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幻想剣客伝  作者: コウヤ
揮刀如神
27/92

揮刀如神 弐

 誰も言葉を発することなく、一文字に並んで無限に続くように長い階段を上っていく。


 千本とも万本とも咲き乱れる桜の花びらが三人を包み込み、地上の暖かさとは程遠い肌寒さを刀哉は噛み締めていた。流石に霊魂たちが集まる場所だけのことはある。


 人の身である刀哉でさえ辺りに満ち溢れる霊力を肌に感じた。

 時折、桜の間に妖夢の半霊と同じような霊魂が漂っている。

 それも一つや二つだけではなく、およそ百以上の霊魂たちが行き場も無く彷徨い続けていた。

 まるで己のようだと刀哉は苦笑を浮かべる。


「陰気なところだ……私には合わないぜ」


「慣れれば良い所ですよ。白玉楼は陽の光もあたりますから」


「で、その白玉楼は何処まで上れば辿り着けるんだ? ちゃちゃっと飛んで行こうぜ」


「いや……歩こう。そのほうが、生きている感じがする」


 ここから先は亡者の世界。己がしっかりと生を感じていなければ引きずり込まれる。

 そんな感覚が刀哉の五感を研ぎ澄ませていた。


「へいへい、しっかりと付きあわせて頂きますよ」


「心配しなくとも、見かけほど長くはありませんよ。数刻もあれば辿り着きます」


「数刻はかかるのかよ!」


 魔理沙のキレのあるツッコミに刀哉も妖夢も声をあげて笑い飛ばした。

 幽霊のように黙りこんだまま歩くよりも、こうして笑いながら活き活きと歩いたほうがよほど楽しい。足取りも軽く、周囲に漂う霊魂たちが何事かと集まってくるほどに朗らかな談笑を交えながら歩いていた刀哉たちの視線の先に、白玉楼の入り口である正門が見えてきた。


 数刻歩き続けた魔理沙は少し呼吸を乱している。


「お前ら体力あるなぁ……はぁ……はぁ……」


「これも立派な修行だ。して妖夢、白玉楼に入るにあたっての注意点などは?」


「特にありませんが、白玉楼の奥にある大桜には絶対に近付かないでください。西行妖さいぎょうあやかしという妖怪桜に生気を吸い取られますので。それから……言い難いのですが、布都御魂はなるべく抜かないようにお願いします。霊魂たちのことが気がかりですので」


「承知した」


 三人揃って門をくぐると、外の薄暗さと違い、空は澄み切った群青に染まり、煌々と輝く白い太陽が顔を見せていた。白玉楼で働く霊魂たちも外の連中に比べて若干陽気な雰囲気がある。そして妖夢たちが到着したことを察知した白玉楼の主が、無数の霊魂たちを率いて三人の前に降り立った。


 青を貴重としたドレスに白いフリルが揺れ、桜色の髪を蓄えた頭に死者が被る白い三角巾を身に着けている。


 彼女は恭しく来客たちに一礼した。


「生者の旅人たちよ、ようそこ白玉楼へ。私がこの屋敷の主、西行寺幽々子」


「幽々子様! 魂魄妖夢、ただいま戻りました」


「おかえりなさい、妖夢。ここ数日の休養で元気を取り戻したようね。壮健なようで安心したわ。でも……妖夢のお料理が食べられなかったのは、ちょっとだけ怒っちゃうかも」


「も、申し訳ございません! 今日は腕にりをかけて作らせて頂きます! と、それよりもお客人を紹介します。こちらは森の魔法使いの霧雨魔理沙さん」


「よっ! 魔理沙だぜ」


「そしてこちらが――」


「外来の剣客殿、でしょう? 既に紫から聞き及んでいるわ。此処にいらした目的もね。詳しいことは中で話しましょう。妖夢、お茶と茶菓子を」


「ははっ!」


 白玉楼の応接間にて抹茶と饅頭を頂く刀哉と魔理沙は、幽々子が何時まで経っても唇を開かぬことに半ば苛立ちを覚えていた。妖夢も何とかこの状況を打開したいと頭を捻っていたものの、相手は自分の主人。あまり差し出がましいことは言えず、ただスカートを握りしめて俯くよりほかに無かった。


