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幻想剣客伝  作者: コウヤ
月の名医と蓬莱の姫
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月の名医と蓬莱の姫 参

 否、手抜きをする余裕はあまり無かった。


 殺気を発さないままに奇襲した一撃を受け止め、すかさず反撃に転じた妖夢の器用さは目を見張るものがある。慧音や妹紅、そして多くの門下生たちが見守る中、甲高い剣戟音が田畑に鳴り響き、刃が交わる度に激しい火花が散る。


 跳躍と共に妖夢が振り下ろした楼観剣を受け流した刀哉に、彼女は苛立ちながら口を開く。


「何故本気を出してくれないのですか! あまり私を莫迦ばかにしないで頂きたい!」


「ほう……何故俺が本気を出していないと分かる?」


「その目です……まるで殺気を出さず、まるで、遊んでいるかのような余裕です! 私に対する侮辱ですか? それとも、そんなに私は弱いですか!」


「いや、妖夢は強い。実を言うと、結構焦っている」


「ならば何故!」


「俺が本気を出すということはな……お前の首を刎ねる、ということだ」


 今度ばかりは本気で殺気を放った。途端に妖夢は出しかけていた言葉を喉の奥に押し込まれ、黙りこんでしまう。妖夢は確かに強い。剣術の修行もかなり積んできたのだろう。


 しかし、その殺気は緩かった。どちらかといえば相手に勝つという意思に過ぎず、相手を殺すというほどの冷たさも無い。あまり実戦に臨んだことが無いと見た刀哉は、すっかり戦意を喪失した妖夢の前で刀を納めた。


「子供たちの手前、これ以上やって血を流すわけにはいかない。どうしても続けたいというのならば、竹刀に持ち替えよう。それなら首を刎ねる心配も無い」


「……いえ、おそらく持ち替えても結果は同じでしょう。悔しいですが、私は刀哉殿ほどの殺気を放つことはできません。お稽古を中断させてしまった非礼をお詫びします」


「なんの。門下生たちにも良い見学となったはず。挑戦なら何時でも受ける故、気軽に尋ねてきてくれ。俺も、妖夢のような剣士がいてくれると嬉しい」


 と、刀哉が握手を求めて腕を伸ばすと、それを握り替えそうとした妖夢が一歩前に出た時……彼女は糸が切れた人形のように刀哉の胸元へ倒れこんだ。


「妖夢? 妖夢!」


 彼女の肩を抱きかかえて顔色を除くと、頬は紅潮し、息が激しく乱れ、額に嫌な汗がにじみ出ている。試しに額に手を当ててみると、驚くほど熱かった。


「慧音!」


「心得ている! 皆は一旦家に帰りなさい。妹紅、手伝ってくれ」


「分かった!」


 刀哉が妖夢を抱え、一足先に寺子屋へ戻った慧音と妹紅はすぐに寝床と冷たい水を用意した。布団に寝かしつけ、絞った濡れタオルを額に乗せて、慧音が脈を取る。


「ふむ……乱れているな。ただの風邪では無いようだが、私は医者ではない。竹林の奥にある永遠亭に行くしかないか……」


「ならば俺が行こう。妹紅、案内を頼めるか?」


「永遠亭へ!? じょ、冗談じゃないよ。私は嫌だね。あいつのところへ行くなんて」


 妹紅は断固として拒否した。どうも永遠亭にいる誰かと浅からぬ因縁がある様子だが、このまま単身で竹林の中に入っては途方もなく彷徨うことになってしまう。


 妖夢とて予断を許さない状態かもしれないのだ。


「頼む。永遠亭の前まで案内してくれればそれでいい」


「妹紅! 今は意地を張っている場合では無いだろう!」


 二人に迫られた妹紅は、腕を組んで鼻を鳴らした。


「ふん! 仕方ないなぁ! 分かったわよ。連れて行ってあげるから、早くして!」


「すまない!」


「刀哉! 永遠亭にいる八意永琳という名医を連れてきてくれ! 彼女ならばきっと……」


「承知した!」


 妹紅と共に寺子屋を飛び出した刀哉は、人里を駆け抜け、迷いの竹林へ飛び込む。

 流石に鬱蒼とした竹やぶで生活している妹紅は俊敏に動きまわるが、刀哉は時折足をもつれさせ、あるいは躓き、中々思うように進むことが出来ない。


「遅いよ! 剣客さん!」


「くっ! この竹が鬱陶しい!」


 邪魔立てする竹を容赦なく切り捨ててでも道を作り上げていく刀哉。


 その様子を、藪の中から伺う影が一つ……。


 頭にウサギの耳を生やし、桃色の衣を纏った黒髪の妖怪は、藤原妹紅の後に続いて竹を切り刻む侵入者をジッと睨んでいた。その小さな口元が怪しく釣り上がり、背後に控える部下のウサギたちを出陣させていく。


