月の名医と蓬莱の姫 壱
射命丸が号外としてばら撒いた謝罪記事は、幻想郷中をあっと驚かせた。
人里は勿論のこと、郊外の竹林にも噂は伝わっていた。
鬱蒼と生い茂る竹林の奥底に佇む広大な武家屋敷、永遠亭。
多くのウサギ妖怪たちが家来として働き、幻想郷第一の名医としてその名も高き八意永琳が、薬の調合の合間に鼻歌を口ずさみながら記事を流し読みしている。
「ふ~ふん、ふ~ふん、助けてふ~ふ~ん……あらまぁ、天狗に謝罪させるなんてトンデモナイ外来人のようね。道場を始めるということだけど、道場破りが来るかもしれないわよ? 剣客さん」
新聞を折りたたんで永琳が背伸びをしていると、研究室の戸がノックされた。
「師匠~。姫様がお呼びですよ~」
「はいはい。今行くわ」
永琳が戸を開けて廊下に出ると、彼女の弟子である鈴仙・優曇華院・イナバが控えていた。
清潔なブレザーにキュッと締めたネクタイが真面目な人柄を示している。
鈴仙のトレードマークたる頭に載せたウサギの耳の形をした通信機は、彼女が人里に置き薬を届けに行く際に役に立っていた。
永琳が屋敷の居間に行くと、永遠亭の主である少女が、出来のいい日本人形の如くチョコンと座布団に正座していた。事実、彼女は人形のように目鼻が整い、肌は雪のように白く、黒く長い髪はさながら雪原に墨を垂らしたようだ。
その名も蓬莱山輝夜。かの有名な輝夜姫その人である。
「姫様、お呼びですか?」
「ええ。確かに呼んだわ。今朝の天狗の新聞、もう読んだわね?」
「はい。今しがた目を通しました」
「ふふふ。面白そうな外来人じゃないの。いずれ此処にお呼びしたいものね」
「珍しいですね。あれほど求婚した男たちを弄んだ姫様が」
「あら心外。妾はあの者たちの覚悟を試したに過ぎない。それに、この外来人は妾に婚約を求めるような俗物では無さそうだし、何よりも退屈しなさそうだもの。永琳、次に置き薬を届ける際、彼を永遠亭に招待しておいて。あるいは、向こうから来るかもしれないけれど……クスクス」
輝夜は着物の袖で口元を隠し、子供っぽく笑った。
「確かに普通の外来人ではありません。天狗に謝罪させるなんて……」
「長生きしているとね、たまにああいう面白い人間が現れるのよ。竹取の翁然り、藤原の娘然り……永琳だって分かるでしょう?」
「はい」
「楽しみね。彼が永遠亭に来る日が……」