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幻想剣客伝  作者: コウヤ
人里
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人里 肆

 さらに彼女を驚かせたのが、両断された藁人形たちの切り口である。藁が少しも潰れていない。これでは腕を斬られたとしても痛みを感じないだろう。何が体に任せて動いているだけだ、と慧音は額に手を当てて身震いした。


 妖怪たちが辻斬りと呼んでいた理由も分かる。


「あややや~、あれが噂の辻斬りですか。おっかないですねぇ」


 その様子を寺子屋の上空で眺めている人影が一つ。背にカラスの翼を広げ、手に年季の入った一眼レフカメラを携えた烏天狗が、しきりにカメラのシャッターを切っていた。


 狙いは勿論、件の外来人。そして寺子屋の半人半獣だ。


 おっかないと言いつつも恐れている素振りは全く無い。


 彼女もまた幻想郷の妖怪。しかも妖怪の山を縄張りにしている天狗の一員ともなれば、どれだけ人間が強かろうがその自信が揺らぐようなことは無い。


 むしろ面白い記事が書けると、彼女は顔をほころばせていた。


 そんなことが起きているとは露知らず、カカシ達を片付けた刀哉は新しい寝床の掃除に取り掛かった。井戸水を汲み上げて雑巾を絞り、埃を掃き出して床を拭く。


 定期的に慧音が掃除をしていたので汚れはそれほど無く、元々は寺子屋に住み込んでいた書生さんが使っていたものだという。その書生も随分昔に妖怪に喰われてしまったらしいが。粗方作業が終わり、慧音が作った握り飯を離れの縁側にて味わっていると、寺子屋の門前に大きな大八車を引いた稗田家の女中たちがやってきた。


 何事かと慧音と共に出迎えてみれば、荷台には米俵や金物など、生活に欠かせないものが積み上げられている。


「刀哉殿、阿求様より引越しの祝品でございます。どうぞお納め下さい」


「納めろといっても、家まで貰っておいてこれだけの物を受け取るわけには……」


「良いではないか。貰っておけ」


 と、遠慮する刀哉の脇腹を慧音が肘で小突いた。


「せっかくの好意なのだ。それに、数少ない人間の同胞が増えたとなれば祝いたくもなるだろう。礼をする機会は幾らでもある」


「むむむ……では有り難く」


 稗田家の蔵米に加え、味噌や塩といった調味料が入ったかめ、釜や鍋などの金物、さらに真新しい布団、寸法の合った着物、砥石、打ち粉、刀油といったものまで運び込んだ。


「随分と気に入られたようだな」


「もう足を向けて眠れん。こりゃぁ、本気で道場をやらないとバチが当たるな」


「うん、よい心がけだ。よぉし、今宵は腕によりをかけて心尽くしの膳を作らねばな」


「気持ちだけで十分だよ」


「私が作らないと言っても、里の人間たちは聞かないぞ? ほれ、外を見てみろ」


 言われて外の様子を伺ってみれば、里の者たちが思い思いの酒や食べ物を携えて集っているではないか。まさかここで宴会でも開くつもりなのか。人間だけでなく、宴の噂を聞きつけた妖怪たちまで列に加わっている。もはや刀哉に拒否権など無かった。


 否、ハナから選択肢など存在し無かったのかもしれない。


 着々と寺子屋の敷地内に宴の会場が作り上げられていく中、刀哉は子供を持つ親たちから順々に挨拶を受けた。無論我が子を道場に通わせてほしいという申請だ。


 稗田家や里の者たちから歓迎された手前に断るわけにもいかず、気づけば門下生の数は十人を超えていた。これは参ったと頭を抱える刀哉は、慧音に頼み込んで紙と筆を借り受け、すずりに墨を溶かし、つらつらと小筆で文字を書き連ねていく。


