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幻想剣客伝  作者: コウヤ
揮刀如神
30/92

揮刀如神 伍

 場所は戻って此処は人里。


 刀哉たちは稗田邸を本陣とし、逐一物見の報告を聞き、片手に持った握り飯を頬張りながら策を練っていた。といっても作戦は至って単純明快。要するに、刀哉を森の奥深くまで突入させ、敵の大将の首を取れば良い。


 護衛は霊夢を始めとした、幻想郷を代表する強者たち。


 しかし敵方の数も侮れなかった。霊夢も魔理沙も、数だけならば異変の度に有象無象の妖怪や妖精を蹴散らしてきたものの、ああして陣を構えるほどの組織的な相手を前にしては、いつものように突っ込むことが出来ない。兎にも角にもこちらの数が足りなかった。


 里人たちは戦に不向きで、せいぜい弓矢による牽制くらいしか望めない。


 どうしたものかと唸る刀哉たちのもとに、偵察として駆けまわっていた韋駄天が駆け込んできた。


「て、てぇへんだぁ! 旦那がた!」


「ついに攻め込んできたのか!?」


 慧音が詰め寄ると韋駄天は首を激しく横に振る。


「ちげぇんだよ! 妖怪の山からの援軍だ。白狼天狗のご一行の到着だぁ!」


「なんだと?」


 報告に驚いた刀哉たちが表に出ると、戦いの傷も癒えない犬走椛ら五十人余りがそこに駆けつけていた。


「椛か!」


「刀哉さん……鞍馬様の命により、我ら白狼天狗二番隊、これより人里防衛の任に就きます。以後、指揮はあなたに委ねます。あなたと共に、死出の旅路に御供仕ります!」


 一糸乱れぬ動きで白狼天狗たちが地に膝を着けて頭を垂れた。


 あの天狗が、決して他の部族と協調しなかった連中が、こうして人間と手を取り合って、共にくつわを並べて異変に臨もうとしている。其の様子を見ていた阿求はすぐさまこの時のことを書き記した。幻想郷の歴史を刻むために、今目の前にいる外来人の下、妖怪も人間も一つに纏まろうとしている。総身が震えた。紙に走らせる筆先に熱がこもった。


