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幻想剣客伝  作者: コウヤ
揮刀如神
29/92

揮刀如神 肆

 煌々と満月が輝く夜天の下、突然の襲撃に人里は騒然としていた。

 四方の入り口は積み上げられた家具類や岩によって固く閉ざされ、竹槍を装備した里人や居合わせた善良なる妖怪たちが里の中央に集って篝火を燃え上がらせている。薙刀で武装した女中たちに囲まれた阿求と慧音が皆を落ち着かせようとしている最中、彼らの頭上にスキマが開いて、刀哉らが彼らの前に降り立った。


「刀哉! それに霊夢たちも」


「只今戻った……む? 慧音、その姿は?」


 彼の前に立つ慧音は銀色の髪の間から鬼の如き双角を生やし、身に纏っていた蒼い着物もどことなく翠色に染まり、知的な面影は残っているものの、見た目は妖怪の其れに相違無かった。


「ああ、これか? 満月の夜になると、半獣の血が目覚めるのだ。お前に見せるのは初めてだったな」


「半人半獣とはそういうことだったか。で、状況は?」


「酷いものだ。いきなり森の奥から鎧武者たちが溢れかえり、農作業をしていた者たちが切りつけられた。今は田畑に陣を構えたまま静止して、こちらも里の出入り口を封じているが、いつ突破されるか分からない」


「まっ、私たちが来たからには問題無いわね。それで、怪我人は?」


「今は寺子屋で応急処置を施している。頼りにしているぞ、博麗の巫女」


「おっとぉ、私らのことも忘れてもらっちゃ困るぜぇ? これでも霊夢と一緒に異変を何度も解決してきたんだからな」


「魂魄妖夢も、助太刀致します」


 頼もしい彼女たちの言葉に里人たちの顔にも笑顔が戻り始めた。今迄幾度も異変が起こり、人間たちが不安に陥っている中、必ずと言っていいほど彼女たちが解決してきたのだ。


 しかし一部の里人は刀哉に冷ややかな視線を向けている。


 今回の異変は間違いなく彼に原因がある。穏やかな生活が奪われるかもしれないという不安と、心の底に隠していた余所者に対する警戒心が彼らを駆り立てた。


 冷たく刺さるような視線を肌に感じる刀哉が申し訳なさげに黙りこんでいると、彼の前に阿求が躍り出る。

「一つ、里を代表してお尋ね致します。刀哉殿は、私たちの味方ですよね?」


 その瞳に色濃く浮かぶ不安と、応と言ってくれという懇願に刀哉は即答した。


「無論。此処は俺にとって第二の故郷。外来人である俺を迎え入れ、生かしてくれた。その恩に報いる時が来たと思っている。しかし、此度の異変は確かに俺に原因がある。そのことは深くお詫びしたい……ごめんなさい」


 里人たちに深く頭を垂れた彼の姿に、皆が驚き、そして力強く頷いた。


「頼んだぜ、先生!」


「うちの子供がよぉ、あんたにまだまだ剣を習いたいって聞かねぇんだよ!」


「あ、あの! 今度うちのお店で新しいお団子出すから、是非試食して貰いたいな!」


「お前さんが此処に来てから、少し里の空気が明るくなった。異変なんぞさっさと解決して、皆でまた宴を催そうじゃないか。婆が美味い飯を作ってあげるからね」


「そりゃぁいい! 戦に勝って、祝杯をあげよう!」


 ここに来て里人たちの士気は大いに昂ぶり、男だけでなく女までも興奮している。


 流石に妖怪たちに囲まれて育っているだけあって肝が据わっているらしく、人間だけでなく里を訪れていた妖怪たちも意を決したように刀哉の前に歩み出た。


「わ、私たちは人間じゃないけれど、この人里には思い出も友達も一杯いる。だから私たちにも手伝わせて欲しい! 幻想郷の異変なら、私達妖怪だって戦わなきゃ!」


「だとさ、どうする? 刀哉、霊夢」


「味方は一人でも多いほうが良い。敵の数はかなりものだ」


「少なくともそこら辺の人間よりは使い物になるわ」


「よし、では出陣するとしよう」


 踵を返そうとする刀哉の肩を慧音が掴む。


「待て刀哉。何の策も無しに出て行く者があるか。それに、お前は人間だ。しかも霊夢たちのように飛べるわけではない。しっかりとした装備がいるはずだ」


「しかし、連中が里に乗り込んできたら……」


「それが先ほどから陣を保ったまま少しも動く様子が無いのだ。まるで、誰かを待ち構えているかのようだ。物見台に上がって見るといい」


 言われるままに梯子を登って物見櫓にて外の様子を伺うと、敵は鶴が翼を広げた陣形……すなわち鶴翼の陣を展開したまま微動だにしていない。永遠亭で襲撃してきた鎧兜なのだとすれば、兵糧を食っているわけではなさそうだ。


