夢の終わり
セトは駆け出しの傭兵だ。
彼は幼馴染の二人と共に田舎の村からこの交易都市に出てきた。より正確に言えば、村を飛び出した二人についてきたと言うのが正しい。
今では幼馴染の二人と、この都市で出会ったベネトという青年と共に、商隊を組めない行商人の護衛や危険な野生動物の駆除で糊口を凌いでいた。
幼馴染の一人、カイルは金髪碧眼の美丈夫だ。彼の剣の腕は確かだ。セトの我流の拙い剣とは違い、彼はこの国の兵士や騎士たちの振るう正統派の剣術だった。元は貴族だった彼の父親から学んだのだという。彼の当面の目標は、病気の妹を治療する費用を稼ぐことだった。
もう一人の幼馴染のリーゼは、セトと同じく遊牧民の血を引いている証である黒髪黒眼の少女だ。村一番の美少女だったが、人の多いこの交易都市には彼女より美しい少女も数多くおり、それほど目立たない。
それでも、幼い頃から彼女に恋い焦がれてきたセトにとっては世界一の美少女だ。
彼女が村の外での生活に憧れ、傭兵になろうと幼馴染二人を巻き込んだ張本人だ。後になって、憧れ以外にもカイルの妹の治療費を稼ぐ手伝いがしたかったという理由があったことをセトは知った。
妹の治療費を稼ぐという目的のあったカイルと違い、セトには本来積極的に村を出ていく理由はなかったが、リーゼの傍を離れたくなかった為に一緒に村を出たのだった。
そうして、街で傭兵稼業をしているうちに、次第に信用を獲得していった彼らは、遂に山賊討伐という大きな仕事に加わることになった。
出発を二日後に控えた夜、セトたち参加者は酒場で酒宴をひらいた。セトたちはそれまで酒を飲んだことはあまりなかったが、その日ばかりは一緒になって大騒ぎした。この場にいる人間の何人かは、この仕事の後ではもう会えないかもしれないのだ。
酒を飲んで頬を赤く染めたリーゼはこれまで見たことがないほどの色気を放っていて、セトは思わずその顔を凝視し、別の意味で頬を赤く染めてしまった。
彼女を死なせはしない。
そう決意し、セトは勢い良くジョッキを傾けエール酒を呷った。
酒宴が終わると、皆は自分の宿に戻っていった。セトたちの宿はこの酒場の二階だ。セトとカイルとベネトは同室で、リーゼだけが個室を取っていた。
カイルとリーゼは部屋に戻ったが、体が火照っていたセトは夜の街を散歩して体を冷やすことにした。宿をでると猫背の中年の男が道の脇に座り込んで酒を呷っていた。
セトの仲間のベネトだ。彼はまだ青年と呼べる年齢だったが、酷い老け顔で中年にしか見えない。
迎え酒だと笑うベネトに苦笑し、隣に座り込んで一緒に酒を呷った。
そこでベネトが興味津々の顔でセトの顔をのぞき込んできた。
何だと問うと、ベネトはいきなり訊ねた。
リーゼのことが好きなのかと。
セトは思わず口の中の酒を吹き出してしまった。
きったねぇ、と言って笑うベネトの顔を思わず顔を赤くしながら見返すが、その軽い口調に反して目は笑っていなかった。
だからセトが視線を合わせてしっかりと頷くと、ベネトは破顔した。
早く告白しろよ。死んだらできねぇからな。もたもたしてるとカイルに取られるぞ。
はやし立てるベネトの言葉を聞き流しながら、セトはもう一つの決意を固めた。
この仕事を生きて終えたら、彼女に告白しよう。
山賊討伐という大仕事は良いきっかけだ。
まだ酒を飲んでいるベネトを置いて、セトは部屋に戻ることにした。
リーゼの部屋の前を通った時、その扉がわずかに開いていることに気付き、セトは足を止めた。誰かの話す声が部屋の中から聞こえた。
カイルだろうか?
仲間以外を彼女が部屋に入れるとは思えない。
ふと好奇心を引かれ、セトは扉の隙間から中を覗き見た。
そして・・・彼の決意はあっけなく崩れた。
彼は見たのだ。
ベッドに寝そべる一組の男女の姿を。
堅く抱き合い、熱い口付けを交わす二人を。
カイルとリーゼの姿を。
セトはフラフラと自分の部屋に戻り、自分ベッドの上に身を投げ出した。こぼれ落ちる涙を拭う力もなく、顔を毛布に押さえつけて耐える。
しばらくして戻ってきたベネトが心配そうに声をかけてくるが、彼は応えなかった。
もし彼女が村を出ると言い出さなかったら、セトは今度の豊饒祭で彼女にダンスを申し込むつもりだった。それは村では交際の申し込みと同義だ。
でも、その機会はもう失われてしまった。
本当の意味で、完全に。
セトはようやくそれを理解した。
その夜、カイルのベッドはずっと使われることがなかった。
迎え酒は二日酔いを緩和させるためのものです。当然、この時点では二日酔いにはまだなっていません。