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鍛冶屋にて

 西を海に面した交易都市のとある鍛冶屋で、見るからに田舎者臭い少年が腕を組んで悩んでいた。

 駆け出し傭兵であるセトは、痛んできた剣の買い換えのためにここに居た。街で評判を聞いた限りでは、腕は並程度だが欲を掻いた商売はしない良心的な店だという。

 セトの使っていた剣は、家の片隅に護身用に置いてあったオンボロの小剣だ。古いうえにろくな手入れもされていなかったので、セトが実戦に使うようになるとすぐに寿命がきてしまったのだ。

 店の中は薄暗く、壁際のそこかしこに武器が並べられていた。カウンターのようなものはなく、部屋の奥が工房と直接繋がっていた。炉の前でハンマーを振るっている中年の男が店主のようだ。小間使いや弟子の類はいない。

 普通、鍛冶職人は仕事の邪魔をされたくないことから、工房と店舗には区切りをつけたがる鍛冶屋が多い。しかし、店の狭さと店をみる人手がないことから、一体となっているようだ。

 中古の剣は置いてあるのかと声をかけると、野太い声で中古のものはみんな部屋の隅だと返事があった。何故、中古なのかと言えば、単純に金がないからだ。

 見ると部屋の隅には大きな筒のような物がいくつか縦に置かれており、その中に剣や槍が立てかけてあった。そしてその脇には木箱が置いてあり、中には大小様々な短剣が無造作に詰められていた。

 試しに木箱の中の短剣を一本手に取って眺めてみると、きちんと手入れしてあるようだった。その刀身には黒炭で値段らしきものが書かれている。

 値段を見て良心的な店という評判は間違っていないことを確認すると、セトは本命の剣を探し始めた。


 剣を見繕っていたセトは、ようやく2本の剣に候補を絞った。切れ味の鋭そうな小剣と、なまくらの長剣だ。

 小剣の方が元々持っていた剣の長さに近いので使いやすい。だが、長剣の方が間合いが長く、魔物には有利だ。

 セトが腕を組んで悩んでいると、仕事が一区切りついたらしく店主がのそのそとやってきた。

 近くで見た店主の顔ははっきりいって怖かった。禿頭で頬には刀傷があり、山賊の親分のようだった。眼力だけで人を睨み殺せそうだ。

 店主は無造作に手を出し、これまで使っていた剣を見せろと言った。

 恐る恐るセトが渡すと、しげしげと刀身を眺めた後に予算を聞いてきた。セトが銀貨10枚だと答えると、無造作に一本の剣を選び出してセトに渡した。

 それはグラディウスなどとも呼ばれる剣だった。刀身の長さは50cmほどで、これまで使っていた小剣とそれほど長さは変わらないが、より肉厚で幅広なので多少重い。

 選んでいた時に一度目に止まったが、少々造りが荒く、切れ味が悪そうだった為に候補から外していた。

 不満そうなセトの顔を見て、店主はおそらく苦笑だろう歪んだ笑みを浮かべた。

 店主曰く、セトの小剣は刃こぼれが酷かった。古くて手入れされていなかったこともあるが、おそらく刃筋が立っていなかったのが原因だと店主は判断した。

 セトの腕では切れ味の良い剣を買ってもまたすぐに刃こぼれしてしまう。また長剣は今のセトでは扱い切れないだろうというのが店主の見立てだった。

 不満はあったが、腕が未熟であることを自覚していたセトは反論できなかった。


 セトは薦められたグラディウスを買うことに決めた。値段は銀貨7枚と小貨53枚と刀身に書いてあった。

 小貨というのはこの国で使われている銅貨のことだ。銀貨に比べると一回り以上小さいので小貨と呼ばれ、100枚で銀貨1枚に相当する。ちなみに金貨というものもあるが、主に勲章のように国から下賜されるもので貨幣としては流通していない。もっとも、他の国では金貨が貨幣として流通していることもある。

 店主は受け取った代金を天秤で量って確認し、セトの買ったグラディウスの最後の手入れをした後にセトに寄越した。剣帯は小剣のものはサイズが合わなかったので、おまけしてくれた。

