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幻想剣客伝  作者: コウヤ
星の行方
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星の行方 肆

いつになく重苦しい空気に、博麗神社へ集った面々は誰から切り出すこともなく口を閉ざしていた。凶星が孕む妖力は桁外れに大きい。森からバカバカしいまでの妖気を感じ取った霊夢と神子が駆けつけた時、直接敵と対峙したわけでもないのに鳥肌が立つほどだったという。


 故に凶星を取り逃がした刀哉を責める者は誰一人としておらず、むしろ真っ向から対峙して正気を保っていたことに霊夢も神子も内心で舌を巻いていた。が、当の剣客は敵を目前にして一太刀も浴びせることが出来なかったことを余程無念に思ったのか、愛刀を抱いたまま俯いていた。


 傍らに控える白刃も並々ならぬ思いを察して口出しをせず、このままでは埒が明かないと、神子がぎこちなく口を開いた。


「ともかく、一刻も早く凶星を見つけ出し、葬るか再び封じねばなりません。かの妖気に触れた妖怪たちが凶暴化すれば、さらなる被害が広がることは明らか」


「んなことは言われなくても解ってるわよ。あれだけ出鱈目な妖気を感じたのに、今は何も感じないってのがムカつくわね」


「何処かへ隠れているということか。しかし、あの力を以って何故に身を隠す必要がある? その気になれば山の一つや二つ従わせることも容易いだろうに」


「ああ、もう! こんなときに紫はだんまりだし、一体何考えてるんだか! お酒でも飲まないとやってられないわね」


 と、苛立つ霊夢はどかりと畳に腰を下ろして頬杖をつき、具体的な対策が何も出てこないことに皆が焦りを覚え始めたときのこと。


 血相を変えた里人が神社に駆け込んできた。若い男で名を小兵衛といい、普段は里に一件しかない鍛冶屋で見習いとして働いており、正直な働き者と評判が良い。刀哉と土木仕事を共にしたこともある。


 小兵衛の青ざめた顔を前にした皆は身構えた。何事かは知らないが事件が起きたことは明らかで、誰か聞かずとも小兵衛が捲し立てる。


「た、大変だ! 妖怪が大勢里に寄せてきて! それに、里長の様態も!」


 悪い時には大抵悪事が重なるもの。だが、この一連の事件が凶星が引き起こす災いなのだとすれば……と考える刀哉は背筋が寒くなり、兎にも角にもまずは里に押し寄せている妖怪たちを退治すべく霊夢と共に人里へ急ぎ、神子はあまり交流は無いものの、里長を救うために永遠亭へ赴いた。


 元々高齢で体の具合が悪く、一時は稗田阿求に里長代行を任せていたくらいなので、皆薄々と里長がもう長くはないと噂していた。幻想郷においては妖怪や神の力にただの人間が対抗しうる力も無くなり、八雲が定めた掟に従ってきた長のことを妖怪に屈した弱腰と揶揄する者もかつては居たが、数少ない人間を纏め、里を人間と妖怪が交流する場に盛り立ててきた努力もまた皆が認めるところであり、妖怪の中にもその人柄を慕う者も少なからずいた。


 霊夢と共に長の屋敷前を通りかかると、見舞いの人だかりが列をなし、同時に寄せてくる妖怪たちに皆が怯えていた。


 異変解決の専門家と里の用心棒が揃って出陣していく様を見た彼らの声援を受け、里を囲う外壁の門から広がる田畑へ出てみれば、森や山から溢れでた妖怪たちがひしめき合っているではないか。


