スラム街の孤影
2000字以内を目標にしていたのに、3000字越えになりました。
ベネトはスラム街で育った孤児だった。
当然のごとく、彼は両親の顔を知らない。路地裏に捨てられていた彼は、スラム街の犯罪組織の一つに拾われた。その組織の幹部の一人に孤児を養う男がいたのだ。
スラム街には犯罪に手を染める者などいくらでもいる。だが、組織に忠誠心などない彼らは、いつ裏切ってもおかしくない。
だから、男は自分に忠実な手下を養成するための孤児院を経営していたのだ。そして、当然のごとくベネトもまた男に忠誠を誓い、男の手足となって働いた。
だが、ある時、ベネトの立場は一変した。
忠誠を誓っていた男が敵対組織の刺客に殺され、ベネトがその後を継いで幹部の一人となったのだ。
正直、男に対する忠誠心のみを刻み込まれて育ったベネトにとって、幹部という地位は重荷でしかなかった。
そんな彼を窘めたのは馴染みの娼婦だった。
彼女はベネトと同じく、前幹部の男に育てられた幼馴染だ。彼女は娼婦として情報収集をする役目を負っていた。
彼女は言った。男に忠誠を誓ったならば、男の意志を継ぐことはなすべき役目なのだと。
ベネトは彼女の言葉に衝撃を受けた。彼にとって忠誠を示すことは、男の言葉に従うことであって、男の意志を継ぐなどということは考えてもみなかったからだ。
ベネトは悩んだ末に男の後を継いで幹部になる覚悟を決め、組織の頭首の元へ出向いた。
頭首は快活な大男だった。幹部たちの中には、若輩者のベネトの幹部入りを厭う者もあったが、頭首は歓迎してくれた。
幹部となり頭首と話し合う機会を得たベネトは、頭首に男のことを聞いてみた。
ベネトはずっと悩んでいた。男の意志を継ぐという言葉を聞いて、自分の記憶を掘り返したとき、自分が男について何も知らないことに気付いたからだ。
ただ、男の言葉に従うだけで、男が何を考えていたのか男が何を目指していたのか、何一つ考えたことがなかったのだ。
ベネトの質問を聞いて、頭首は嬉しそうに顔を綻ばせ、ベネトに様々なことを教えてくれた。
そして、頭首から彼の育った孤児院のことを聞いて驚いた。
彼はずっと、男が孤児院を経営していたのは自分の忠実な手下を育てるためだと思っていた。だが頭首が言うには勿論その意味もあるが、それ以上にスラム街に住む者同士の互助が目的だったのだという。
末端がスラム街の外で犯罪を犯し、上層部がその上前をはねる。警邏隊に追われるのは末端で、上層部は末端を切り捨てて保身をはかる。
それがスラム街の現状だった。
しかし、それでは限界がある。末端の犯す犯罪で得られる上前には限りがあるからだ。限りある利益を奪い合い、奪われた者は死ぬことでスラム街は一定の人口を保っていた。
男はその現状を変えようと考えていた。
今のままでより豊かな暮らしを求めれば、より大きな犯罪に手を染めるしかない。麻薬や人身売買だ。
だが、それらに対しては警邏隊の目が厳しい。短期的には大きな利益が得られるが、いずれ警邏隊により徹底的に潰される。
だから男は全く違うアプローチを考えた。
スラム街に独自の社会経済を構築しようと考えたのだ。
スラム街に住む者たちが犯罪に手を染めなければならないのは、結局のところ、まともに働く術がないからだ。より正確には、外ではまともに働くことができなかった者がスラム街に流れ着く。
ならば、スラム街の中で真っ当に働くことができる状況を作ればいいのだ。
この街の指導者層にはそのような状況改善は期待できなかった。スラム街の整備に費やす資金と、整備されたスラム街から得られる利益が明らかに釣り合わないからだ。
そこで男は様々な方策をとっていた。ベネトがいた孤児院以外にも、元職人などを集めてスラム街の住人に技術を学ばせることなどもしていたという。
衝撃を受けて立ち竦むベネトを、頭首は暖かい眼差しで見守っていた。
ベネトはそれから男の遺志を継ぐべく奔走した。正直、組織の中での立場はかなり厳しい。頭首は認めてくれたが、他の幹部からはほぼ全員に疎まれていた。