 阿求だけではない。里全体が震えていた。この熱気をなんと形容すればいいものか。


 この士気の昂ぶりを何と表せばいいものか。妖怪たちは日頃の闘争本能が燃え盛り、人間たちもまた、妖怪退治を生業としていた猛者たちの子孫として血を滾らせていた。


 慧音は拳を固める。


 勝てる。否、勝たねばならない。これは意地だ。里に住む者として、この幻想郷の一員として、刀哉の家族として、絶対に勝たねばならない一戦だ。


「へぇ、慧音にしては結構熱くなってるみたいじゃない?」


「妹紅!?」


 一体いつの間に此処へたどり着いたのか、藤原妹紅が軽やかに屋根から降りてきた。


「迷いの竹林はほぼ片付いた。慧音が気になって来てみれば、面白そうなことになっているじゃないの。ああ、そうそう。刀哉、輝夜から伝言……武運長久を祈る、だってさ」


「有り難い。百万の味方を得た思いだ。ところで、首が飛んだらしいが、大丈夫か?」


「あのくらいで死ねるのなら、こっちからお礼を言いたいわ。さ、とっとと終わらせて一献交わそうじゃない」


 皆が無言で頷いた。誰の顔にも、不敵な笑みが浮かんでいる。


 負けるわけがない。負けてなるものか。


 刀哉を筆頭に、霊夢、魔理沙、妖夢、妹紅、そして椛たち白狼天狗と里の妖怪たちは振り返ることもなく敵陣へ向けて歩を進めていく

 刀哉の出陣を察知してか、敵陣も俄にざわめいた。

 生ぬるい風が吹き抜ける中、横一文字に並んだ刀哉たち。


「皆……死ぬなよ?」


「あんたもね」


「へへ、死んだら借りたものを返さなきゃいけないからな、まだ死ねないぜ」


「私も、幽々子様の断りなく果てるわけにはいきません」


「まあ私は元から死ねないのだけどね」


 妹紅の言葉に皆が声を出して笑った。どうしてだろうか。これから死地に突撃するというのに、まるで緊張しない。あるいは、すでに戦の風に酔ってしまったのかもしれない。


 刀哉は布都御魂剣をゆっくりと引きぬいた。


 青白い輝きを放つ、古の神刀。己の半身にして己の使命そのものを携え、刀哉は切っ先を敵陣に、否、そのさらに奥底にいるであろう、総ての刀剣たちの無念に向けて叫んだ。


「敵よ聞け! 味方も聞け! 我は刀哉! 我が名は経津主刀哉なり! 我、総ての刀剣を統べ、その無念を祓う者なり! いざ決戦に及ばん! 推して参る!」


 刀を真横に構え、刀哉は地を蹴った。


 同時に霊夢たちも空を滑って無数の弾幕を展開し、一斉に抜刀して突撃する敵軍の一翼を屠る。刀哉は椛たち白狼天狗と共に敵の群れへ斬り込んだ。


 相も変わらず不気味な相手だった。戦の武器から美術品に成り果てた者達の怒りと怨念が鎧の至るところから溢れかえり、うち振るう刃の一撃一撃が非常に重たく、それでいて鋭かった。


 刀哉は次から次へと襲い来る刃を巧みに払い、隙のない太刀捌きで確実に敵の四肢を切断し、その胸を貫いて成仏させていく。


 これが戦か。数多の英雄豪傑が等しく駆け抜けた修羅場に身震いする。痛むはずの刀傷でさえ、今となっては何の感慨もなかった。この地獄の針山の如き無数の刀剣たちを相手にすることが、狂おしいほどに愉快だった。


