何と彼女の家も税を納められる見込みがない家の一つなのだという。

 このままでは、自分が身売りすることになる。

 そう言って、不安そうな顔をして自分に身を寄せて震える彼女の姿に、レマは何とかして彼女を救えないかと悩んだ。


 自分の蓄えならば、せめて彼女の家の分だけでも税を立て替えられないだろうか。

 そう思ったレマは月に一度だけ村にやってくる行商人に、自分の用意できる額の薬がどれくらいで売れるか聞いたところ、彼女の家の不足分には満たないという見積もりが返ってきた。

 自分では、彼女一人救うことができないのか。

 そううなだれるレマの耳に、村長たちの慌てたような声が聞こえた。

 どうしたのかと慌てている男の一人を捕まえて事情を聞くと、なんとサーヴェイ家の人間がこの村を通るのだという。

 その知らせにレマは驚いた。

 この村は町と町を繋ぐ街道から外れた場所にある。最短距離を行こうとすると、この村を通ることとなるが、普通は多少大回りでも街道を行く。何か急ぐ理由があったのだろう。

 村長はサーヴェイ家の人間に直訴して税を待って貰おうとしているようだった。

 レマはそう上手くいくとは思えなかったが、他に手段がない。レマも村長と一緒に直訴することにした。


 代官の家に泊まっているサーヴェイ家の一行に面会を求めると、代官は渋りながらも取り次いでくれた。

 緊張してサーヴェイ家の人間を待っていたレマと村長たちの前に現れたのは、まだ20にもなっていないだろう美少女だった。

 その美しい金髪と吸い込まれるような碧眼に、思わずレマは息を飲んだ。村長たちも、惚けたような顔で固まっている。

 その隣には、護衛らしき同じく金髪碧眼の少年が困ったような顔で立っていた。

 少年に促されて、ようやく我に返ったレマたちが税について納めるのが困難なこと、税の取り立てを待って欲しい旨を訴えた。

 レマたちの訴えに、少女は困ったような顔をした。縋るような顔をしたレマたちに、言い難そうに答える。

 サーヴェイ家の人間とはいえ、徴税に関しての口利きはできないのだという。彼女は聖都に洗礼を受けるために旅をしているため、実家であるサーヴェイ家とは形式的に縁を切っているのだ。

 それでもレマたちが諦められず、村の現状を訴えたると、彼女は悩んだ後にある提案をした。

 この村がレマの薬を売れないかと検討していたことを知ると、彼女の護衛を薬草の採取の護衛に貸すという。


 村長たちは、悩んだ末にその提案を受け入れることにした。

 護衛についてきてくれるというのが、彼女と一緒にいた少年だというの聞いて最初は不安があったが、結果で言えば彼はレマの護衛をしっかりと果たしてくれた。

 何度か小型の魔物に遭遇したが、彼は危なげなく退けてくれた。

 十分な量の薬草を持ち帰ると、村長たちは歓喜してお祭り騒ぎになった。

 何度も頭を下げるレマたちに、サーヴェイ家の令嬢は鷹揚な態度で頷き、村長たちを労った。

 レマたちは旅立つサーヴェイ家一行を、その姿が見えなくなるまで見送った。

 それから、レマが死に物狂いで薬を作ると、辛うじて不足していた税を用立てることができた。

 行商人に薬を売り払い幼馴染の家に駆け込むと、ヘラは彼に抱きついて喜んだ。


 しかし・・・


 ヘラが身売りせずに済んで半年程が経ち、レマが彼女に結婚を申し込もうと考えていた頃、彼の元に思いがけない知らせが届いた。


 ヘラが村を出奔したというのだ。


 レマが息を切らせて彼女の家に駆けつけると、青い顔をした彼女の両親がおろおろとしながら出迎えた。

 なんと彼女は、馴染みの行商人と駆け落ちしてしまったのだ。

 それを聞いて、レマは頭の中が真っ白になった。

 立て替えてもらったお金は必ず返す、不義理な娘がすまないことをした。ヘラの両親が彼に縋りつくように頭を下げて謝罪したが、彼の耳には何も入らなかった。


 それからしばらくの間、レマは屍のように生気なく暮らしていた。

 あの行商人は二度と村にはやってこなかった。

 そのままでは村は干上がってしまうところだったが、たまたま立ち寄った傭兵の少年に交易都市サーヴェイの商工ギルドへの伝言を頼んだおかげで、新たな行商人が寄ってくれるようになり助かった。

 その傭兵の少年によると、農作物の価格は暴落しておらず、ヘラと一緒に姿を消した行商人はかなりの暴利を貪っていたようだ。新たに寄るようになった行商人は以前よりも高値に農作物を買い取ってくれ、税が納められないという心配はほとんどなくなった。




 それから数年後、銀髪の少女と共に再び訪れた傭兵の少年から、とある悪質な行商人が浪費家の妻のせいで財産を失ったという話を聞いたのは余談である。


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