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鍛冶屋の見た風景

短編らしいものを挟もうと思ったんですが(汗)

 ゲオルがハンマーを手に取ったのがいつかはもう覚えていない。

 ただ、ハンマーを振るう父親の背中を見続けてきたゲオルにとって、自分もまたハンマーを握るのは当然の成り行きだった。

 ゲオルの父は、街でもこれといって目立つところのない、平凡な鍛冶屋だった。そして、その父親の技術を受け継いだゲオルもまた、平凡な腕しかなかった。

 だが、己の腕を黙々と磨き続けたゲオルは、飛び抜けたものはないものの、誰にとっても使い易い安定した品質の武器を打つ鍛冶屋として受け入れられていった。


 そんな日々を過ごし、自分の仕事に自信ができた頃、ゲオルは父親に呼び出されて行きつけの酒場に向かった。

 家で話せば良いと愚痴をこぼすゲオルに、父親はカラカラと笑って酒を呷り、あるものを見せろと言った。

 ゲオルは父親の真意を計りかねながら、家を出る前に言われたとおりに持ってきた、自分の打った最も出来の良い剣を父親に見せた。

 父親が、それを真剣な眼差しで改める。酒場の店主が嫌そうな顔で見ているが、全く気にしない。

 一通り確かめて満足した父親が剣を返すと、ゲオルはどうしたのかと訊ねた。

 その言葉に、父親は一つ頷くと、真剣な顔で言った。


 家を出て、自分の工房を持つつもりはないかと。


 その言葉を聞いてゲオルは狼狽した。

 確かに、父親の工房にはゲオルの兄弟子がおり、彼の方がゲオルより腕が良い。はっきり言ってしまえば、既に父親よりも上かもしれない。

 だから兄弟子に工房を継がせ、ゲオルが家を出て自分の工房を持つというのは理に叶っている。

 それでも、自分の居場所を奪われたような悔しさがあった。

 だが、その思いを押し殺して父親への質問を優先する。

 この街には鍛冶屋の組合は存在しないが、暗黙の了解として住み分けのようなものができている。いきなりゲオルがこの街で自分の工房を持とうとすれば、間違いなく軋轢を引き起こすだろう。

 それに対し、父親が提案したのは、この街を出てとある港のある交易都市で工房を開くことだった。

 何でも、最近になって遠国で戦乱が始まり、交易が滞ってしまっているらしい。そうなれば、商売のできない交易商人が海賊になるのは時間の問題だった。その所為で警備が強化され、武器の需要が高まっているのだという。

 聞いた限り、新たに工房を開くには格好の条件のようだった。何でも、向こうの商工ギルドの幹部の一人と知り合いで、誰か鍛冶屋の心当たりがないかと相談されていたらしい。工房を開くのに、3年間無金利の資金援助もしてくれるという。

 ゲオルは悩んだ末に父親の提案に乗ることにした。

 それを聞いた父親は破顔して喜び、今日は祝いだと大量の料理と酒を注文して酒盛りが始まった。


 酒盛りを始めてどれくらい経っただろうか?

 取り留めのない会話をしていた時、ふと父親が漏らした。

 お前には、一つだけ経験の足りないものがある。向こうではそれが必要になるだろう、と。

 ゲオルは自分の腕が大したことがないのは自覚しているが、一通りの仕事は自分でこなしてきたという自負があった。

 眉間に皺を寄せて何が足りないのかと問い詰めると、父親は酔いで赤らんだ顔に鋭い視線を潜めて答えた。


 誰かの為に剣を打った経験だ。


 ゲオルはその言葉に首を捻った。ゲオルはいつだって自分の剣を握る客にとって最良の剣を打ってきた、少なくとも打とうとしてきたつもりだ。

 だが、それを告げると父親はパタパタと手を振って否定した。


 違う違う。客の為に打つのは当然だが、そういう事じゃねぇ。特定の誰かの為に、そいつが使う為だけに打った剣だ。

 お前はそういう奴に会った事があるか?

