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幻想剣客伝  作者: コウヤ
忘却の剣士
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忘却の剣士 参

 翌朝、魔理沙は外から響く奇妙な音によって眼を覚ました。床で眠っていたはずがいつの間にか柔らかいベッドに横たわっており、大きな欠伸をして目尻に溜まった涙を指で拭い、寝床から這い出る。床には飲み干されて空になった一升瓶が鎮座していた。


 一体何の音が鳴っているのかと魔理沙が家の外に出てみれば、すでに起床していた刀哉が朝日に包まれ、斧を手にして薪を割っているではないか。


 切り株に木材を置き、勢い良く斧を振り下ろして芯から両断していく様は見事だった。


 といっても、魔理沙は刀哉のはだけた上半身を見て小っ恥ずかしくなったのか、しきりに視線を向けたり背けたりしていたが。


 ある程度の数が揃い、一旦薪割りを終えた刀哉が額の汗を拭うと、意図せず魔理沙と視線が重なった。


「おはよう、魔理沙。二日酔いにはならなかったか?」


「あ、あったりまえだぜ! 私があの程度の酒で酔うわけないだろ? それより、こんな朝っぱらから何をしていたんだよ?」


「薪割りだ。一宿一飯の恩義があるからな。今日は魔理沙の手伝いをするから、何なりと申し付けてくれ。ああ、それと、朝飯も作ってある。勝手に材料を使ったけど許してくれ」


「そ、そりゃ別にいいけど……刀哉って、何というか、律儀だよな」


「そういう性分なのかもしれないな。まあ、俺の道楽と思ってくれ。飯を食おう」


 呆気に取られる魔理沙を引き連れて食卓に移ると、既に飯は炊きあがり、味噌汁も湯気を立ち上らせ、最後に甘い出汁巻き玉子をササッと作り上げて食卓の真ん中へ運んだ。


 魔理沙は落ち着きなく箸を動かして朝餉を頬張り、ハッと背筋を伸ばす。


「美味い……私よりも上手なんじゃないか?」


「良かった。口に合わなかったらどうしようかと思っていたんだ」


「けど、何だか調子が狂うなぁ。今までこんなこと無かったし、ずっと一人でこなしてきたからなぁ」


「友人くらいはいるだろう?」


「まあ、いるっちゃいるけどさ。私みたいな人間の魔法使いじゃなくて、正真正銘の魔法使いが……あ、味噌汁おかわり」


 ささやかな朝食を終え、食器を片付けた刀哉が二階に上がると、魔理沙は研究机に腰掛けて熱心に魔導書を睨んでいた。その傍らには秘薬の材料と思しき植物やキノコが並べられているが、魔理沙が睨んでいる頁に描かれたキノコは見当たらない。


「それで何を作るんだ?」


「うん? ひぃ~みぃ~つぅ。しっかし、このキノコを取りに行くのは面倒だなぁ。妖怪どもの巣にあるんだよなぁ」


「魔法でなんとかならないのか?」


「私は手加減できない性分なんだ。キノコごと魔法で吹き飛ばしたら元も子もないだろ?」


「ふむ。よし、じゃあ俺が取ってきてやる。場所を教えてくれ」


 途端に魔理沙は刀哉の眼を凝視したまま絶句した。


「は? 取ってくる? 刀哉が? いやいやいやいやいや、無茶だぜ! 無謀だぜ! いくら腕が立つからって、ただの人間があんなところに行ったらあっという間に――」


「なるほど。ここから西に少し行ったところか」


 魔理沙が必死になって止めるのを脇目に、刀哉は机に広げられた地図に赤い印が書き込まれているのを見た。咄嗟に地図に体を乗せて隠しているあたり、正解だったらしい。


「昼過ぎには戻る」


「ま、待てって! 別にそこまでする必要なんて無いだろ? たかが一宿一飯くらい」


「俺にとっては命を救われた。だから、命をかけて報いる。それだけだ」


 道着の帯に愛刀を差し込み、刀哉は朝日を背に浴びながら西を目指して出て行った。


 魔理沙は呆れるのを通り超えて憤る。なんという頑固者だ。


「ふ、ふん! 勝手にすればいいさ。どうせ諦めて戻ってくるだろうし……」


 と、腕を組んで鼻を鳴らしていた魔理沙であったが、落ち着きなく居間を歩きまわり、刻々と時計の針が時を刻んでいく内にいても立ってもいられなくなった。


「ああ、もう! このまま死なれたら枕を高くして眠れないぜ! 無事でいてくれよ!」



 一方の刀哉は頭の中に叩き込んだ地図を思い浮かべ、どんどん森の奥深くへと突き進んでいく。途中で何匹かの小さな妖怪が飛びかかってきたが、その牙が刀哉の肌に触れるより前に真っ二つになって地面を転がっていた。我ながら剣の腕は中々かと自負してしまう。