「破ッ!」


 鍔迫り合いを繰り広げる刀哉の眼前に博麗の札が飛来し、敵の兜に貼り付くと、武者は呻きながら地に倒れた。流石に巫女だけあって悪霊退治もお手の物と見える。


 華麗に空を舞う霊夢に比べて、魔理沙は文字通りの力押しだった。

 手に持つ八卦炉から放たれる虹色の光線マスタースパークが容赦なく敵の集団を地面ごと粉砕していく。


 いつしか妖夢と背中合わせになった。


「大事無いか?」


「はいっ! 今のところは!」


 威勢よく答える妖夢の二刀が敵を仕留めた。


「見事だ」


「お兄様こそ、見惚れる太刀捌きです!」


「あまりこちらに近づくな。お前まで祓われるぞ」


「平気です! それよりも、お兄様は早く森へ!」


 さらに刀哉と妖夢を包囲せんとする敵の一波を白狼天狗たちが食い止める。


「ここは我らにおまかせを。貴殿は森へ」


「かたじけない!」


 刀哉は駆けた。森の入口はもう目の前。妹紅が放った猛烈な炎が壁となり、敵をひるませている間に暗い魔法の森へ踏み込んだ。無論、森の中にも敵はひしめき合っている。


 兜の奥底に光る赤い光の眼が闇に揺れ、刀哉の進撃を阻んだ。

 咄嗟に刀哉は紫から授かった符を一枚取り出す。

 我が身を護るという切り札の一枚。その名を高らかに叫びながら頭上へ放り投げた。


招来『天下五剣』 


 符を読み上げた刹那、眩い輝きと共にその名を天下に名を轟かせた五つの銘刀が幻影となって具現化すると、刀哉の五方を守護し、周囲に立ちはだかる敵をなぎ払っていく。


 伝説の鬼を斬り殺し『童子切』。

 夢見の子鬼を屠りたる『鬼丸』。

 三日月の刃紋浮かべし『宗近』。

 其の切れ味比類無き『大典太』。

 柄に数珠を巻きたる『数珠丸』。


 時代の波に呑まれ、宝物となって尚も刀神に忠誠を示す天下の五剣は、主の行く手を阻む諸々のナマクラ共を散々に打ち散らかして霞のように消え去った。


 魔理沙の家を越え、さらに深い森の奥底へと突き進む。

 ふと足元を見れば、無残にも斬り殺された妖怪たちの亡骸が転がっていた。


 しかし哀れに思う暇などない。頭上からヒュンと風を切る音が聞こえ、咄嗟に頭上を見上げると、雨のように黒い矢が降り注いでくるではないか。


 さらに刀哉は切り札の二枚目を切る。


神技『迅雷風烈』


 スペルカードが刃に巻き付き、猛烈な烈風が符から吹き荒れ、刃に青白い雷光が灯った。


 降り注ぐ矢雨に向けて刃を一閃すると、風と雷が無数の矢を一挙に砕き、木々の陰に伏していた弓隊諸共吹き飛ばす。


 その様は遠く妖怪の山からも確認出来た。


 ようやく敵を片付けた神奈子と諏訪子は、御柱に立って魔法の森を見つめる。


 もはや全てを察していた。

 あの少年のことも、今何が起きているのかも。


 早苗はただ黙して祈り続けた。


 傷つき、躓きながらも、文字通り道を切り拓く刀哉はふと妙な気持ちになった。


 思えばこの森から全ては始まったのだ。巡り巡って始まりの地に戻るというのも、因果だろうか。そんなことを考える刀哉の足元が揺れ、木々を圧し折りながら彼の前に現れた武者は、止まることを知らなかった刀哉の足を静止させるのに十分だった。


 ざっと見上げてみても刀哉の十倍はあろうかという巨躯に加えて、もはや刀ではなく研ぎ澄まされた鋼の塊といわんばかりの大太刀を携えた其れは、大きく振りかぶって刀哉を一刀両断せんと一気に振り下ろしてきた。


 すぐに真横に跳躍して躱したものの、地面はものの見事に抉れ、地割れと見紛うばかりだった。


 思わず生唾を飲み込んでしまう。一撃でも食らえば身体がどうなるか分かったものではない。刀哉は異様な唸り声をあげて振るわれた次なる一撃を必死で避け、力技には搦め手とばかりに三枚目を発動させる。


陣符『刀光剣影』


 布都御魂を脇に構え、ゆらりと刀哉が蠢いたかと思えば、その胴に大太刀が振り下ろされた。今度こそ真っ二つにしてやったりと刃を引く巨大な武者だったが、そこにいるはずの刀哉の姿は無く、ハッと周囲を見渡した時、武者の周囲には夏の日の陽炎の如くゆらゆらと揺れる刀哉の姿が無数に浮かび上がっており、闇雲に刃を打ち下ろすものの、尽くすり抜けて実態が掴めない。


「隙ありッ!」


 刀哉の声が武者の背後に響き、樹の枝から跳躍して鞘に納めた刃を紫電が煌めくように抜き払うと、武者の腰がガクンと崩れて重さに耐え切れずに崩壊した。


 しっかりと止めを刺し、その魂を浄化させ、ついに刀哉はあの花園に至った。


 鮮やかな彼岸花の紅が、今では血の海に見えてしまう。


 小手で頬から滴る血を拭い、キッとした鋭い目で其処にいる『敵』を見据えた。


 他の雑兵と違い、其れは立派な鎧を身にまとっていた。大きな鹿角がついた兜、無骨ながらも壮麗な漆黒の具足。そして杖のように身体を支える一振りの太刀。


 彼は花園の中央に直立したまま刀哉に背を向けていたが、一歩花園に踏み込むと柄に手をかけて刃を抜き、その鞘を投げ捨てた。その周りに兵はいない。一対一の果し合いに刀哉は武者震いを覚えた。隙のない足取りで間合いを詰めていくと、彼は振り返って正眼に構える。


 途端に刀哉の足が止まった。凄まじい殺気が全身を貫く。雑兵共の比ではない。


 そして敵もまた隙が一切なかった。八方からどう打ちかかっても斬られる……そんな図が頭に過ぎった。


「っ!?」


 ほぼ反射的に刃を振るっていた。激しい火花が散り、眼と鼻の先に彼の実体の無い顔面が見える。踏み込んだなどという話どころではない。気配も無く、一切の動作も無い、瞬間的な斬りこみに刀哉は愕然とした。が、まだ首は取られていない。


「このぉ!」


 全身で体当たりするように相手の刃を押しのけ、今度はこちらからとばかりに脇構えから仕掛ける。全てはこの時のために、全てはこの一戦のために、自らの命を絶ってまで刀神の願いに応えたのだ。