 こいつの為に剣を打ってやりたいと思ったことが。


 ゲオルはその問いに答えられなかった。それを見て父親はニヤリと笑った。

 人の心の内を見透かしたような笑みに、ゲオルは苛立たしくなって思い切り酒杯を呷った。それを見て、父親は大爆笑する。

 それからはやけ酒のようにひたすら酒杯を呷り、その日は夜が更けるまで飲み明かした。


 自分の工房を開いてからは、慌ただしし日々が続いた。

 商工ギルドの幹部だという父親の知人が工房を作るのに必要な職人を紹介してくれたので、工房を開くことは問題なかった。

 ただ、工房を開く祭に商工ギルドから多額の借財をしている。しばらくは無金利にしてくれるとはいえ、安定した収入の確保が不可欠だった。

 交易都市に来たばかりのゲオルにはまだ信用がなく、工房で売ろうとしたところで買う人間は見込めなかった。

 だから最初は商工ギルドに卸して販売を任せることにしたのだが、手数料などを差し引けば収入はお世辞にも満足な収入とはいえない。また、商工ギルドを通していると名前が売れにくいという問題もあった。

 無金利のうちにどれだけ返済できるのか。ぎりぎりの生活を余儀なくされた。魔物の討伐などの傭兵紛いの仕事をして、返済の足しにしたりもした。

 加えて、この街には大きなスラム街があり、正直治安が良いとは言えなかった。武器を手に入れようとゴロツキが鍛冶場を襲撃してきたことも、一度や二度ではない。最初の頃は出来たばかりの武器を奪われたばかりか、売り上げまで奪われたこともある。

 もっとも傭兵の仕事をこなすようになってから腕っ節が強くなり、逆に返り討ちにして身ぐるみを剥ぎ取ることもできるようになったが。

 結局、無金利の間に返済を済ませることはできなかったが、10年も経った頃には完済し、良心的な鍛冶屋として信用を得ることもできた。


 一人の少年がゲオルの工房に現れたのはちょうどその頃だった。


 見るからに田舎者の少年は、中古の剣を探しているようだった。ゲオルが工房でも武器を売るようになってから、よく見る光景だ。ゲオルの店は良心的だと評価されているので、この街に来たばかりの人間や、駆け出しの傭兵などはよくゲオルの店に来るのだ。

 少年は真剣な顔で剣を見比べていた。ここに置いてある剣はどれもこの店で剣を買った時に下取りに出されたものだ。掘り出し物といえるものは置いていない。

 それでも、ゲオルがきちんと手入れをしているので状態はそれほど悪くない。

 手入れの度に黒炭で値段を書き直すのは苦労しているが。

 黒炭の文字は刀身に書くには向いていない。薄いし消え易いからだ。かといって並べてある剣のように木彫りの値札を用意する程のものでもない。何か良い案はないだろうか?

 そんなことを取り留めのないこと考えていると、少年が候補を絞ったようだった。一区切りついたので様子を見に行くと、二本の剣を手に悩んでいた。まあ、見る目はそれなりにあるようで、決して悪くない剣だ。

 だが、それと少年に合っているかは別問題だろう。

 今使っている小剣を見ると、明らかに痛んでいた。おそらく、剣術の基礎がまだできていないのだろう。

 剣の中から、グラディウスを選び出して渡した。粗悪な数打ちだが、使い易く多少おかしな使い方をしても壊れ難い耐久性の高い剣だ。

 少年は迷ったが、自分の実力は理解していたようだ。素直にグラディウスを買った。

 ゲオルが元々持っていた小剣をどうするか聞いたところ、少年は酷く複雑そうな顔をした。悔恨と決意と諦観がごちゃ混ぜになた表情。

 少年の浮かべた表情には見覚えがあった。それは初めて人を切った駆け出しが浮かべる表情だ。

 ゲオルは小剣を取り上げ、少年の名前を聞くと、黒炭で名前を書いて預かった。

 剣は道具に過ぎない。

 しかし、ゲオルは初めて人を切った剣というものは、その者にとって思い入れが残るものと知っていた。そして、人を切ることの重さを忘れないため、それは尊重しなければならないものだという信念があった。