 すぐに数えるのを諦めた霊夢が四肢を伸ばして体を温める。


「う~ん……っと、久々に良い運動になりそうだわ」


「なんとも頼もしいお言葉で」


「あんたも良かったじゃない。幻想郷ここに来たばかりの頃は馬鹿みたいに自分を追い詰めていたのに、最近は結構緩んでるみたいだし」


「そんなに変わったか?」


「気づかないあたりがあんたらしいわ」


 ひらひらと手を向けてくる霊夢の余裕ぶりが相変わらずで安堵し、少しばかり声を大にして己の従者の名を呼んだ。


「姫鶴白刃!」


「ここに!」


「陣触れだ。俺と霊夢は里の西側を守る故、残る三方を堅守すべし。指揮は任せる」


「御意! いざ、我らの武勇をご照覧あれ! 者共、出陣だ!」


 小太刀桜一文字を抜き払った白刃の号令に応え、里の三方を守護すべく馳せ参じた鎧武者の群れ千二百騎。颯爽と白馬に跨った白刃に続いて、それぞれ四百騎ずつ里の外へ鶴翼の陣を敷き、押し寄せる妖怪たちを真っ向から押し返す。古今の名刀ナマクラが煌き、妖怪の爪牙と火花を散らす。それを櫓から見守る里人たちは複雑な思いだった。


 かつて里を襲った軍勢が、今は里を守るために刀を振るっている。これほど頼もしいこともない。いつしか、里の者たちもそれぞれの手に刀や竹槍を握りしめ、あるいは櫓から矢弾を放ち、自分たちの里は自分たちの手で守ると言わんばかりに武者たちの戦列に加わるものも出始めた。妖怪に鎧を抉られ、地に膝をつけた武者が己自身である刀を里人に託すことさえあった。


 互いに恨みを水に流し、人と刀の絆が再び結ばれた姿に胸の奥に眠る刀神の喜びは如何許いかばかりであろう。


「ちょっとちょっと、これだと妖怪退治の仕事も来なくなりそうじゃない。ただでさえ賽銭が雀の涙だってのに」


 自由自在に空を飛ぶ能力に加え、博霊の印が刻まれた札を四方八方に投げつけて妖怪を浄化していく霊夢の軽口に、無心を刀を振るう刀哉は聞こえない振りを決め込んだ。理性のない獣たち相手に不覚を取るようなことはないが、霊夢のように遊び感覚で戦場に臨むほど呑気ではない。第一、たった二人だけで百を超える数を相手にせねばならないのだ。戦線を維持することに集中し、包囲しようと回りこむ妖怪の首や胴を一撃で屠る。


 しかしいくら二人が千軍万馬の強者といっても横に広がられては対処しきれず、取りこぼした妖怪が里の壁をよじ登ろうとしたとき、上空から旋風が吹き荒れて妖怪らを吹き飛ばした。


「中々に愉快な戦ではないか。私達も混ぜてほしいねぇ」


 天を仰げば、早苗と共に駆けつけてきた守矢神社の二柱が威風堂々と地を見下ろしていた。諏訪子の実力は未だ彼の知るところではないが、少なくとも軍神たる神奈子と轡を並べられるならば心強い。


 妖怪退治に慣れていない早苗は目の前に群れる妖怪の数に怖気づいている。


「あわわ、こんなに沢山なんて聞いてないですよぉ!」


「大丈夫~、早苗なら何とかなるよぉ。良い練習になるって」


「諏訪子様……そんな軽く言われましても、って、うわぁ!」


 早苗に飛びかかった妖怪が諏訪子の鉄輪によって引き裂かれ、地に落ちる。これで戦線に穴が空くことは無くなった。残る三方の戦況も悪くはない。普段は少々抜けている白刃も刀の精だけあって戦場の風に心を踊らせ、兵法を駆使し、軍勢を一個の生き物のように動かしていく。


 単純な武術ならば刀哉に及ばずとも、こと統帥においては幾千、幾万の戦をかつての主人の側で経験した白刃の土俵だった。数多の妖怪たちは繰り出される長槍に貫かれ、あるいは太刀に切り伏せられ、敵わぬと逃げ出したところに騎馬が追い討ちをかける。里人たちも負傷しつつ妖怪の撃退に貢献していた。


 戦いは素人でも、普段の農作業で体だけは鍛えられている。


 何よりも人間は妖怪の餌という弱肉強食の世界で生きているだけあって、根性は並大抵ではなかった。また生きようとする執念も強固だった。


 一方で、永遠亭から永琳を連れて人里へ戻った神子は神霊廟から布都を始めとした道士を呼び寄せ、今の間に凶星の居所を探らせていく。これほど大っぴらに妖気を操っていれば、当然その力の源も知れる。そして神子が探り当てた凶星の気は、あろうことか、今まさに刀を振るって善戦している刀哉の頭上に輝いていた……。


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