 しかし痺れを切らした魔理沙が幽々子に人差し指を向ける。


「おい! 何とか言ってやれよ。こちとら遥々幽界くんだりまで来てやったんだ」


「あら、急いては事を仕損じると言うわよ? そもそも私は彼について何も知らないし、教えられるようなこともない」


「では、何故紫は此処に来れば俺の正体がわかると?」


「ふふふ……自分の胸に手を当ててみなさい。灯台下暗しという言葉の通りよ。真実は案外自分の近くに存在する。私が出来るのは、あなたの魂に呼びかけることだけ」


「俺の魂?」


「そうよ。魂とは生物の核。そこに全てが刻まれている。記憶も、名前も、全てが。けれど魂を呼び出すにはそれなりの準備がいるのよ。あなたは死人ではないから。今は霊魂たちが儀式の準備をしているわ。これでも大急ぎで準備しているのよ?」


 のらりくらりと魔理沙の怒りを受け流す幽々子は、呑気に饅頭を頬張っていた。

 尚も文句を言おうとする魔理沙を刀哉が手で制する。


「刀哉ぁ!」


「止せ。慌てたところで何も分からん。果報は寝て待てという。協力して貰えるだけありがたい」


「あら、流石に人間が出来ているようね。日付が変わる頃には支度が整うはず。それまでは、妖夢と稽古でもしてあげて頂けるかしら?」


「承知した。願わくは竹刀か木刀を貸して頂きたい。この刀では、少々都合が悪い故」


「分かっているわ。その神刀をまともに抜かれてしまったら、白玉楼の霊魂たちも逃げ出してしまうでしょうし」


「そんなに凄い刀なのか? 刀哉のそれって……」


「無論よ。この私でさえ指一本触れられない程に。並の霊魂なら、刃から放たれる霊力で跡形もなく祓われてしまうでしょう。正直言って、その刃は幻想郷の秩序を崩壊させるほどの威力があるわ。まだ本来の力を発揮していないだけよ。だからこそ準備が必要なの」


 幽々子は相変わらず饅頭を食み続けているが、その言葉には魔理沙をも黙らせる程の威圧が含まれていた。


 場面は変わって白玉楼の庭。

 刀哉と妖夢は木刀を携えて立ち合っていた。

 魔理沙は池の苔石に座ってその様子を眺めている。


 長短二本の木刀を構える妖夢に対して、刀哉は正眼に構えたまま妖夢の打ち込みを捌いた。以前に試合をした時にも感じたことだが、妖夢の剣は攻めが主体だ。長い方で相手の四肢を切り裂き、短い方で止めを刺そうと仕掛けてくる。


 刀哉は妖夢の俊敏にして軽やかな一撃を見切り、身体を捻って彼女の足首を蹴り飛ばして体勢を崩壊させ、彼女の腕を掴んで地面に組み伏せた。


「ぐぅ! ま、参りました……」


「集中しすぎて視界が狭くなっているぞ。もっと広く相手の動きを見なければ、あっという間に殺られる。俺も以前にそれを学んだ」


「お兄様も、誰かに負けたのですか?」


「ああ。妖怪の山に行った時だ……さ、続けよう」


 すっかり蚊帳の外に追いやられた魔理沙は、欠伸混じりにその場から離れた。


 てっきりすぐにでも刀哉の正体が分かるものかと考えていただけに、この緩やかな展開は彼女にとって非常に退屈なものとなってしまった。箒にまたがり、適当な高度まで上昇し、白玉楼の全容を眺めながら、妖夢が言っていた大桜の近くで結界らしきものを練りあげている魂魄たちを見つける。恐らくはあれが儀式とやらの準備なのだろう。


