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幻想剣客伝  作者: コウヤ
夢の終わり
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夢の終わり 弐

 視界が暗転し、全身が急速に冷えていく……。


 両膝を地に落とした刀哉は自らの手を濡らす生ぬるい鮮血を呆然と眺め、朦朧とする意識の中、嗚呼斬られたのか……と現実味の無い考えが頭を過った。視線を上げれば甕星の冷たい笑みが勝者の余裕を如実に表わしている。刀が星に届かないという絶対的な自信と、それに見合うだけの結果に満足した顔。右肩から左の脇腹までバッサリと切り裂かれた。


 溢れ出る血量からして、間もなく事切れるだろう。

 死して屍を拾うものなし。

 踵を返し、邪魔者がいなくなったことで甕星はこの世の宿命を握り、生きとし生けるものをその支配下に置くであろう。高らかに狂い笑う邪神。背後で沈黙する刀哉……その手には未だ神刀が力なく握られ、生気のない瞳が敵の背を見る。


「所詮は神といえども人の身。かような結果は既に定められていたこと。我は星。万物の宿命を司る者。汝の宿星は間もなく落ちる。我がそう定めた故に……む?」


 甕星は背後から受ける視線を感じ取って、己に歯向かった者の最期を見届けてやろうと振り返った刹那、異様な殺気と閃光の切っ先が甕星の頬を切りつけた。


 驚愕で見開かれた眼が瞬きをする暇もなく、さらに二太刀目が轟と唸る。


 辛くも邪剣が峰を叩いて着物が裂かれただけにとどまり、すぐさま跳躍して間合いを開けた甕星は、未だ刀を振るう彼の姿に言葉を失った。


 其れはまさに幽鬼。人の身が滅びて尚も魂たる神から放たれる霊力によって自我を保ち、ぶらりと刀を片手に持つ剣鬼が、既に動くはずのない足を引きずりながらも迫ってくる。


 背後に浮かび上がる刀神の影。なんたる執念、なんたる気迫、もはや目についた生命を片端から斬り伏せていくだけの鬼と成り果てた若き剣客に甕星が叫ぶ。


「宿主を傀儡と化してまで我に挑むか!」


 しかし彼に甕星の言葉は届かず、かつて八雲から授かった符を取り出す。


 天下五剣――人の世に名を残す五本の名刀が幻影となって彼の周囲に現れ、鮮血をまき散らしながら跳躍した刀哉が捻りを加えた剣戟を放つ。旋風を巻き起こす斬撃を邪剣で受けた甕星の隙を突き、五剣の刃が針山のように襲いかかった。


「ええい、小癪な!」


 甕星は剣戟の合間を縫って刀哉を突き飛ばし、邪剣を横一線に薙ぎ、背後に無数の小惑星郡を生み出した。拳大から見上げるような巨岩まで、蟻の這い出る隙間もない密度の流星群が刀哉へ迫る。だが彼は止まらない。恐れない。見据えるのはただ敵の首級のみ。


 ゆえに己の行く手に在る全ての障害を彼は”断ち切った”。


 飛来する岩石の一つ一つに存在する刀哉との因果、飛べと命じられた星神との縁、そして物質どうしを結合する原子の奥底に至るまで、天地に響く雄叫びと共に一閃された不可視の刃によって流星群は塵芥と貸し、あるいはあらぬ方向へ飛び去り、甕星から見れば岩石の雨の中を真っ直ぐにすり抜けたように見えたであろう。


「まさか――」


 再び刃が鬩ぎ合う。火花が散り、虚ろな刀哉の瞳が鋭く光った途端、怒涛の剣舞が甕星の邪剣に打ち込まれていく。さらに疾く、さらに鋭く、神の領域さえ超えるほどの剣技の冴えを受ける甕星の眼に、神刀を受ける天之尾羽張の刃が削られていく様が映る。


 そして大きく振りかぶった一撃を受けた瞬間、神殺しの邪剣は音を立てて砕け散った。


「我が剣を!?」


 砕けた刃と共にドス黒い邪気も神刀から放たれる光に浄化され、時の流れが止まったかのような静けさの中、甕星の心臓が神刀によって貫かれ、さらに他の臓腑もまた五剣が次々と穿った。六つの刃に刺し貫かれた甕星の喉奥から血が溢れだし、怨念と愉悦が入り混じった嬌笑が刀哉の耳に響く。


「くく、ははは……我は、まつろわぬ者なり。死も、また然り……だが、よくぞ我を倒した」


 刃が引き抜かれるのと同時に甕星は地に斃れ、刀哉もまた立っていられずに膝をつく。


 すると甕星は天に向かって指をさす。


 その先には純白であった空が満天に煌めく星の海に変わっていた。


「間もなく天地の狭間は消え失せよう……されど我は滅びぬ。かの天に星が煌く限り、我は汝らに定めを示し続ける。見よ、あれに輝く蒼き星を。かの星こそ汝の宿星。されど間もなくかの星は落ちる。汝の妻が孕みし赤子。数奇な運命を辿るに辿って行き着いた八度目の転生。七度の難儀を見事乗り越え、遂に新たな宿星を抱いた哀れな人の子。母の腹より産まれし時、汝の宿星は彼方へ落ちる」


 そのとき周囲が激しく揺れ、頭上の星空が純白の世界を侵食し始めた。


 刀哉は力なく俯いたまま動くことが出来ず、ただ甕星の言葉を聞き続ける。


「汝は我が子の産声と共に黄泉へ旅立つ。否、既に汝の魂は何処にも無い。神に宿された歪な器に過ぎぬ汝は、ただ消え行くのみ」


 崩壊していく天地の狭間にスキマが開き、紫の手が刀哉を引きずり込む。


「くくく、はははは! 我は天津甕星! 我は告げる者なり! 善に非ず、悪に非ず、ただ汝らの行く末を天上より見守る者なり!」


 高らかに笑う甕星は狭間と共に消滅し、幻想郷へ帰還した刀哉は博麗神社の祭壇に身を横たえ、騒がしく集ってくる皆の顔を見ながら星のお告げをいつまでも噛み締めた……。

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