表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想剣客伝  作者: コウヤ
紅魔館
61/92

紅魔館 肆

 戦国乱世の再来かのような光景が窓の外に広がり、白馬に跨って陣頭に凛々しい姿を晒す家来を目にした彼は絶句のあまり顔を手で覆い、傍らに座る紅魔館の主はさも楽しそうに啜り笑っていた。


「くすくす……あなたの家は随分と大所帯なのね?」


「一体何を勘違いしたんだか……あの阿呆」


「あら、阿呆ではあるけれど主人を助けに来る忠義は見上げたものだわ。ちょうどお茶会の余興が欲しかったところだし、少し遊んであげましょう」


 レミリアがぱちんと指を鳴らすと、控えていた咲夜の姿が消えて俄かに館内が騒がしくなり、廊下の窓が次々と開いて小さな剣や槍を携えたメイド妖精たちが無数に出陣していくではないか。


「戦でもおっぱじめる気か?」


「ごっこよ、戦争ごっこ」


「あいつも俺に似て結構な頑固者だからな、やるならトコトンやってくるぞ?」


「それは重畳。でなきゃ余興にならないわ。じゃあ、見晴らしの良いところに移りましょうか」


 紅魔館で最も高い時計塔に移動したレミリアと刀哉は、眼下で対峙する妖精と鎧武者のどちらも応援することなく事の次第を見守る。


 無論その様子を見物しているのは二人だけではなく、上空では射命丸をはじめとした馴染みの面々もまた暇つぶしとばかりに菓子を持ち寄っていた。といっても、半分以上を占める下級の妖怪たちは先の異変で現れた鎧武者たちが紅魔館に一泡吹かせてくれないものかという期待感で目を輝かせている。


彼らからすれば西洋の吸血鬼など余所者に過ぎず、その余所者が幻想郷で大きな顔をしているのが日頃から我慢ならないのだから。


 しかし高みから見物されている白刃は至って大真面目である。


 彼に預けた脇差から受けた報告では、門前払いを食らい、門番と戦った後に館へ連れ込まれたというのだから一大事。


 従者として留守番を申付けられた苛立ちがその一報によってカッと燃え上がり、気づけば紅魔館を包囲していた。


「殿ぉ! いまお助け致しますぞぉ!」


 目を血走らせ、采配を大きく横に振るった途端に豪雨のような黒い矢が森から放たれた。対する紅魔の先鋒は美鈴率いる妖精たち。


 迎撃のために撃ち上げた七色の弾幕が矢を弾き、尚も降り注ぐものは咲夜の投擲したナイフが確実に捉え、中庭の芝生に矢の残骸が積み上げられていく。


「ええい、小癪な! 構え! 放て!」


「じゃお!」


 気合の声が響き、異様な風切り音が唸る美鈴の回し蹴りが飛来した矢の群れを吹き飛ばす。


「この紅美鈴! 易々と門を傷つけさせはしません! 修理したばっかりなんだから!」


 時計塔で様子を眺めていたレミリアが楽しそうに手を打つ。


「人間も弾幕を使えるのね」


「刀の精が弓矢を持ち出すとは思わなんだ。む? そろそろ仕掛けてくるぞ。槍が前に出た。後ろに騎馬も控えている。弾幕はともかく白兵では"こちら"に一日の長があるぞ」


 呆れていた刀哉もいざ戦が始まると負けじ魂が露わになり、知らず知らずのうちに白刃の側に思いを寄せていた。


 長槍を構えた武者たちが身の毛もよだつようなおぞましい声をあげて突進し、妖精たちも次々に突っ込む。


 振り下ろされる槍衾の間を軽やかに飛び抜ける妖精たち、小さな相手に長柄は不利と見た白刃は即座に槍を捨てさせて腰の刀を使うように指示を下し、土煙の中で激しい混戦が繰り広げられた。