 といっても特に動きを考えているわけではなく、むしろ身体が覚えている感覚に任せているだけなのだが。やがて小川が流れる少し開けた場所へ出た。両手で流れ行く川の水をすくってみると、何とも冷たくて心地良い。乾いていた喉を潤し、顔を洗って再び立ち上がろうとした刀哉の視界に、何やら奇妙な物が映り込む。


 それは明らかに人間ではなかった。しかし、先程までちょっかいを出してきた妖怪とも違う、おぞましさとは縁遠いファンシーな生き物だった。


 青いスカートに白いエプロンが目立つ、身長三十センチほどの大きさの金髪の少女。

 彼女はしきりに辺りを飛び回って何かを探している様子で、試しに足音を極力小さくして近づいてみると、彼女も刀哉の気配に気づいたのか、こちらを振り向く。

 そこで初めて気がついた。彼女は人間でも妖怪でも、まして生き物でもない。


 彼女は人形だった。中に綿が詰められ、針と糸で縫い合わされた妖精人形。


 まさか人形までこの世界では生き物として扱われるのだろうか、と、刀哉が興味深げに人形の少女を眺めていると、不意に彼女の右手が背中に回った。


 両腕を組んで何とか背中が見れないものかと覗きこむ刀哉を、人形は無機質な顔でジッと見つめたまま背中に隠れていた右手を露わにすると……一体何処から取り出したのか、彼女の手には鈍く鉛色に光る剣を握りしめていた。


 鳴り響く甲高い金属音……飛び散る火花……豪快に振り下ろしてきた人形の刃を、刀哉は鞘から半分だけ刃を引きぬいて防ぐ。


「物騒な人形だ。もしや呪いの人形ってやつか?」


 刃を弾き、間合いを空けて刀を構える。


 地を蹴り、刀を脇に構えて迷いなく振り上げると、攻撃を防ごうとした人形の両腕ごとその小さな首を刎ね飛ばし、真っ白な綿が辺りに散らばった。


「ふむ、生き物に比べれば後味が悪くないな。優しい誰かに縫って貰えよ? さらば」


 納刀し、その場から去ろうとした刀哉であったが――。


「ちょっと! 待ちなさいよ」


 不意に彼を呼び止める不機嫌な声が聞こえた。

 急ぎの用があるときに限って邪魔が入る。少しばかり苛立ちながら声のした方へ視線を向けると、今しがた斬り捨てた人形を両腕に抱えた人影が刀哉を睨みつけている。


「その人形の主人か?」


「生みの親よ。ああ……私の上海人形が……」


 前言撤回。後味が悪すぎる。だが、こちらにも言い分がある。なにせ先に抜いてきたのは人形の方なのだ。確かにあそこまで切り裂く必要があったのかどうかは疑問だが。


「気の毒なことをして悪かった。いきなり武器を向けてきたものだから、つい」


「どうも、貴方を妖怪と勘違いしてしまったようね。家で縫い直してあげないと……ところで貴方は人間よね? こんな森の中で何をしているの?」


「探しものさ。一宿一飯の恩義を返すために。ああ、そうそう。妖怪の巣って、こっちで合っているのか?」


「妖怪の巣ですって? 危ないところに行くのね。誰に恩返しするの? そんな危険を犯してまで」


「魔理沙という子に生命を救われた。だから、俺も命を賭して報いる」


「魔理沙ですって?」


「知り合いなのか?」


「友人よ。ははぁん、何となく分かってきたわ。貴方、妖怪の巣にあるキノコを探しているのでしょう? 上海を斬るほどの腕前なら、もしかすると、いけるかもしれないわね」


「手伝ってくれる……というのか?」


「まあ、協力ってところね。魔理沙のためにしているなら私としても助かるし、いきなり貴方を襲ってしまったお詫びの意味で」


「ありがとう。俺は刀哉」


「アリス・マーガトロイドよ。じゃあ、急ぎましょう。日が落ちると妖怪たちが凶暴になるから」


 互いに握手を交わした刀哉とアリスは、妖怪の巣を目指して地を駆ける。


 どうもこの世界では空を飛ぶという現象はあまり珍しいことではないらしい。


 聞けば、アリスもまたこの森の住人だという。魔理沙とは古い付き合いで、人間の魔法使いである魔理沙と違い、アリスは正真正銘の魔法使いだという。言い方を悪くすれば魔族だとも言ってのけた。普段は人形師として生活しており、先ほどの上海人形は特にお気に入りの人形だったとか。重ねて詫びると、彼女は静かに首を横に振った。


「いいの。人形はまた縫えば直るから。それよりも、少しだけ貴方に興味が沸いたの。どういう経緯で魔理沙に命を救われたのかしら?」


 刀哉はこれまでの経緯を簡単に話した。記憶が失われたこと、幻想郷に流れ着いたこと、そして妖怪に襲われた末に魔理沙と出会ったことなどなど。


「成る程、あなた外来人なのね」


「外来人?」


「外の世界から人間のこと。生き残った外来人は元の世界に戻るけど、定住する外来人もいるわ。そんなことより、見えてきたわよ……妖怪の巣が」


 森の中にひっそりと穿たれた洞穴……まるで、巨大な妖怪が口を開けて獲物が入るのを待ち構えているような、異様な空気が辺りに漂っていた。目当てのキノコはこの奥底にあるという。暗闇の上に人が二人か三人入れるかどうかの広さでは、確かに妖怪たちに気づかれず採取するのは至難の技だ。ただの人間が入ればあっという間に肉塊となるだろう。