 その後、少年と世間話をしてみると、少年が傭兵を続けるか迷っていることが分かった。

 ただ、傭兵を続けるべきか迷いながらも、辞めることを躊躇っている。傭兵を続けるにしろ辞めるにしろ、少年に必要なのは背中を押してくれる言葉なのだろう。

 ゲオルは長年の経験を元に、少年に少しだけ助言をしてやった。

 その後、どうするかはゲオルは聞かなかった。

 決めるのは少年自身だ。


 それからしばらくした後、ゲオルはとある鍛冶屋の男の工房を訪れていた。ある意味、商売敵ともいえる相手だが、同業者には横の繋がりというものがあるのだ。

 もっとも、ゲオルはあまり関わり合いたくない相手ではあったが。

 その男はこの国でも有数の名匠の弟子で、この街の領主のお抱えだった。腕は確かに良かったが、性格に難があり、同業者からは敬遠されていた。

 そんな相手の元にわざわざ訪れたのは、その男からある仕事を押しつけられたからだ。

 ゲオルは断ったのだが、男の使いとして来た男の弟子は、伝えるだけ伝えてそのまま逃げ帰ってしまった。おそらくゲオルが断ったことを師匠に伝えて叱責されるのを恐れたのだろう。

 仕方なくゲオルが自ら出向いて断る羽目になった。


 ゲオルが店に入った時、ちょうど客らしき金髪碧眼の少年が店主の男と話していた。

 ゲオルが見たところ、そこらの傭兵とは立ち居姿が違う。おそらく正規の訓練を受けたか、きちんとした師匠に師事したのだろう。ただ、どこか垢抜けない雰囲気があり、実戦経験はあまりなさそうだった。

 話し終えた少年がゲオルに軽く会釈して出ていく。それを見送った後、ゲオルは男を問い詰めた。

 男はうるさそうにゲオルの言葉を聞き流した。男にとってはもう決まったことらしい。あの弟子は叱責を恐れてゲオルが引き受けたと伝えたらしく、今更文句を言うなと言い返してきた。

 そして、もうゲオルの言葉には耳を貸さず、自分が領主から受けた依頼について自慢をし始めた。男を直接説得するのは不可能だと判断せざるを得なかった。


 どうやら、領主の依頼で先程の少年の剣を作ることになったらしい。。少年は最近名を上げつつある『不朽の剣』の二つ名を持つ傭兵だという。

 鍛冶屋は傭兵との繋がりが深い。ゲオルもその名前は聞いたことがあったが、少々首を傾げた。

 ゲオルの記憶にある限り、『不朽の剣』というのは傭兵の二つ名ではなく、傭兵団の名前だった筈だ。

 それに、名を上げたといっても、ようやく駆け出しから一人前に見られるようになった程度だ。傭兵としての活躍よりも、リーダーが貴族らしいことの方が話題になっている。領主から大きな仕事を受けるとは思えなかった。

 だが、男は喜色満面で仕事へ向かった。

 その背中を見送りながら、ふとゲオルは父親の言葉を思い出す。

 こいつの為に剣を打ってやりたいと思う相手。

 男にとっては、あの少年がそれなのだろうか?


