表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/26

Scene9 休んだ分を取り返せ

 栗東に戻ってきたインビジブルマンは、脚元と相談しながら調教を重ねていった。

 そして翌年の1月、4歳以上1000万下(京都、ダート1200m)のレースで復帰を果たした。

 求次は割出厩務員に引かれてパドックを周回するインビジブルマンを、特別な目で見ていた。

(よく無事で戻ってきたな…。自分の手で復帰させることができなかったのは心残りだけれど、とにかく再び走れるようになったことを素直に喜ぼう。)

 その気持ちは自宅のCSでテレビ観戦している可憐や笑美子、そして競馬場にやってきた相生調教師や割出厩務員も同じだった。

 休み明けにもかかわらず2番人気に支持された5枠6番のインビジブルマンは、レースがスタートすると先行策を取った。

 3コーナーに差し掛かる前に先頭に踊り出ると、鞍上の逗子騎手はそのまま粘りきる作戦に打って出た。

 最後の直線では懸命に先頭を走り続けたが、残り150mで1頭交わされると、そこからさらに後続にも交わされていった。

 インビジブルマンは結局4着に終わったが、それでも陣営は無事にレースを走り切ってくれたことを喜んでいた。


 それから1ヶ月間、相生調教師は順調に調教を積み重ねた後、翌月の2月に行われる4歳以上1000万下(京都、芝1200m)に出走させた。

 当日、競馬場には求次、笑美子、可憐の3人がそろって駆けつけた。

 レースは14頭立てとなり、3枠4番に入ったインビジブルマンは単勝倍率2.9倍の1番人気に支持された。

 レース前には相生調教師が

「ひと叩きして調子はさらに上向いてきています。前よりもいいレースが期待できるでしょう。」

 とコメントしており、それを反映しての結果だった。

(いやー、2歳時の11月に行われたもちの木賞以来、久しぶりの1番人気かあ。時にはプレッシャーにもなるけれど、でも結構気分いいもんだな。)

