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幻想剣客伝  作者: コウヤ
月の名医と蓬莱の姫
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月の名医と蓬莱の姫 肆

「全くあの剣客ったら、何処に行ったのだろう? それとも私が急ぎすぎたのかな?」


 背後にいるはずの刀哉が突然姿を消し、顔色を曇らせて探しまわる妹紅の周囲が俄に騒がしくなった。竹林の奥からピリピリと肌に感じるほどの強い殺気が伝わり、死に物狂いで動く気配を二つ察知する。


「うわあああああ!」


 耳をつんざく叫び声がこだまし、竹林の間を二匹のウサギが妹紅の前を全速力で通り過ぎた。


「な、なに? 永遠亭のウサギみたいだったけど……」


 その次に妹紅の前を駆け抜けたのは、普段のように物静かな雰囲気を何処へ忘れてしまったのかというくらいに殺気立った、目を真っ赤に血走らせて霊刀を握りしめ、逃げ惑うウサギを切り刻まんとする刀哉によく似た何かだった。


 たとえ因幡てゐの悪戯に引っかかって怒り狂ったとしても、あそこまでの殺気を出すとは考えらない。となれば、相方が持つ狂気の目にやられたという方が説得力があった。


 非常にまずい状況だ……。


「こうしちゃいられない!」


 妹紅は刀哉たちの後を追った。鈴仙とてゐが逃げゆく先は永遠亭だ。


 親分を守ろうとウサギ妖怪たちが刀哉の前に立ちはだかるが、狂気に犯されていながら流れるような技の冴えにウサギ妖怪たちが一瞬にして三枚におろされていく。


 文字通り脱兎の如く逃げる二人は、背後に聞こえるウサギ妖怪たちの阿鼻叫喚に戦慄した。


「れ、れ、鈴仙! あれは本当に人間ウサ!?」


「知らないわよ! それより早く永遠亭に逃げないと!」


「でも! その後! どうするウサ!?」


「師匠に何とかしてもらうしかないじゃない! 怒られるのは覚悟の上よ! ほら、もうすぐそこ!」


 段々と竹林が開け、白い石畳を一息に飛び越えて竹製の門をくぐった二人。


 それを追う刀哉は門の前で立ち止まった。

口を固く閉ざし、血走った目が門の奥に広がる屋敷を睨むと、白い障子から三本の矢が突然飛来した。


 布都御魂を一振りして三本とも叩き落とした刀哉の頭上を影が覆う。


「狼藉者はお断りよ!」


 永遠亭から跳躍した八意永琳が空中で矢を弦につがえ、刀哉の頭部を狙い、放った。

 彼はわずかに体を右に動かしてそれを躱し、背後に着地した永琳をギロリと睨む。

 永琳はさらに三本の矢を背にした矢筒から取り出し、つがえながら刀哉の目を覗きこんだ途端にため息を吐いた。


「なんてこと……優曇華の目を見てしまったのね? これは、生半可な攻撃では止まりそうも無いかしら……人里の剣客さん」


「ハァァ……斬ル……っ!」


 白い吐息を吐き出しながら刀哉は永琳目掛け、大地を強く蹴って肉迫する。

 永琳が放った三本の矢を切り払い、彼女の喉元を狙って刃を振り上げるが、永琳は巧みに弓を使って受け流す。思わず額に冷や汗が滲んだ。天狗に謝罪させたのも頷ける。


 不老不死の秘薬である蓬莱の薬を飲んだ身でも、やはり、いざという時は恐怖を感じてしまう。刀哉は今まで永琳が相手にした敵とはまるで種類が違った。


 天に煌く白き月……そこは地上とは比べ物にならぬほどに文明が発達し、科学の力によってあらゆる物が解明され、また開発されていた。蓬莱の薬もまた然りである。


 故に刀哉のように自らの肉体を鍛え上げ、ひたすらに剣術を磨きあげた者が月にいるわけもなく、あるいは彼女からすれば原始的と見えたかもしれないが、兎にも角にもその太刀筋を見切るだけでも至難だった。狂っているだけに手加減も無い。


 話し合いも通じない。語るは霊力溢れる古の神刀だけ。


「嫌な相手ね。どうにかして気絶させないと」


 刀を脇に構え、ゆらりと揺れながら切りかかって来る刀哉の切っ先が永琳の腹部を切り裂く。辛うじて服だけで済んだものの、何時首筋を裂かれ、四肢を分断されるか分かったものではない。永琳は懐にある麻酔薬が入った注射に意識を傾けた。隙を見て彼の首筋に注射すればこっちのもの。たちまち全身の筋肉が麻痺して立つこともできなくなる。