「何を書いている?」


「招待状。魔理沙と霊夢、それとアリスに。随分と世話になった。落ち着いたら便りを送る約束もある」


「そうか。律儀なのだな。彼女たちなら、誘われずとも来そうなものだが」


「俺の気が済まないだけだ」


 招待状を書き上げ、里の飛脚に急いで届けるよう頼んだ。


「合点承知! すぐに行ってくるぜぃ!」


 飛脚は目にも留まらぬ速さで駆け抜けた。人間では無いようだが、妖怪が持つ独特の妖気も持ちあわせていない。慧音に聞くとにべもなく答えた。


「あれは韋駄天いだてんだ。仏だそうだが、今は飛脚の仕事を生きがいにしているらしい」


 身近なところに仏がいたものだ。

 幻想郷ならではと言えよう。宵闇が訪れると赤や白の提灯が辺りを照らし、慧音や里の女性たちが作り上げた膳が並べられ、宴が始まる少し前に魔理沙たちも到着した。


「よう、刀哉! 元気か?」


「魔理沙、アリス、よく来てくれた。といっても、宴を催したのは俺ではないが」


「宴会なんてしょっちゅうよ。こっちも慣れているわ。それより、此処があなたの新しい家? 中々のものじゃない」


「へっへっへ。当分の間入り浸ってやるから覚悟するんだぜ?」


「道場の邪魔にならなければ歓迎する」


「ふぅん、あんた道場なんて始めるの」


 遅れて到着した霊夢が背伸びをしながら近づいてきた。綺麗な腋を風に晒しているが、寒くはないのだろうか。


「招待状なんて送りつけてくる所が、なんというか、あんたらしいわ」


「私も韋駄天が持ってきたときは驚いたぜ。ま、全部文字が繋がっていて何と書いてあるか読めなかったけどな!」


「随分と古い文面だったものね。霊夢なら読めたんじゃない?」


「当たり前よ。博麗の御札だって私が作っているんだから。ま、あのくらい読めないようじゃ魔理沙もまだまだね」


「なんだとぉ!」


 馬鹿にするように手をヒラヒラと動かす霊夢に、歯ぎしりをして身を乗り出す魔理沙。


 刀哉もアリスも腹を抱えて笑い飛ばし、慧音に呼ばれて宴会場である寺子屋の大広間へ向かった。


 各々が着座すると、宴の主催者である稗田阿求が里長に成り代わって開催の辞を述べ、そこからは飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。


 はじめは綺麗に並んでいた膳も各々が好きな場所に運び、刀哉の周りには彼の知人や、彼に興味を抱いた人妖が続々と集ってくる。


 それに加えて魔理沙が妖怪の巣に乗り込んだ件を力説するのだから、もう勢いが止まるわけがなかった。


「ところで魔理沙、例の薬はもうできたのか?」


「うん? あと一歩だぜ。結構生成が手間なんだよなぁ。ま、出来上がったら真っ先に使わせてやるからな。感謝するんだぜ?」


 薬の意図を知っている刀哉とアリスがニヤニヤと笑っていると、白い一合徳利を持った阿求が身を擦り寄せてきた。頬が随分紅い。あまり酒に強くないようだ。


「刀哉さん、一献いかがですか?」


「阿求殿。俺は何と礼を言っていいか」


「しょぉんなことは今はいいんですよぉ。ささ、グイッとやっちゃってくださいな」


 もはや呂律も定かではなかった。これは早いうちに沈没するだろう。


 宴といえば余興が付きものである。魔理沙が打ち上げる色取り取りの花火が夜空に弾け、アリスの人形たちが魅せる小芝居に、皆手を叩いて笑った。


「さあさあ、次は刀哉の番だぜ!」


「え、俺か? しかし俺は芸なんて持っていないが」


「刀哉、昼間の居合を披露してみてはどうだ?」


 慧音の提案に刀哉は手を打った。同じようにカカシを設置していると、悪戯心を抱いた魔理沙がその手にリンゴを持ってくる。


「カカシの頭に載せてみるから、落とさないように斬ってみろよ」


「春にリンゴがあるものなのか? まあ、やってみよう」


 宴の場がしんと静まり返り、全員の視線が刀哉に向けられる。腰を微かに落とし、愛刀の柄に指を掛け、心を平静に保つために深呼吸を一つ。酒のおかげで指先まで温もっている。


「破っ!」


 気合と共に鞘から淡青の刃を抜き払い、鞘に収めた。

 カカシは先ほどと然程変わったようには見えない。

 もしや失敗したのではと首をかしげる里人たちの傍らでは、霊夢と慧音が口を尖らせていた。


「なあ、言ったとおりだろう?」


「あいつ本当に人間? それとも刀に何かが宿っているとか?」


「いずれにせよ、成功だな」


 フッと息を吐く刀哉のもとに魔理沙が寄る。


「おいおいおい、何も変わってないぜ?」


「いや、斬ったぞ。ほれ」


 刀哉がカカシを鞘で突くと、真一文字に斬られたカカシの上半身が落ち、その頭に乗った林檎も食べやすい六等分になって鞘の先端に積み上がった。


 絶句する魔理沙に、刀哉は林檎をかじりながら差し出す。


「食うか?」


 返事は魔理沙ではなく群衆の大歓声だった。里人たちが試しに他のカカシも調べてみると、全てのカカシが同じように真っ二つに斬られ、林檎も均等な大きさに斬られている。


「なあ、なあ、なあ! 今のどうやったんだ! 私にも教えてくれよ!」


「さて、自分でもわからん。ただ出来るような気がした……うん?」


 席に戻り、盃を傾ける刀哉に魔理沙が眼を輝かせながら絡んでくる。


 そんな魔理沙たちをあしらう刀哉の視線の先に、物陰に隠れて指を咥え、こちらの様子をジッと見つめている金髪の幼怪がいた。密かに出しておいた招待状を読んでくれたらしい。


 刀哉は料理を適当に竹皮に包んで懐へ隠し、手洗いに行くという口実で寺子屋の外に出て、目立たない場所にルーミアを呼んだ。


「来てくれたのか」


「お呼ばれして貰ったから。トーヤって名前なのかー?」


「ああ、今のところは」


「そーなのかー」


「隠れていないで、皆と一緒に遊ばないのか?」


「わたしが行くと皆怖がるから。でも、お腹すいた」


「そうだろうと思って適当に持ってきたぞ」


 懐から竹皮に包まれた料理を広げると、ルーミアは嬉しそうに両手で掴んで口に運んでいく。


 思えば幻想郷に来て初めて出会ったのがルーミアだった。


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