 妖精に死はない。たとえ斬られようとも時間が経てば再び空を舞うことが出来、武者たちも結局は妖精と似たようなもの。


 とはいえ彼らの霊力を上回るほどの力でなくてはその甲冑を破ることは出来ない。レミリアからすれば指先だけで屠れる脆さだが、妖精たちからすれば鋼鉄にも等しかった。


 美鈴の拳と蹴りであれば砕けようが、四方を囲まれているからには無力だった。間もなく外壁をよじ登られて中庭に押し入ってくるだろう。


「外堀くらいは掘っておくべきだったな?」


「必要ないわ。紅魔館はこの程度では決して落ちないもの」


 事実に基づいた自信ほど説得力のあるものはない。

 しかし彼女の視線は刀哉に向けられていた。


「余興はここまでかしら?」


「あの美しい中庭が踏み荒らされるのは忍びない。これ以上は俺にとっても恥だ。ちと家来の誤解を解いてくる。覗き見ている観客には悪いがな」


 時計塔の窓を開けて足に霊力を集中し、屋根を伝って刀槍剣戟の渦中にある中庭に飛び降りた彼は、ちょうど外壁を白馬と共に踏破した白刃の前で仁王立ちを決め込んだ。


「ええい、我が進軍を邪魔立て致すとは何者ぞ! 今すぐどかねば斬り捨ててくれるわ!」


 刀哉と気付かずに槍の穂先を向けてくる白刃に怒号が跳ね返る。


「今すぐに下馬せねば改易にしてくれようぞ! それとも切腹を所望するか!」


「ファッ!? と、殿!」


 ようやく気がついた白刃は転がるような勢いで馬から降りると、そのまま彼の胸に飛び込んできた。


「お、おい! こら! 抱きつくな!」


「殿ぉ! 殿ぉ! 心配致しましたぞぉ! うわーん!」


「ああ、分かった、分かった。それよりもあの軍勢を引き上げてくれ。俺は囚われたわけではない。せっかくの茶会が台無しになるところだったのだぞ?」


「こ、これは申し訳御座いませぬ! 者共! 我らが殿はご無事であった! 各々帰参せよ!」


 感情無き武者たちは大いに歓声をあげて喜びを表現し、皆が大手を振って煙のように消えていった。あの騒ぎから一瞬にしてしんと静まり返るというのも奇妙なもので、嵐が過ぎ去ったように中庭にも壁の外にも矢弾の残骸が散らばっていた。


 早速肉体を留めた妖精たちが掃除に取り掛かり、レミリアの前に引っ立てられた白刃は刀哉の長い説教に閉口していた。


「そもそも、俺はお前に留守番を申し付けていたはず。確かに何事かあれば救いに来いとは申したが、この脇差しは事の一部始終をしかと見ていたはず。それとも、この脇差しが報告を怠ったというのか? それともお前の早とちりか。軽はずみな行動は控えて貰わねば困る。レミリア殿にもちゃんと謝意を示せ」


「ぐぬぬ……よもや殿以外の者に頭を下げねばならぬとは……」


「何か言ったか?」


「いえ……れみりあ様……此度のご無礼、どうか平に……」


 刺すような視線で白刃を見下すレミリアの尊大な態度に、白刃は歯軋りを鳴らして睨み返していた。彼女にとって主君と仰ぎ、地に平伏す相手は天上天下に唯一人のみ。


故に主からの小言や苦言は幾らでも聞くことが出来るし、褒められようものなら天にも昇ることが出来る。己の早とちりが原因とはいえ、かような屈辱を味わうことになるとは思いもよらなかった。


 下唇を噛み締め、視線だけで抵抗する白刃の顔をレミリアが嗤う。


「くすくす……刀哉は良い家来を持ったものね。けれど作法は今ひとつのようだけれど」


 レミリアは席から立ち上がると咲夜に何かしらの指示を下した。


「白刃、あなたは従者としての心意気は見上げたものだけど、従者としての勤めを何一つ理解していない。館を荒らした罰として、暫くここで働きなさい」


「そ、そんな! 拙者は刀! 主君のお側に侍ることが使命! お主に仕えることは出来ぬ! 殿からも何か仰ってください」


 だが刀哉が何よりも義理を重んじることは最早言うまでもなく、彼は首を横に振って彼女の求めを拒否した。


「紅魔館の主はレミリア殿だ。迷惑をかけたのだから償いをするのが筋というものだろう」


「そ、そんな……拙者は殿以外になど……」


「だがレミリア殿。家臣の落ち度は主君の落ち度。願わくば、俺も白刃と共に暫し厄介になろうと思う」


 これにはレミリアも心底から驚いたらしい。主君は臣下に居場所を与え、臣下は主君に身命を捧げる。これが揺るがない主従の間柄であるし、事実レミリアと咲夜が其れであった。


 もしも咲夜が他の妖怪に平伏すような事態になれば、己の全てを以って相手を滅ぼす。決して主である己が家臣のために頭を下げるようなことなどしない。してはならない。そんな常識を抱いていた彼女の前で別の形の主従の絆を見せつけられ、レミリアは答えに詰まった。


 驚いたのはレミリアだけではない。彼女の傍らに控える咲夜も、そして何よりも白刃が驚愕のあまり刀哉にすがりついた。


「殿……ご乱心でございますか! これは白刃の落ち度。殿までもが此処の厄介になることなどありませぬ。どうかお考えなおしを」


「白刃、俺は家臣に全てを押し付けるような人間にはなりたくなどない。言ったはずだ。家臣の落ち度は主君の落ち度。俺を心から慕う家臣ならば尚更だ。レミリア殿……いや、お嬢。よろしいかな?」


 彼の声で我に返ったレミリアは無理やり不敵な笑みを繕って頷く。


「え、えぇ……構わないわ。けれど、仕事はきっちりとしてもらうからね?」


「無論だ。何なりとお申し付けを、お嬢」


 かくして紅魔館の使用人となった刀哉と白刃は、咲夜と共にレミリアの謁見室から出て行った……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