 問題は、どうやって首筋に撃ちこむか……。


「随分と苦戦しているようじゃないか。月人」


 白銀の髪を手で払い、二人の間に割って入った藤原妹紅が、不敵な笑みを浮かべて月の名医を茶化す。


「あなた……まさかまた姫様を狙って」


「おっと。今日ばかりは休戦。それに用があるのは輝夜ではなくて月人さんよ。里に急病人がいるもんで案内をしていたら、まあどういうわけか、見ての通りさ」


「そういうこと。とりあえず、彼を止めるわ。取り押さえて貰える? あとは私が」


「分かった。さあ、外来の剣客。お手並み拝見といこうか……この不死の首を取ってみせなさい!」


 遥かな時を経て妹紅が練るに練った妖術の炎が翼となり、文字通りの不死鳥の如く舞い上がると、その足にも炎を纏って刀哉へ一直線に蹴りを放つ。躱しきれないと悟った刀哉が布都御魂の峰で彼女の足を受け止めるが、勢いを殺しきれず、そのまま弾き飛ばされて門の壁に背中を打ちつけた。


 すかさず妹紅が追撃にかかるが、俯いていた刀哉が血走った眼をぎょろりと妹紅へ向け、刀で地面を抉り、土くれを巻き上げて彼女の視界を一瞬だけ遮る。


「くっ、小癪こしゃくな……えっ!?」


 青白い煌めきが一閃したかと思った刹那、妹紅の視界に己の身体が映り込む。


 その、元々首があったはずの場所から噴水のように鮮血を撒き散らし、彼女の首と胴が痛みもなく刈り取られた。


 着物を返り血で真っ赤に染め上げる刀哉の狙いが、再び永琳へと向けられる。


 矢をつがえる永琳……すると彼女の目が刀哉の背後に向き、ハッと見開かれる。

 鈴仙が門の屋根に隠れ、刀哉の頭部に狙いを定めているではないか。


 ただの狂人ならばいざしらず、脳裏に彼女の危機を感知した永琳は気づけば叫んでいた。


「下がりなさい! 迂闊すぎる!」


 しかし遅かった。鈴仙の指先から放たれた弾丸は、刀哉が振り向きざまに刃を一閃すると真っ二つに切断され、彼女を強烈な風と鎌鼬かまいたちが襲う。



 剣舞「疾風之太刀はやてのたち



 首こそ飛ばなかったものの、全身に無数の切り傷が刻まれ、門の屋根から地に落ちる。

 やはりあの神刀の力は計り知れない。妹紅の回復もいつもより時間がかかっている様子。


 身体がビクビクと痙攣けいれんし、徐々に刈り取られた頭部が再生し始めているが、もう暫く時間を稼がなければならないようだ。永琳は一本目の矢を放ち、刀哉がそれを躱した隙に死角へ回りこんで二本目の矢を放つ。


 やじりが刀哉の右手首を貫き、痛みに唸って刀を一瞬手放すが、すぐに左手に持ち替え、永琳の首を狙って真一文字に振るうが、彼女は身をかがめて躱し、代わりに竹が数本犠牲になった。


 右手は封じた。あとは左手のみ!


 さらに矢を矢筒から取り出そうとした永琳だったが、先ほどの一撃によって弓の弦が切断されていることに気づき、愕然とする。あの刃の斬撃範囲は思った以上に広い。


 あれが振るわれた周囲の空気ですら刃となるならば、たとえ避けたとしても徐々に相手を傷つけていく。己の腹部を切り裂いたのも、あるいは切っ先ではなく刃と化した風だったのではないか。


「おっとぉ! まだ、私を忘れて貰っては困るなぁ」


 首の再生を終えた妹紅が背後から刀哉を羽交い絞めにした。


「ふふふ……いくら刀が凄かろうと、あんたはただの人間。私の力に勝てるものか。月人さん、早くこいつを!」


「分かったわ!」


 永琳が胸元から取り出した注射器が暴れる刀哉の首筋に打ち込まれ、すぐに手の力が抜けて刀を手放し、糸が切れた人形のように力なく俯いた。


「はぁ、はぁ、世話の焼ける剣客さんだ。でもお美事な腕だったよ。綺麗に斬ってくれたからあまり痛くない。しかし、これは鬼に金棒ならぬ、キチガイに刃物ってところだね」


「どちらにしても、二度と相手にしたくないわ。姫様も無理難題を言ってくれるものね。何があっても殺めてはならぬ、なんて」


「あいつが無理難題を言うのはいつものことでしょ。さてと、それじゃ、私はここいらで退散すると致しますか」


「あら、彼の介抱をしていかないの?」


「冗談じゃない。私はあくまでも案内を頼まれただけ。それに永遠亭に立ち入るなんてまっぴら御免さ。治療中に殺し合いを始めるわけにもいかないだろう?」


「それもそうね。確か、里に急病人がいるのよね?」


「ええ。といっても白玉楼の庭師だけれど。こいつと試合をしていたら急に倒れて、息を荒くしていた。あとは分からない。今は寺子屋で慧音が看病している」


「分かったわ。彼と優曇華を運んだら里に向かう」


 役目を果たした妹紅はフッと笑って竹林の中へ消えていった。輝夜のことは大嫌いだが、永琳については信頼しているといった風な顔だった。永琳はウサギ妖怪たちに彼を運ばせ、気絶している鈴仙の頬を指で強く押す。


「むぎゅぅ……ハッ! し、し、し、師匠!」


「おはよう、このどうしようもないトラブルメーカーさん。後でたっぷりと可愛がってあげるから……覚悟しておきなさい」


「ひぃいい!」


 笑顔の下に潜む永琳の殺気に鈴仙が叫んだ。


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