 魔術のことならば多少自信があるが、ああいう結界だとか法力だとか、そういった類についてはからきし分からなかった。いっそのこと霊夢でも引っ張ってくれば解説してくれたのだろうが、いやしかし、彼女のことだから面倒臭いと言って無視されるのがオチだと魔理沙は口元を歪める。魔理沙は目立たない場所に降り、こっそりと白玉楼の中をめぐった。台所や古書が大量に保存された書庫、物置、妖夢の私室などなど。


 いつの間にか魔理沙の両手にはめぼしいものが積み上がっていた。


「いっけねぇ~、つい癖で持って来てしまったぜ。しかし妖夢のやつ……意外と子供っぽい下着持っているんだなぁ。おお! これはまさか……伝説の縞パン!?」


「魔理沙さんッ!」


「げぇ! 妖夢!?」


 突然部屋の障子が乱暴に開かれ、木刀を携えた妖夢が鬼のような形相で魔理沙を睨みつけていた。咄嗟に盗み出した物を背中に隠すが、あっけなく崩れ落ちて彼女の前に晒されてしまう。特に妖夢の下着がひらひらと宙を舞って畳に落ちた刹那、彼女は何も言わずに魔理沙目掛けて木刀を振り下ろした

「うわっと! あ、あぶねぇよ!」


「斬る! 貴様を斬り捨てて私も腹を斬る!」


「おおおおおお落ち着け! 刀哉! 見ていないで助けてくれよぉ!」


「……知らんな」


「この薄情者ぉ!」


 箒で逃げる魔理沙と追う妖夢を、刀哉は腕を組んで見送った。


 今度ばかりは魔理沙の自業自得。弁護する余地など微塵も無く、むしろ二人の騒ぎを楽しむかのように廊下に腰掛けていると、彼の隣に幽々子も加わった。


「あらあら、二人共元気ね。こんなに賑やかなのは久しぶりだわ」


「幽界が賑やかというのも奇妙だな」


「そうね。霊魂は喋ることが出来ないもの。お話をするときは常に念話のようなものだし。お煎餅でも如何かしら? 塩と醤油があるけれど」


「……塩で」


 煎餅を齧る刀哉たちの視線の先では、魔理沙が八卦炉から放った七色の弾幕を妖夢が華麗に切り払っていた。弾幕ごっこというものらしい。人間と妖怪、ましてや神の間には歴然たる実力の差があるため、なるべく公平性を保つために考案された決闘方法なのだと幽々子は言った。それでも弾幕を生み出すための霊力や妖力に関しては個人の努力で補うしか無いらしい。


どこの世界でも埋められぬ差はあるものだ。


「ところで儀式の件だけど……具体的に何を?」


「簡単なことよ。あなたを結界の中に閉じ込め、魂を引きずり出すの。強制的な幽体離脱みたいなものね。別に痛くも痒くも無いわ。あなたの意識もなるべく残すから、多分聞こえると思う。あなたの魂の声が」