「くっくっく……姫様に逆らう愚かな人の子よ。この竹林の恐ろしさを味わうが良い。お前たちは既に、この因幡てゐ様の術中よ。しかしあの人間、もしや天狗の里に乗り込んだとかいう剣客か? 油断出来ないウサ。ひとつ藤原と分断させて仕留めるとするウサ」



「む? 何か視線を感じたが……妖怪か?」


 辺りを見渡して視線の元を探るが、もはや気配すら感じない。再び歩を進めようと前を向いた刀哉は愕然とした。妹紅の姿が何処にもない。


否、それどころか今まで自分が見ていた風景と一変しているではないか。切り捨てた竹も消えている。


 まるで竹林そのものが動いてしまったようだ。


 無論、そんなことがあるはずないが、此処が幻想郷だと考えると妙に納得してしまう。


 あるいは迷いの竹林と呼ばれる所以がこれなのではないか、と腕を組んで考えこむ刀哉がハッと我に返り、しきりに妹紅の名を呼びながら竹林の中を彷徨っていると、傍らの茂みが不自然に揺れた。


「何者だ!」


 茂みに切っ先を向けると、ガサガサと音を立てながら鈴仙・優曇華院・イナバが震えながら出てきた。元来臆病な性格の上、因幡てゐから聞かされた情報とまるで違うことに内心で憤っている。


何がただの人間相手だから余裕ウサ、だと。


 一方の刀哉も拍子抜けしていた。てっきり己を食らおうとする妖怪かと思っていたが、見れば腰を抜かして震えているウサギの少女ではないか。しかし先ほどから感じていた視線の正体が彼女だとするならば、竹林の異変も彼女が起こしたことになろう。


 刀哉は布都御魂を構えたまま問いただす。


「先ほどから俺を見ていたのは、お前か?」


「な、な、なんのことやらサッパリです! 私はただの通りすがりのウサギでして!」


「……人は嘘を言うと無意識に腕を振るというのを知っているか?」


「そ、そうなんですか!? あっちゃぁ……師匠に聞いておけば良かったぁ」


「そんなわけ無いだろうが。カマをかけただけだ」


「へ? ひ、酷いじゃないですか! 騙すだなんて!」


「先に嘘を言ったのはそちらだろう。それで、何故俺を観察していた? 竹林を動かしたのもお前か?」


「今ウサ! やつを串刺しにするのだ!」


 突然てゐの声が竹林の中に響き渡り、刀哉目掛けて先の尖った竹が数本飛来した。


 咄嗟に身を転ばせて串刺しにならずに済んだものの、罠にかかったことを理解した瞬間に刀哉は鈴仙へ刀の切っ先の如く睨みを利かせた。


 が、息をつく間もなく第二、第三の罠が襲い掛かる。


 竹だけでなく槍やら落とし穴やら、とにかくありとあらゆる仕掛けが刀哉を襲い、紙一重で命をつないでいく。鈴仙は今のうちに逃げ出そうと試みるが、未だに腰に力が入らずに藻掻くことしかできない。彼女にとって不幸だったのは、この一連の出来事が鈴仙のしわざであると刀哉が勘違いしたことである。四つん這いになって必死に逃げようとする鈴仙の首筋に、青白い刃があてがわれた。


「何処へ行く……まさかこのまま逃げようなどと考えてはいないだろうなぁ?」


「ひぃいい! た、助けてくださぃ! 私は何もしてません!」


「殺れば分かるさ……」


 涙目になって震える鈴仙の首を狙い、切っ先を振り上げた時……その真紅の目が刀哉の瞳を射抜いた。視界が反転し、黒に染まった。脳裏に紅い目が焼き付いている。


 今までに起きた出来事が……見知った顔が……走馬灯のように駆け抜けては消えていく。


 一体……自分は誰だ? 分からない……自分が誰なのか分からない……。

 分からない……わからない……ワカラナイ……ハハハ……ハハハアハハハハハハハ!


 振り上げていた腕を下ろし、岩のように固まったまま動かなくなった刀哉を覗きこむ鈴仙のもとに、仕掛け人である因幡てゐが藪の中から飛び出した。


「鈴仙! 大丈夫ウサ?」


「大丈夫なわけ無いでしょうが! 危うくこっちが殺されるところだったわよ! 大体なんでこの人を殺そうとしているの!?」


「だってぇ、あの藤原妹紅と一緒にいるものだから姫様を狙う刺客かと」


「師匠から聞いていないの? 人里の剣客を永遠亭に……連れて……」


 それ以上鈴仙は言葉を繋げられなかった。てゐも表情を凍りつかせ、首を軋ませながら背後を振り返ると……そこに、一匹の鬼がいた。


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