 その後、使っていた小剣をどうするか聞いてきた。もう寿命なので、下取りに出してもほとんど値は付かない。だが、鍛え直せば予備の武器としては使えるかもしれない。

 セトは小剣を見て悩んだ。ここまでボロボロになっていては、鍛え直したところであまり期待はできない。

 だが、この小剣は故郷の村から持ち出してきた数少ないものの一つである。

 そして・・・

 剣を見つめたまま黙り込んだセトを見守っていた店主は、不意に手を伸ばして小剣を取り上げた。そして、小剣の刀身に印を付けて工房の片隅に置いて言った。

 この小剣は鍛え直して倉庫に置いておく。金に余裕ができたらまた来い。

 そう言われてセトは慌てた。まだどうするか決心できていなかったからだ。

 しかし、店主はセトが取りにくると確信していた。

 剣は道具に過ぎねぇ。だが、ただの道具でも使っていれば思い入れができるもんだ。ましてや、初めて人を切った剣ならな。

 店主の指摘にセトは頬をひきつらせた。


 リーゼとカイルが付き合い始めてすぐ、彼らは山賊討伐に参加した。セトはベネトと一緒に斥侯組に入り、警邏隊の見つけた山賊のアジトを偵察した。

 交易都市から少々離れた山の中にそのアジトはあった。麓を通る交易路を使う商人を襲撃していたらしい。

 山の断崖に三方を囲まれた、柵も何もない粗末なアジトだった。テントよりはましという程度の小屋がいくつかあるだけだった。

 その山賊のアジトという言葉から浮かぶイメージとは違うその様子以上に、そこにいる『山賊』たちの姿に衝撃を受けた。

 そこにいたのは、荒事の似合わなさそうなどこにでもいそうな男たちと、痩せこけた女子供だった。

 難民。それが彼らを見た最初の印象だった。

 彼らが元々は遠国の戦乱から船で逃れてきた難民だったことは後に知ったことだ。彼らは受け入れを拒否され、生活に困って山賊に身を落としたのだ。

 無論、だからといって山賊となって商隊を襲うことが許されるわけではない。

 しかし、後味は酷く悪かった。

 彼らは襲撃してきた傭兵たちにろくに反撃することもできなかった。突入の際にはセトたちの加わったが、彼らは逃げ惑うばかりで武器を構えることもできない者が大半だった。

 セトは逃げる者たちの足を切っただけで、直接その命を奪うことはなかったが、捕まった者たちはその場で全員処刑され、彼らと共にいた家族たちは痩せ細った女子供でさえ連座して処刑された。

 処刑したのは傭兵の中でも古株の者たちだった。駆け出しの傭兵は、処刑の様子を見るだけで青ざめる有様だ。セトなどは吐きそうになった。

 今になって思えば、警邏隊を使わず傭兵に任せたのも、隊員にこの光景を見せてトラウマを植え付けるのを避けるためだったのかもしれない。既にアジトを見つけていたということは、彼らが困窮した難民であることは街の上層部も知っていた筈だ。


 そう。この小剣は紛れもなく、セトが初めて人を切った剣であり、また間接的にせよセトが初めて人を死に追いやった剣だった。

 俯いてしまったセトを見て、店主は不思議そうに訊ねた。傭兵のようだが、何故、傭兵になったのかと。進んで傭兵になろうとするようには見えないと。

 セトは動揺して視線を彷徨かせた。それは、今のセトの悩みを的確に指摘していたからだ。


 セトは元々剣を握るつもりはなかった。あの村で成長して、両親の後を継いで農夫として生きていくのだと思っていた。

 幼馴染のリーゼが村を出て傭兵となると言い出す、その時までは。

 幼馴染のリーゼとカイルと共に村を出ることを決めた時、両親は止めようとした。多分、セトが一緒に出ようとした理由と、リーゼの気持ちに気付いていたのだろう。

 セトがリーゼを好きだったことも、彼女の眼中にはカイルの姿しか無かったことも。

 傭兵となってからリーゼとカイルは付き合い始め、実を言えばセトが傭兵を続ける理由はほとんどなくなっていた。

 それでも、セトは村に帰る決断ができなかった。

 今更帰れないという意地もある。失恋したとはいえリーゼのことが、ついでに幼馴染であるカイルが心配だということもある。

 だが・・・

 何故か以前山賊討伐に参加した時のことを思い出し、店主にポツポツと語っていた。

 それを最後まで聞いた店主は、最後に訊ねた。


 怖かったのか・・・と。


 その言葉は、セトの胸の奥にすとんと納まった。

 ああ、そうか。怖かったのか、と。

 セトは怖かったのだ。村の外で直面した非情な世界が。

 そして思ってしまった。山賊へと身を落とした彼らは、将来の自分たちの姿なのかもしれないと。

 戦乱という自分たちにはどうにもならない流れに飲み込まれた彼ら。自分たちが同じにならないと誰が保障できるだろう。

 店主はどこか悟ったような笑みを浮かべて言った。

 本当に恐怖するものに直面した時、人には二つの道がある。逃げ出して見ないようにするか、全部を見て確かめようとするかだ。


 お前さんはどちらかな?




 セトは確信を持って店主に答えた。


この世界はまだ戦乱の時代ではありませんが、国家は成熟しておらず、国の信用とかはありません(貴金属の含有量についてはだいたいは信用されてます。両替商以外では密度までは調べません)。

なので、貨幣は金本位や銀本位ですらなく、本位貨幣(貨幣の額と貨幣自体の価値が同一)です。

店主が天秤で量っているのは、鋳造技術が未熟なため、大きさにバラつきがある場合があるからです。

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