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幻想剣客伝  作者: コウヤ
人里
9/92

人里 伍

 人喰い妖怪の口に人間の料理が合うのか不安であったが、どうやら杞憂だったらしい。

 もぐもぐと頬を栗鼠のように膨らませて咀嚼する幼怪の何と可笑しなことか。


「あややや! 人喰い妖怪にも優しく接するとは意外でしたねぇ」


 突然背後から軽快な声が聞こえ、咄嗟に身構える。


「ああ、心配しなくても皆に知らせたりしませんよ。私も妖怪ですからね」


 月明かりの下に出てきたのは、山伏の被り物を頭に載せ、背に黒い翼を生やした黒髪の少女だった。首から一眼レフを吊り下げている様子から、刀哉は昼間に慧音から聞いた幻想郷の文屋だと悟る。


「俺に何か?」


「申し遅れました。私、射命丸文しゃめいまる あやと申します。実は、ちょっとばかし取材をお願い出来ないものかと」


「断る。そういうのは嫌いだ」


 これは本心だった。下手に騒がられるのは好みではない。

 だが、彼女はその目に涙を溜めて深々と頭を下げる。


「お願いします! この通り! でないと明日の朝刊に間に合わないんですよ! ここのところ新聞の部数が増えなくて生活に困っているんですぅ~!」


 世知辛い世の中というのは妖怪にも当てはまるらしい。


 警戒していた刀哉だったが、こう泣きつかれては強く断ることが出来ない。


「……自己紹介程度だからな」


「あ、ありがとうございます! ありがとうございます! ではお名前と幻想郷に来てからの感想をお願いします。あと、今後の抱負などあれば」 


 射命丸の怒涛の質問に辟易しながらも、刀哉は慎重に言葉を選びながら答えられる範囲で答えていった。彼女はしきりに頷きながらメモに筆を走らせ、ルーミアは刀哉の背中に隠れて彼女の様子を伺っている。人喰い妖怪といえども天狗は恐ろしいようだ。


「ふむふむ……成る程、わかりました! では今日の内容を記事にさせていただきますね! ご協力ありがとうございました!」


 額に右手を当てて敬礼し、射命丸は背の翼を大きく広げて夜空へ舞い上がった。


 満天の星空を滑空して向かった先は妖怪の山。まるで嵐のような一時に刀哉はすっかり疲れ果ててしまい、深い溜息を吐く。


「大丈夫なのかー?」


「少し疲れた……飲み直したい気分だ」


「そーなのかー。じゃあ、わたしはそろそろ帰る」


「もういいのか?」


「うん。トーヤと会えたから、十分。ばいばい!」


 ルーミアは小さく手を振って全身に闇を纏い、音もなく森へ帰っていった。あまり長く話すことは出来なかったが、元気な姿を見られて安心した。


 刀哉が宴会場に戻ってみれば、里人たちはすっかり酔いつぶれて雑魚寝しており、魔理沙や霊夢たちも顔を真赤にして楽しげに談笑している。


 阿求は既に女中たちが連れ帰ったようだ。刀哉は魔理沙らの側に腰をおろし、盃に酒を注いで一息に飲み干した。身体の中が熱くなり、疲れが一気に吹き飛ぶ。


 慧音が作った料理も絶品だった。


 徳利を半分ほど流し込んだ刀哉は疲れも相まって睡魔が肩を叩き、気づけば腕を組んだまま胡座をかいて、壁に身体を預けて眠りこけていた。


「刀哉のやつ、座ったまま寝ているぜ? しっかたない奴だなぁ」


「疲れているのよ。幻想郷ここに来てから気が休まる日なんて無かったでしょうし」


「……ちょっと気になるわね」


 霊夢はおもむろに彼の愛刀を腰から外し、その刃を引きぬいた。


「なんだよ霊夢、質屋に持っていくつもりか?」


「そんなことしないわよ。ただ、彼がこれを振っていた時、かすかに霊力のようなものを感じたから」


「刀に何か宿っているの? あるいは、彼自身?」


「さてね。それを調べるのよ……やっぱり、刃から僅かだけど霊力が出ている。普通の刀ではまずあり得ないわね。余程の霊刀なのか、それとも余程のいわくつきか」


「物には魂が宿るもの。特に他者の命を奪うことを使命とされ、それを扱う者の魂となることを宿命付けられた物ならば尚更……」


 刀哉の愛刀を調べる少女たちの眼前に、スキマから八雲紫が現れた。


「本当に脈絡無く現れるのね?」


「あら、いつものことじゃない? 人形遣いさん。人形という物に魂を宿そうとしているあなたならば分かるでしょう? この刀が流す涙を。さぞ多くの無念を抱いているのでしょうね。でも今は頼れる主人がいることを喜んでいる……返してあげなさい。それはあなたたちが持つ物ではないわ。彼以外の人間や妖怪がそれを使えば、間違いなく身を滅ぼすことになる」


「なによそれ、まるで妖刀みたいな言い方じゃないの」


「物にも主人を選ぶ権利があるということよ。特に刀はね。これほど業が深い物もそうそうないわ」


 紫は霊夢の手から刀を取り上げて鞘へ納め、眠りこけている彼をひょいと抱き上げた。


「おいスキマ妖怪……お前、本当は刀哉のことを知っているんだろ?」


 語気を強めた魔理沙の問に彼女は首を横に振る。


「彼のことは何も知らない。けれど、知っている。私に言えるのはそれだけよ。彼が抱えているものは私にも、あなたたちにも、関わることが許されないものなの。なぜならこれは幻想郷の意思だから」


 顔を見合わせる少女たちを尻目に紫はスキマを開いて宴会場から消え、布団が敷かれた刀哉の寝室に出現し、彼を横たわらせた。


 指先で刀哉の額をそっと撫でる紫の目には、何故か小さな涙が浮かんでいる。


「あなたは私達と同じ……外の世界から忘れ去られた幻想……今はゆっくりと眠りなさい。いずれ、あなた自身を取り戻す時が来る――」


 紫が再びスキマに消えるのと同時に窓の外から一陣の風が吹き抜け、ロウソクの炎が失せて暗闇が訪れた。


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