「さて、どうするかな」


「いくら腕が立つといっても、あの中ではあっという間に餌食よ?」


「分かってる。なんとか外におびき出して仕留めていけばなんとかなりそうだけど」


「何とかなりそうって……一体何匹いると思ってるのよ?」


「何匹いようと、やらなきゃキノコは取れない。一つ囮になって誘い出してみるかな」


「待ちなさい。囮にするなら私の人形にまかせて。貴方は身を隠して奇襲の準備を」


 刀哉は木の影に隠れ、アリスはふわりと飛んで上空に待機し、上海とは別の人形を取り出して洞窟の中へ向かわせた。まるで釣りのようだと感心する刀哉であったが、すぐに巣のなかが騒がしくなり、獲物の匂いを嗅ぎつけた妖怪たちがまあ出てくる出てくる。


 十や二十ならばまだしも、一体あの洞窟の何処に潜んでいたのかというくらいに、五十余もの妖怪たちが一斉に人形を追いかけてきた。


 アリスは囮の人形を上空に退避させ、獲物が何処へ行ったのかキョロキョロと辺りを見回す妖怪たちの群れめがけ、刀哉は地面を蹴って刃を鞘から抜き払う。


 鈍い手応えの後にまず一匹目を屠った。あっと驚く妖怪たちの目が一斉に刀哉へ向くと、今度は木の影に隠れていたアリスが無数の人形兵たちを召喚していく。


 人形たちはその手に剣やら斧やら槍やらを携え、妖怪たちを逃さぬように包囲した。


 混乱の中でも反撃する彼らだったが、刀哉は容赦なく次から次へと妖怪たちの息の根を止め、森の地面を朱に染め上げる。その様子を冷静に観察していたアリスは、自身の腕がかすかに震えていることに気づいた。


 あの程度の妖怪ならば、自分を含めた魔法使いや名うての妖怪にとって物の数ではない。しかし人間が相手ならば話は別。刀哉は外来人の上に、何ら特殊な能力を持ち合わせていない。強いて言えば、およそ人間が到達出来るのか疑問を抱くほどの神技のみ。流れるような足さばきから繰り出される豪快な太刀筋は、気持ちのいい一筆書きのようだ。


 妖怪たちの爪も牙も、すべて紙一重で躱されている。

 勝負はものの一刻とかからなかった。


 生き残りは、いない。血の池に転がる屍体の中、息を荒げる一匹の鬼が立ち尽くしていた。刀を納刀した刀哉は上空のアリスに顔を向ける。


「明かり、あるか?」


「え? えぇ……」


 アリスはハッと我に返り、小さなランプを持った人形を彼に差し向けた。


 明かりを受け取り、全く躊躇する様子を見せずに洞窟へ入っていった刀哉は、まもなく戻ってきた。その手に怪しげな緑色のキノコを握りしめて。それと同時に森の上空が騒がしく揺れ、箒にまたがった魔理沙がゆっくりと地面に向けて降下してきた。


「おう、魔理沙。いい所に来たな。どうした、そんなに慌てて。忘れ物は無かったと思うが」


「強いて言えば……慎重さを忘れ物してるぜええ!」


 その瞳に刀哉の姿を映した彼女は、息を整える間もなく彼の胸元に駆け寄り、拳を固めて彼の胸板に振り下ろす。何度も何度も震える手で叩き続ける彼女の喉から、震えた声が漏れた。


「馬鹿野郎! 一人で行く奴があるかよ! 頑固にも程があるっての! バカ! バカ!」


「わ、悪かった、悪かった! それより、ほれ。お目当ての物だろう?」


 と、刀哉がキノコを差し出すと、魔理沙は乱暴にそれを引っ手繰って懐に仕舞いこんでそっぽを向く。


「これで刀哉の気も済んだんだろう? 貸し借り無しにしてやるから、家に帰ろうぜ」


「分かった。それより礼を言わないといけない人がいる。今は枝の上にいるけど」


 その声を聞いてか聞かずか、人形たちを従えたアリスが軽やかに枝から降りてきた。


「おお! アリスじゃないか!」


「大体の事情は彼から聞いたわ。魔理沙も物好きね。それとも、同じ人間としての情なのかしら?」


「私は別に、助けてくれと言われたから助けただけだぜ? 物好きなのはむしろ刀哉だ。ここまで律儀な奴初めて見た」


「褒め言葉として受け取っておく。ま、俺としても良い腕ならしになった」


「腕ならしというレベルではなかったと思うけど? 貴方には相手にならなかった様子だったけれど」


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