月の名医と蓬莱の姫 閑話
一方、永琳と輝夜は離れの茶室にて歓談に興じていた。
あの刀の霊力がどのように作用するのか研究したいと申し出た永琳を、輝夜が無理やり茶に誘ったのだ。ソワソワと落ち着きのない永琳を見た輝夜が笑う。
「珍しいわね。永琳が落ち着かないというのも。幻想郷に初めて来た頃を思い出すわ」
「今まで月の科学に囲まれていましたから、ああいう神秘的なものを見ると、つい」
「あら、地上人からすれば科学そのものが神秘的な物なのよ。天の運行が良い例ね。かつては大地が天の中心で、外の星々が大地の周りを回っていたと信じられていた。真実は違ったけれど、ある意味、真実を追求しすぎた結果が月の都であり、今の外界といえる。けれど如何なる科学を用いたとしても、絶対なる自然の摂理だけは支配出来ないもの」
「はい……しかし、それすら追い求めるのも人というものでしょう」
「確かにね。まあ、過ぎたるは及ばざるが如し。踏み込んではならない領域があるものよ」
「姫様は……私があの刀を研究することに反対なのですか?」
「言ったはずよ? 踏み込んではならない領域がある、と。仮に研究で何かが分かったとして、それをどうするつもり? 霊力を薬にするなんて、それはもう祈祷師の領域よ。あれはまさしく神が創りたもうたもの。神秘は神秘のままで残すから、価値がある。竹取物語が空想科学小説として残って欲しくないもの。幻想はあくまでも幻想よ」
反論出来なかった永琳は茶を濁すように話題を変える。
「姫様は、あの子の正体に心当たりが?」
「幾つかの選択肢は、存在するわね。けれど確証は得られないわ。物事が常に因果の法則で動くとは限らないもの。ただの人間かもしれないし……」
「もしも因果の法則で事が動いているとすれば?」
「愚問。永琳だって分かっているでしょう? 彼は……神かもしれない」
「しかし、山の神はそれに気づかなかったのでしょうか? あるいは黙っているだけか」
「さてね……でも、妾が知る限り、布都御魂を持つ神はあの二柱よりも格上よ。だから妾も判断しかねている。けれど全くの無関係なはずもない。だって高天原の神刀よ? これで神と関係がなければ、詐欺みたいなものじゃない。かの桃太郎に桃が登場しなければ物語そのものが破綻する。まあ、真相を知っているのはスキマ妖怪か、あるいは閻魔にでも聞けば分かることでしょう」
「楽しそうですわね、姫様」
「ええ。楽しいわ。久々に盛り上がりそうじゃない。けれど心しておかないとね。物が物だけに、異変が起こることも考えられる」
「異変ですか……あるいは、もう起きているのかもしれませんわね」
神妙な面持ちを保つ永琳に対して、輝夜は終始愉快げな笑みを崩さなかった。