プロローグ
夕焼けでないはずの空は紅く、そして黒かった。
炎と煙に覆われ日は見えず、怒号と悲鳴が飛び交っていた。
その中心――――――炎上する村の広場に、ソレはいた。
深紅の巨躯、拳大の黄玉の如き瞳。堂々と広場に鎮座する姿に、王を感じた者も少なくなかった。
ドラゴン。小説かゲームか、はたまた夢にしか存在しないはずの生物が、そこにはいた。
周囲に倒れている人の形の多くは動く気配がない。動いている少数のそれらも、力尽きるかドラゴンに止めを刺されるかですぐに多数の仲間入りを果たす。
地獄、という表現は陳腐だが、それでも最もこの状況に当てはまる言葉だろう。
抵抗する者は最早いない。粗方“死んだ”し、“生き残った”者達も圧倒的な力の差に心が折れた。
“生き残った”者達の脳裏に『何故』の二文字が浮かぶ。『何故』自分たちは“死”ななくてはならないのか。『何故』こんな目にあっているのか。『何故』本来いないはずのモンスターがここにいるのか。
答えは返らない。返ってきたのは、ドラゴンの口から放たれる炎のみだった。
辛うじてその炎には焼かれなかったものの、薄れた煙の向こうからこちらを眺めるドラゴンの眼を見た“生存者”の一人は恐怖する。次は自分だと。あのドラゴンは、逃げようと地面から立ち上がる隙さえ見逃さないだろう。
なんてことはない、もうここは最後の一人になっても終わらないロシアンルーレットそのものなのだ。場に残るのは、銃弾を全て撃ち終えた拳銃だけ。たまたま自分は生き長らえているだけであって、結末は変わらない。
絶望に暮れた、その時だった。
目の前に、一人の少年が表れた。
髪を後ろで結い上げ、木刀を腰に差した着流しの姿は、燃える前は西洋風の建築を思わせただろう村とどうしようもなくそぐわなかった。
少年は、道に迷ったかのように辺りを見渡し、最終的に、正面のドラゴンに目をとめた。透き通った眼差しに畏怖の感情はなく、ただモノを見つめるかのような表情で、少年は静止していた。
“生存者”は少年の死を確信した。瓦礫と炎ばかりの広場で、他の者は皆倒れ伏す中、一人不動で直立している姿はあまりにも異質。ドラゴンが少年に気づくまでに時間はかからない――――――いや、もう既に気づいているだろう。自分に彼を助ける術はない。自分にできるのは、彼を囮に自分を助けることだけだ。
かすかに罪悪感がよぎる。
だがそれでも、彼が“死んだところで痛みは少ない”。自分は“死んだら終わり”なのだ。だから――――――
罪悪感を振り切る。そして、祈る。ドラゴンの注意が少年に向くことを。
祈りは、通じた。
“生存者”は、ドラゴンが少年に目を向け、自分から視線を外したのを見るや駆け出した。
生き残る最後のチャンスだった。『隠密』『脚力強化』『防御』、かけられるだけ『魔法』を自分にかけ、その場から逃げ去った。一瞬振り返った“彼女”に見えたのは、ドラゴンの口から放たれた炎が、少年の立っていた場所を直撃した場面だった。
久しぶりの投稿。
ぼちぼち続けていければと思います