学園案内と感謝の飴
「ひどい目に遭った……」
朝はクラスメイトからの質問攻めで気力を削がれ、昼はきまぐれランチの猛威によって物理的なダメージを負った涼太郎は、放課後になる頃には心身共に、かなり衰弱し切っていた。
「そんなに酷かったなら、無理して食べなくても良かったのに」
「いや、あれは臭いは倒れるくらい凄かったけど、味は美味しかったんだ。それに残すのは勿体ないし」
涼太郎の言う通り、きまぐれランチの本日のメニュー。チキングリルドリアンソース仕立ては美味しかったのだが、トメさんの素材の持ち味を最大限に生かすという料理に対しての真摯な心構えが、明後日な方向に発揮されて、ドリアンの持つ刺激的過ぎる香りも最大限に濃縮されてしまったのだ。
臭いけど美味しい。臭いけど美味しいからもう一口という循環サイクルが涼太郎を含むきまぐれランチを注文した生徒全員に形成され、本来ならば有り得ないことであるのだが、最後は完食後に自ら放つフルーツの王様な口臭によって昏倒してしまったのである。
「休み時間になる度に歯磨きし続けてるのに、まだあの臭いが記憶にこびり付いて離れないよ」
「きまぐれランチは美味しいんだけど、毎回珍しい材料を扱うから当たり外れが激しいからね」
「加奈子はそんなデンジャー極まりないメニューを、僕にお勧めしてきたわけ!?」
「今日はまだ当たりな方だと思うよ。昨日なんてきまぐれランチを頼んだ人達、口から火を噴いてたもの」
「……」
色々と文句を言いたい涼太郎ではあったが、確かに美味しかったということもあったし、ある意味では加奈子のお勧めは間違っていないと思ったので、これ以上なにか言うのは諦めた。
それに考えてみれば、今回あのデンジャーなメニューの存在を身を持って体験したことにより、これから先、何の覚悟も無く興味本位でお昼に無謀な冒険をせずに済むのだと思えば、お昼一食分の代金は安いものだ。
これから学食を利用する時は、無難に丼物でも頼もうと、涼太郎は心の中で硬く決意した。
「それじゃ行こっか」
「行くって、何処に?」
ある程度涼太郎が回復するのを待ってから、加奈子がそう言って、涼太郎の制服の袖を掴んで、席から立たせた。いきなりの行動に面食らうが、加奈子は悪びれた様子もなく口元に笑みを作る。
「何処って、これから学校案内するんだよ。必要無いなら別に私は構わないんだけど」
「あ!」
加奈子に言われて、涼太郎ははっとした。朝の騒動とお昼の衝撃で頭からすっ飛んでいたが、今日は転校初日なのである。本当ならばお昼休みや、休み時間なんかにクラス委員長さんにでも案内を頼もうと思っていたのだが、午後は歯磨きばかりしていたので、涼太郎がこの向日葵学園で一人でも行ける場所は、かなり限られている。
「僕としては助かるんだけど、加奈子は良いの? せっかくの放課後なのに」
「気にしないで良いよ。元々、涼太郎君が学園内を回れなかったのは、私がきまぐれランチを勧めちゃったせいだしね」
「そういうことなら、遠慮なくお願いするよ」
「ふふん。この加奈子お姉さまに任せておきなさいな。この向日葵学園の裏ルートを一日で網羅させてあげるから!」
「いや、出来れば普通に正規のルートを教えてくれよ」
涼太郎の心の中で、加奈子の印象は文学少女っぽい見た目の女の子から、今日一日で良い子だけどなんだか変わった子へとシフトチェンジを果たしていた。
放課後に部活で賑わう校舎を二人は順繰りに巡って行く。
移動教室の各所に体育館や購買部。果ては告白に成功すれば末永く結ばれるという伝説の梅の木という何処かで聞いたことのあるファンシーかつちょっと渋いイメージが追加された場所なんかを回っていると、下校時刻を伝える放送がスピーカーから緩やかな音楽と共に流れてきた。
「あ、もうこんな時間なんだね。どうだった涼太郎君? これで大体は回ったと思うけど」
「うん、今日はありがとう。おかげで助かったよ……あそうだ! これお礼にってわけじゃないけど良かったらどうぞ」
涼太郎は思いついたように、ポケットに手を入れ中から包装された飴玉を取り出して加奈子に渡した。その手際は関西のおばちゃんも顔負けの早業である。
「別にお礼なんて良いのに」
「まあ、そんなことを言わずに受け取ってよ。飴玉は普段から沢山持ち歩いてるからさ」
そう言って加奈子にポケットの中を見せると、ポケットにはこれでもかというほどに、ギッチリと飴玉が犇めいていた。
「うわ、なんか怖いくらい沢山持ってるけど、涼太郎君ってそんなに飴が好きなの?」
「別に好きってほどじゃないんだけど、万が一のために普段から……あ、いや、こういうのを普段から持ってると小腹が空いた時に便利だからさ!」
涼太郎が普段からこんなにも大量の飴を持っているのは、自身の体質のせいなのだが、それをこの場で言えば下手すると転校初日でまた転校という、涼太郎の転校までの期間自己ベストランキングのベスト一位が入れ替わってしまうので、話を適当にはぐらかす。
「確かに朝ごはんを食べ損なった時とか便利だよね」
「そ、そうそう!」
これ以上飴の話題を続けるのは、涼太郎としては避けたいところなので、話題を逸らしつつ少し早足で下駄箱へと向かう。
上履きから靴に履き替えて校門前に二人が差し掛かったその時である。
「え!?」
加奈子の持っていた鞄を見知らぬ男性が勢い良く引っ張った。