 それからまた何年か過ぎた。その間に、世の中も大きく動いた。

 遠国の戦乱はとうに治まっていたが、今度は東方の邪教徒との戦いが始まっていた。邪教徒との境界にある辺境諸国は邪教徒の進攻を受け、いくつかの国が既に滅ぼされたらしい。

 この国はまだ戦禍から遠いが、邪教徒の暗殺者が入り込んでいるという噂もあった。実際、何人かの貴族が不審な死に方をしており、邪教徒の伝説的暗殺者集団『東の火』の仕業でないかという声もあった。

 聖教会は邪教徒に対して一致団結して当たる為に、聖戦を唄って各国に参戦を呼びかけていた。既に各国から貴族たちが集まり、東の地を邪教徒から解放する、『征東解放』を唱えた東方聖騎士団が組織されているらしい。そこには本当の聖騎士、聖教会の誇る聖剣を帯剣することを許された聖教会の精鋭も参加しているという。


 もっとも、ただの鍛冶屋であるゲオルにとっては、それらはどうでも良いことだった。聖教会の熱心な信者ではないゲオルにとっては、自分たちが巻き込まれなければ、それらはただ武器の輸出先という以外に意味はない。

 ゲオルにとっては、もっと身近な事、例えば街一番の鍛冶屋が、ようするにあの男が武器の偽装がばれて捕まったことや、最近、税が重くなったことの方が大きな問題だった。


 そんなある日、ゲオルの店に一人の少年が現れた。青年に差し掛かりつつある少年は、以前、この店に置いていった小剣がまだあるかと訊ねた。

 少年の名前を聞いて、倉庫からその剣を見つけだしたゲオルは、彼がいつだったか中古の剣を買っていった少年だということを思い出した。


 傭兵をまだ続けているのだろうか?


 そんな事を思いながら、小剣の状態を確かめる。

 保管状態には気を配っていたが、鍛え直してからしばらく経っているので一度手入れが必要だった。ついでに少年に少し剣を握ってもらい、少年に合うように軽く手直しすることにした。

 手にした剣を目を眇めて確かめ、軽く剣を振るう少年の姿は堂に入ったものだった。一流という程ではないが、確かな実戦経験と技術を感じさせた。

 だが、傭兵にしては傭兵特有のギラギラした血生臭さを感じない。衛士か何かになったのかとも思ったが、旅慣れている様子もある。

 興味を引かれ、世間話がてらこれまでどうしていたのか訊ねたところ、主に商隊の護衛の仕事をして各地を回っていたという。

 驚いたことに、東方の辺境諸国はおろか、邪教徒の住む東方の地や、魔族の住む南方の地まで行ったことがあるらしい。

 よく生きていたなと感嘆すると、呆れたような、どこか落胆したような顔で肩を竦めた。

 各地の話を聞くと、ゲオルの知っている噂とは違うことも多く、ゲオルは感心した。


 どこまでも続く太陽の光を反射して輝く砂の海原。

 東方の邪教徒たちが使う奇妙な武器。

 南方の魔族たちが築き上げた石造りの巨大建造物。

 聖都の中央に広がる聖地と呼ばれる荒野。

 世界中の書物が集められた北方の大図書館。

 聖教会の成立以前に建てられた廃墟となった神殿。


 少年の話は多岐に渡り、中には貴族たちの生々しい権力争いや、戦禍に飲まれた悲惨な街の話まであった。

 ゲオルには信じられないものも多かったが、そうしたヨタ話も含めて少年の話は面白かった。

 ただ、ところどころ聖教会を忌避しているような節があった。突っ込んで聞いてみると、詳しくは言わなかったが酷い目に遭ったことがあるようだ。


 少年に手直しが済んだ小剣を渡すと、数回素振りをして納得したように頷いた。

 代金の銀貨を払い出ていく少年の背中を見送り、また来いと声をかけると振り返らず手を振って店を出ていった。

 ゲオルはどこか満足感を覚えて仕事に戻りながら思う。


 傭兵らしくない少年。

 彼のような人間を冒険者と呼ぶのかもしれないな。


 ゲオルは思わず笑みを浮かべた。

 少年は腕利きではないし、名誉も地位もない。でも、あの少年が自分の鍛え直した剣を持って様々な土地を旅すると思うと、どこか心が躍った。

 そして、ふと思い付いた。


 できれば、一から自分の鍛えた剣を持たせたかったな。




 ゲオルが父親の言葉を思い出すのは、もう少し先の話だった。


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