 一合、二合、三合……斬り結び、鍔迫り合い、時に躱し、一撃一撃が必殺の死合が延々と続く。敵の刃の、何と重たいことか。何と哀しいことか。切っ先を通じて彼の慟哭が伝わってくる……危うくこちらが感化してしまいそうになるのを食い縛り、反撃に転じようとしたときだった。


 足に違和感を覚えたのは。


 斬られた。直感が告げていた。足だけではない。いつの間にか、腕も、胸も、大小の傷が刻まれている。具足のおかげで致命傷ではないが、痛みも熱さも感じさせない切り口に舌を巻く。まるで鎌鼬だ。おかしい。だんだんと力が抜けていく。出血の所為だろうか、あるいはここまで来る間に体力を使い果たしてしまったのか。


 意識が朦朧とし、視界が霞み始める。全身に喝を入れて何とか体勢を保ち、情け容赦なく打ちかかってくる彼の刃を受け流した。


 ここぞとばかりに刀哉は渾身の太刀を仕掛ける。


剣舞『叢雲之太刀むらくものたち


 脇構えより敵の懐に踏み込み、足元から胴を切り上げ、真一文字に腹部を裂き、とどめの大袈裟斬りを豪快に打ち下ろした。具足が抉れ、角飾りの片方が花園に落ちるが、まだ彼の四肢は健在だった。


 否、そもそも肉体などない。彼を支えているのは百千万の怨念だけだ。ゆえに、如何に傷つこうとも、その勢いが止まることはなかった。


 紙一重で敵の切っ先を躱し、受け流す刀哉の額に冷や汗が溢れ出る。


「何故ダ……」


 立ち眩みを覚える刀哉の耳に、物哀しげで軋んだ声色が響く。

 鍔迫り合い、互いにその視線を交差させたとき、彼の悲痛な言の葉が胸に刺さった。


「何故……我ハ此の地へ流レタ……何故……我は、我らは、捨てらレたノダ! 我は武具ナリ。主ヲ護る為、主の敵ヲ屠ル為、主ノ首ヲ討取ル為、遥カ古より汝ラ人間ニ侍ったトイウニ……」


 彼は俯き、具足を震わせて刀哉から後ずさった。

 刀哉は満身創痍になりながらも構えを解かずに応える。


「時の流れは残酷だ。たとえどれだけ清き川も、いつかは大海の荒波に消えてしまう」


「ならば……いっそ……砕かれレバ良かっタのだ。この無念も、恥辱も、ただ一粒の砂鉄と……吹き散る風塵となれば良かったノダ……」


「その無念と恥辱を受け止めるために、俺は此処にいるのだ! 我が手で我が命を絶ち、お前たちの無念を晴らそうとする刀神のために! 数多の刀剣たちのために! さあ、問答は無用だ! かかってこい! 此処は戦場だ! お前たちが久しく待ち望んだ剣戟の大舞台だ! この首取るか、取られるか! この俺が全て受け止めてやる!」


「おぉ……有難ヤ!」


 語らいは再び言の葉から刃へと変わった。

 刀哉は受け止めた。彼の無念も、刃の鋭さも、そして技の冴えも、握る神刀と共に心ゆくまで。だがこれ以上、彼の嘆きを聞き続けるのはあまりに忍びなかった。


 およそ百合を迎えた時、刀哉は目尻に涙を浮かべて最後の符を取り出す。


 全てを終わらせ、全てを天に還すための、最終宣言ラストスペル――。


刀神「フツヌシ」


 布都御魂剣が淡く輝き、刀哉の背後に剣たちを統べる者の幻影が青白く浮かぶ。


 激しい暴風と閃光が花園に吹き荒れ、周囲に漂う妖気も怨念も消滅し、彼がその姿を目の当たりにして怯んだ一瞬に、刀哉は駆けた。


 気づけば、静寂に満ちていた……。


 互いに背を向け合い、刀哉が構えていた刃をゆっくりと下ろすと、彼はついに花園へ膝をついた。俯き、手に持つ己自身をジッと見つめた彼は、逆手に持ち替えて自らの腹部へ深々と突き刺す。


「……介錯ヲ」


「心得た」


 ヒュンと風が切れ、彼は光となって消えた――。




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