「霊魂は喋らないのだろう?」


「普通はね。けれど、余程強い霊魂は自我を持っているのよ。この私のように」


「え?」


「私はね、こう見えても亡霊なのよ。どういう経緯でこうなったのかは覚えていないのだけれど、それでもこうしてあなたと喋っているでしょう?」


「てっきり幽霊には足が無いものかと思っていた」


「あら失礼ねぇ。そこいらの幽霊と一緒にしないで頂きたいわ」


 そうこう話していた二人の前に、魔理沙の光線が直撃した妖夢が落下した。

 覗きこんで見ればすっかり目を回している。


「あらあら、この子もまだまだねぇ。相手との相性も考えずに挑むのだから無理も無いわ」


「お~い! 幽々子~。勝ったんだからさっきの物を借りて行ってもいいかぁ?」


「いいわよ~!」


「って、何を許可しているのですか! 幽々子様!」


「あらぁ、負けたのは妖夢でしょう?」


「それはそうですが……書物はともかく、わ、私の下着まで……」


 顔を真赤にする妖夢の肩に刀哉が手を添える。


「俺が後で言って聞かせる。だから心配するな」


「は、はい……」


 かくして魔理沙の勝利と終わった弾幕ごっこ。


その後、刀哉の説得と幽々子の微笑ましい脅しによって魔理沙は戦利品を持ち帰ることを諦め、妖夢がはりきって拵えた夕食に舌鼓をうつ。特に刀哉は肉体的にも精神的にもかなりの負担がかかるので、とにかく沢山食べて備えねばならないと幽々子は言いながら、自身も全員が呆れるほどの量を胃袋に収めていた。


やがて白き霊魂が幽々子の下を訪れ、儀式の準備が整ったことを告げる……。


「さあ、始めましょう。幻想の剣客が何者なのか……その真相を掴む儀式を」


 張り詰めた空気の中、白玉楼の象徴たる大桜……西行妖の側に設けられた祭壇には結界と思しき六芒星の模様が描かれ、四方に篝火が燃え盛り、幽々子の指示によって結果の中央に立った刀哉は腰から布都御魂を抜いて御神酒が備えられた雛壇に設置する。


 まるで神道の祭事のようだ。すると皆の背後にスキマが開き、紫と共に博麗霊夢が腕を引かれて現れた。


「はぁい、皆さん。順調に支度が整ったようね」


「はぁ、はぁ、紫ぃ! あんたいきなり何するのよ!」


「いざって時に霊夢の力が必要なのよ。貸し一つにしてあげるから協力して。幻想郷全体に関わる問題なのだから」


 紫の腕を振り払った霊夢に魔理沙が声をかける。


「よぉ、霊夢。いいところに来たな。これから刀哉の正体が分かるところだぜ」


「聞いているわよ……たくっ。結界を維持すればいいのよね?」


「そういうこと。さてと……それでは幽々子、始めましょうか」


「ええ。あなたも覚悟は良い?」


 刀哉は腰の帯を締め、頷く。覚悟など始めから決めている。


 高鳴る鼓動を感じながら静かに瞼を閉じると、幽々子が陣の結界を起動し、六芒星の模様が青白く輝いて不可視の壁を作り上げる。すかさず八雲紫が「境界を操る程度の能力」を発動させて刀哉の肉体と魂の境界を分離した。


 激しい雷鳴が轟き、暴風が吹き荒れ、刀哉の身体から光の粒子が溢れ出て、同時に布都御魂も淡い輝きを放ちながら雛壇から浮き上がり、刀哉の眼前へゆっくりと降りてきた。


 結界が凄まじい力で歪められていく。


暴風雨に打ち付けられる窓のように激しく震え、閃光と雷鳴が皆の目を眩ませた。


「来るわ……彼の魂が!」


 幽々子の叫びと共に暴風が止み、俯いた刀哉の背中から青白く輝く人の形をした影が現れた。幽々子は思わず生唾を飲み込む。紫からある程度の話は聞いていたものの、まさか人に宿った魂がここまでの力を持つとはおよそ想定していなかった。結界越しでも、布都御魂の輝きを浴びた幽々子の霊力が吹き飛ばされていく。


 周囲にいたはずの霊魂たちは一瞬にして消滅し、妖夢も地面に座り込む。


 人間である霊夢や魔理沙と違い、純粋な妖怪である八雲紫もまた足が震えていることに舌を巻いた。


 咄嗟に八卦炉や博麗の札を構える魔理沙と霊夢を制した紫が一歩前に踏み出し、その魂に向けて深々とお辞儀する。


「我が名は八雲紫。幻想郷の管理者にして賢者で御座います。あなたの御神名を教えて頂けますか?」


「……我は――」


 刀哉の口から発せられる白刃のように澄み切った声色が、其の名を告げる。



「我は……我が名は……経津主ふつぬしなり。我はすべてのつるぎを統べる者なり……我、高天原の刀神なり――」




 


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