 櫓から降りた刀哉は里人たちに連れられて稗田邸に連れ込まれた。


 一体何事かと聞いても誰も答えず、暫し中庭で待ちわびていると、里の男や女中たちが稗田家の宝物庫から仰々しい甲冑を運んできた。


 藍色に染められた大鎧で、足軽などが着るものではなく、侍大将が着るような壮麗な装飾が施してある。さぞ名のある武人が身につけていたのであろう。


 刀哉は訝しげに首を傾げた。


「何だそれは?」


「見ての通り、かつて稗田家を守護していた妖怪退治屋が使っていた具足でさぁ。先生に着て貰いたいってお嬢様が」


「勘弁してくれ。そんな重たいものを着て身軽に動けるものか」


「へ、へぇ……しかしお嬢様きっての頼みでして、まあ一つ着てやってくだせぇ」


 あまり気が進まなかったが、大恩ある阿求の頼みともなれば無碍にするわけにもいかず、渋々着物を脱いで藍染の鎧を着込んでいく。里人たちの手伝いによって具足を装備し終えた刀哉は、さらに彼女から送られた陣羽織を羽織り、腰に布都御魂剣を下げた。


「おお! さすが先生だ! ぴったりお似合いじゃぁ!」


「思ったよりも動きやすいものなのだな……ああ、鉢巻はあるか? 多分汗が流れると思うので、それを防ぎたい」


「承知しましたぁ!」


 すぐに男が白い鉢巻を用意し、キュッと気合を込めて額に結びつけて外に出ると、やはり慧音たちはその出で立ちを見て目を丸くし、そして大いに笑った。


「あっはっは! 刀哉ぁ……くっくっく、五月人形みたいだぜ……あっはっは!」


「し、しかし、確かに戦装束ではあるなぁ……ふふふ」


「……勘弁してくれ。それで皆は何を?」


「作戦会議よ。紫の話を聞いた限り、今回の犯人はあんたでないと倒せないのでしょう? なら私達はあんたの援護に回らせて貰うわ。それと偵察に出た韋駄天の情報によると、もう妖怪の山で一戦おっ始めたそうよ。山の神と天狗が」


「ほう……双方とも無事だといいが」



 山の中に無数の御柱が天から降り注ぎ、無限に溢れだす鎧武者たちを粉砕していた。


 生き残った者たちも諏訪子と早苗の活躍によって斃れていくが、正確には鎧を砕き、剣を折るだけで、どれだけ攻撃を加えても息の根を止めることは出来なかった。


 幾度も、幾度も、彼らは傷つきながら立ち上がり、山の二柱と巫女に挑んでくる。


「ちぃ! キリがないねぇ!」


「神奈子! 上!」


 諏訪子の叫びと同時に頭上を見上げた神奈子の目に、雨のように無数の矢が降り注いできた。彼女はキッと歯を食いしばって右腕を一閃すると、暴風が吹き荒れて矢雨が吹き飛ばされていく。


「弓隊までいるのか! ふはは! これは面白い戦になりそうだ!」


「もう、神奈子様! 喜んでいる場合ではありませんよぉ!」


「天狗の里は大丈夫かな?」


「なぁに、連中は戦慣れしている。早々山城が陥落することはあるまい」


 実際神奈子の言うとおりであった。天狗の里の山城を本陣とし、尖兵の白狼天狗たちが総出で武者たちを迎撃している。指揮執る天狗の武将は鞍馬であった。右手に錫杖を握りしめ、城門の屋根にどかりと座って芭蕉扇を軍配代わりに振るっている。


「カッカッカ! そぉれ、二番隊の出番じゃぁ! 横から突き崩せい!」


『応ッ!』


 犬走椛を先頭とした二番隊が混戦の中に乱入していく。敵はあっという間に壊乱したものの、さらに続く攻勢の波は留まることを知らなかった。まるで幽鬼のようにゆらゆらとした足取りから、白狼天狗に近づくや否や一気に鋭い攻勢を仕掛けてくる。おかげで天狗側にも怪我人や討ち死にする者が続出していた。血しぶきが吹き上がり、土埃が視界を妨げ、剣戟の火花が夜の山に弾ける。


 射命丸は伝令として妖怪の山を飛び回り、戦況を逐一鞍馬に報告していく。


「鞍馬様! 守矢神社に迫る敵軍を二柱が食い止めております」


「おう、あの神社を攻め落とすことなど到底叶うまい。それよりも問題は他の妖怪どもじゃ! 理性を持たぬ獣たちは結構斬られたことじゃろう。それにしてもこやつら、一体何処から湧いて来おったのじゃぁ?」


「魔法の森の中から進軍している模様です!」


「ほう、ならば敵の本陣は其処じゃのう。人里の様子は如何に?」


「博麗の巫女以下、人間たちが里の入り口を封鎖して睨み合っています。敵は鶴翼の陣」


「カッカッカ! あの人里を攻めぬか。さては小僧の出陣を待っておるなぁ……然らばこちらも援軍を差し向けようぞ。犬走の二番隊を向かわせよ」


「はっ!」


「さぁて、拙僧も出陣致そうか。それにしても今宵は太刀の奴がよう泣きよるのぅ」


 乾いた音と共に引きぬいた彼の太刀が、物哀しげな光を放っていた……


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