他の幹部たちに疎まれている理由が、変化を拒む保守的な思想によるものだと理解したのは、ずいぶん後になってからのことだ。
だが、ベネトはそんなことには興味がなかった。男の遺志を継ぐことが、彼の全てだったからだ。
男の書き置きをひっくり返して男の計画を確かめ、その夢を実現するために奔走した。
幹部となってから三年ほど経った頃、再びベネトの立場は一変することとなった。
頭領が暗殺されたのだ。
そして、ベネトがその犯人として組織に追われることになった。
アジトで仮眠をとっていたベネトは、煙の臭いに気付いて飛び起きた。酒を飲んで眠りこけていた子分たちを叩き起こして周囲を確かめると、アジトの周囲を火で囲まれていることが分かった。木造の家が多いスラム街で火を使うとは考えていなかった。
子分たちを纏め上げて脱出したベネトの前に立ちふさがったのは、他の幹部たちの子飼のごろつきたちだった。
ごろつきたちは問答無用で襲いかかってきた。火に追い立てられて命辛々逃げ出したばかりのベネトたちに戦う準備などできていなかった。混乱の中、バラバラに逃げ出すのがせいぜいだった。
ベネトは一人、あの助言をくれた娼婦の元に隠れ情報を集めることで、ようやく頭首が幹部たちに殺され、その罪を被せられたことを知ったのだ。あの火事も彼の仕業ということになっていた。
スラム街の住人のほとんどは真相を察していたが、あえて組織の幹部たちに異を唱えようとする者はいなかった。ベネトは逃げた子分たちを再び集めようとしたが、誰もが彼を見限り、彼の元に集まる者はいなかった。
隠れ住むしかなかったベネトはとうとう追い詰められ、深手を負って命辛々逃げ出すこととなった。
匿ってくれていた娼婦が彼を見限り、組織に彼を売ったのだ。
そうして彼は全てを失った。
それでも彼が生き延びることができたのは、運良くお人好しの傭兵たちに助けられたのおかげだ。
仕事でスラム街にきていた傭兵たちが、深手を負ったベネトを見つけて、彼らのとっていた宿に連れていってくれたのだ。
その傭兵たちは田舎者の雰囲気が丸出しの幼い少年少女たちで、実際、田舎の村から出てきたばかりらしかった。
カイル、セト、リーゼという名の彼らは、見ていて酷く危なっかしかった。商人にはいいように言いくるめられて、いいカモにされていた。彼らは15才とのことなので、一応は成人している年齢の筈なのだが、孤児院の子供たちを見ているような気分になった。
ベネトは彼らと共に傭兵として働くことにした。
彼らが見ていて危なっかしかったというのもあるが、組織に目をつけられている以上、スラム街に近付くことはできず、スラム街出身の彼が働けるのは傭兵ぐらいしかなかったからだ。
村に残しているという病気の妹のことしか頭にないシスコンのカイル。好奇心旺盛でカイルのことが気になっているリーゼ。臆病者で慎重だが、リーゼのために背伸びしているセト。
彼らの三角関係は見ていて面白かった。
ベネトは自分を裏切ったあの幼馴染の娼婦を思いだし、彼らは自分たちのように歪まないようにと祈った。
ベネトの助言で彼らは傭兵団『不朽の剣』を名乗り活動するようになった。
セトからは大仰すぎると不評だったが、他の二人は喜んだ。セトの気持ちも分からないではないが、傭兵などというものは目立ったもの勝ちなのだ。
山賊討伐を機にカイルとリーゼの距離が縮まり、セトが落ち込んでいたようだった。セトが失恋したということだろう。
まあ、色恋は理屈ではどうにもならない。ベネトはセトのやけ酒に付き合って慰めてやった。
幼稚で無謀で浅はかな、けれど愛すべき少年少女たち。
ベネトは彼らと一緒なら、またやり直せるような気がした。
彼らにもまた裏切られる、その日までは・・・
犯罪しかしない犯罪組織は、どうがんばっても小さな組織でとまります。
国家が綺麗ごとだけでは成り立たないように、本当に大きな犯罪組織は犯罪だけでは成り立たなかったりします。
本当に大きな犯罪組織は慈善事業なども行って人々の生活に密着しているため、単純な力だけでは潰せないのです。




