プロローグ
他の連載が終わっていないのに……と思いながらも書きたくなったので書いてしまいました。
カーテンの隙間から差し込む眩しい光が、布団で気持ち良さそうに眠る一人の少年の瞼を照らす。
更に追い討ちを掛けるかのように、目覚まし時計の電子音が、少年の耳に響く。
「……もう……朝か」
視覚と聴覚の強力タッグによる強襲によって、少年の意識は眠りから覚めて今も煩く鳴り響く目覚まし時計のスイッチを、寝ぼけ眼を擦りながら切る。
寝起きだという事情を差し引いてもとぼけた顔、最大限に良い言い方を選ぶとするならば、温和な顔立ちをした少年は短めの黒髪でも分かるほどの存在感を放つ寝癖のせいで、余計にとぼけた顔に映るのは、自他共に認めるところだ。
カーテンと窓を勢い良く開け放ち、差し込む朝日と柔らかな風を受けて、少年は伸びをして眠気を覚ます。
一度、パジャマ姿のまま洗面所へと向かい寝癖を直して、顔を洗い歯を磨き簡単に身嗜みを整えてから、部屋に戻ってハンガーに掛けてあったブレザーを袖に通せば、ちょっと抜けた感じの高校生男子の出来上がりである。
出掛ける準備が整った少年は前日の内に用意しておいた鞄を片手に部屋を出て、少し廊下を歩いた先にある階段から下へと降りていく。
少年の住む家は、二階建ての一軒家。家族の部屋は少年を含めて、全て二階に位置している。
一階に下りると、リビングから食欲をそそる味噌汁の香り。
「おはよう」
リビングに入り少年は、朝一番の挨拶を送る。
「おはよう涼太郎。お腹空いたでしょ? 今、準備するわね」
「ありがとう母さん」
少年が朝の挨拶をした直後、リビングの奥のキッチンから出て来た薄桃色のエプロンを身に付けた女性は、少年の母である。ここで少年の母が口にした涼太郎というのは、当然であるが少年の名前である。
新木涼太郎。
それがこの少年のフルネームだ。
ちなみに母親の名前は涼香である。
「おはよう。今日はやけに起きるのが早いな涼太郎」
椅子に座り涼太郎が涼香から、茶碗を受け取り朝食を食べ始めようとした時、後ろから声が掛けられた。
振り向くと、ひょろっとした感じの中年のおじさんが、新聞を片手に持っている。
「おはよう父さん。僕だって、転校初日くらいは早起きするさ」
このひょろっとしたおじさんの正体は、涼太郎が先程言った通り実の父親で、名前は孝太郎。
良く見てみれば、目元の緩みなんかは涼太郎とそっくりだ。
「毎日これぐらいの時間に起きてくれたら、私は楽なんだけどね」
涼香のこの台詞に下手に返すと藪蛇となることを知っている涼太郎は、黙って白米を口にかっ込み、味噌汁で胃の中に流し込む。
「い、行って来ます!」
早々に朝食を平らげて、鞄を掴んで涼太郎は逃げるように玄関へと向かって走り出した。
涼太郎の後姿を見送りながら、両親は同時に溜息を吐く。
「今度は卒業まで持つのかしらね?」
「……どうだろうな。小学校と中学校だけでも25回。高校ではまだ二回だけだが、涼太郎の性格を考えるとなぁ」
涼香の不安に対して、孝太郎は自身の素直な感想を言葉にする。
我が子ながら、困った体質と損な性格のせいでこれまで合計27回もの転校をしてきた。
既に日本の48都道府県の半分以上を制覇し、この勢いで行けば全てコンプリートしてしまうのではないかと本気で思えてくるのだが、出来ればここで記録がストップしてくれればと二人は切に願っている。
この物語は、ある体質を持ってしまった少年のトラブルとの戦いだ。