 競馬場のテレビモニターを見ながら、求次はすっかりご満悦だった。

 レースがスタートすると、逗子騎手はハナに立ったトランクゼンリョクを見ながら、またも先行策を取った。

 アナウンサーはトランクゼンリョク、インビジブルマン、トランクエリーゼの順に14頭の馬名を次々と読み上げていった。

 一通り言い終わり、先頭に戻った頃には、レースはすでに3~4コーナー中間地点まで進んでいた。

『先頭はトランクゼンリョク。リードは2馬身程。』

『後ろにはインビジブルマンとトランクエリーゼ。』

『ここでオークランドシティが仕掛けた。ベニテングダケも鞍上の手が動いている。』

『各馬、最後の直線に差しかかりました。先頭トランクゼンリョク。まだ2馬身のリードを守っている。』

『トランクエリーゼがここで単独2番手におどり出た。1番人気のインビジブルマンもスパートを開始している。』

『前との差が段々詰まってきた。トランクゼンリョク逃げ切れるのか!?』

『トランクエリーゼ、ここで先頭に出ようかという勢いだ!』

『後ろからはオークランドシティとベニテングダケがやってきている。』

『先頭はトランクエリーゼに変わった!トランクゼンリョクは後退。』

『トランクエリーゼ、このまま逃げ切れるか?』

『後ろからはインビジブルマンとオークランドシティ!間からはベニテングダケも来ている!』

『トランクエリーゼ粘る!しかしここでインビジブルマンが交わした!さらにはオークランドシティ!』

『残り100を切った!先頭は2頭並んだ!インビジブルマンかオークランドシティか!?ベニテングダケはちょっと苦しい!』

『インビジブルマン!オークランドシティ!インビジブルマン、わずかに先頭!』

『頭一つ抜け出したインビジブルマン、今ゴールイン!2着はオークランドシティ!さらに差のない3着はトランクエリーゼが入った模様です!』

 レースはインビジブルマンが見事1番人気に応え、3勝目を挙げた。

「よし、1年3ヶ月ぶりに勝ったぞ!!」

「これまでの治療費を取り返したわ!」

「これで今春にはトランクバークの交配相手を探すことができる!良かった!」

「やったやったーー!持ち馬が勝つレースを見ることができた!!」

 相生調教師、笑美子、求次、可憐はそれぞれの思惑で喜びをあらわにした。

 ウイナーズサークルでの撮影はささやかなものではあったが、それでも彼らは1年3ヶ月ぶりの勝利を素直に喜んでいた。


 1600万下に昇級したインビジブルマンの次走は、さらに1ヵ月後の3月に行われる武庫川ステークス(阪神、芝1600m)に決まった。

 15頭立ての2枠2番に入ったインビジブルマンは、ここでも単勝2.9倍の1番人気だった。

 1枠1番には大逃げをするチドメグサが入っていたため、レースは縦長の展開になるだろうというのが大方の見方だった。

 もちろん逗子騎手もその前提で作戦を考えていた。

 しかし当のチドメグサはスタートで大きく出遅れ、最後方からの競馬になってしまった。

 それと共に、会場からは大きなどよめきの声が上がった。

(あれ?珍しいな。出遅れるなんて。)

 出てくるはずのお隣の馬がいない状況を見ながら、逗子騎手は一瞬どうしようか考えてしまった。しかし次の瞬間、素早く気持ちを取り直すと、これまでどおり先行策を取ることにした。

 一方、外枠の馬に乗っている騎手達は、先頭に立つべき馬が前に出てこないためにすっかり作戦が狂ってしまい、打開策がまだ浮かばずにいた。

 その点では、チドメグサのとなりの枠から発走した逗子騎手にとっては幸運だった。

(本来なら2~3番手につけるつもりだったけれど、誰も行こうとしないな。他の騎手達はまだまよっているのかな?それならこっちから先頭に立ってやる!)

 彼はそう考えると、少しずつ先頭に踊り出ていった。そして2番手の馬よりも1馬身半程度前に出ると、そこでスローペースに持ち込んだ。

「なるほど、ここは自ら逃げに打って出たか。」

「これで勝てたら、ますます作戦の選択肢が広がりますね。」

「そうだな。逃げもできて後方待機もできるようになるからな。」

「あとは逗子騎手の腕前を拝見しましょう。」

 相生調教師と割出厩務員は2人並んで話し合っていた。

 インビジブルマンは2番手のトランクエリーゼ(※格上挑戦しています)以降の馬を引きつけたまま、スローペースで先頭を走り続けた。

 残り600mを通過した後、アナウンサーは前半1000mのタイムが62秒台と発表した。

「何、この遅さ!?」

「なんちゅうペースや!」

 1600mのレースなら、普通1000m通過するのが60秒弱になるだけに、会場からはまたどよめきの声が上がった。

 一方、出遅れたチドメグサはこのスローペースにも関わらず、依然最後方のままだった。

(うーーん、何とかしなければ…。でもこの馬群を抜けていくことはできないし、外に持ち出すわけにもいかない。かと言って賭けてくれたファンのためにもあきらめるわけにはいかない。どうしようか…。)

 関西ナンバーワンとの呼び声高い網走騎手も、これでは作戦の立てようがない状態だった。

 インビジブルマンと鞍上の逗子騎手は、最後の直線に差し掛かってもまだ1馬身強のリードを保ち続けていた。

(よし、ここだ!行けえ!)

 逗子騎手は待ってましたとばかりにムチを振るい、逃げ切りを図った。

(がんばれ!差し切って大穴を開けてやれ!)

 トランクエリーゼ鞍上の坂江騎手も懸命にスパートをかけた。

「網走騎手!出てきて!」

「関西ナンバーワンの実力、見せたれや!」

 チドメグサに賭けていた人達は、網走騎手なら何とかしてくれるという期待を寄せていた。

「インビジブルマン、逃げ切れ!」

「1番人気に応えろ!」

「こっちはエリーゼに賭けとるんや!」

「そのままだ!逗子!頑張れ!」

「チドメグサ、出てこうへんやないかい!」

「網走!何しとんのや!」

「だめねー、これじゃあ。」

 会場にいる人達は口々に叫び声をあげていた。

 インビジブルマンは差を広げることもなく、詰められることもなく、まだ1馬身程度のリードを守り続けた。

(それ!あと少しだ!頑張れ!)

 逗子騎手は心の中で懸命に叫んだ。

 結局、インビジブルマンは最後まで1馬身のリードを守ったまま、先頭でゴールインした。

 トランクエリーゼは格上挑戦でありながら善戦はしたものの、ゴール直前に他の馬に交わされて5着になった。

 一方、チドメグサは終始いいところなく、13着に沈んだ。

(※チドメグサに賭けていた人達の反応については割愛させていただきます。)

「インビジブルマン、ナイスラン!これで多少高額な種牡馬であっても選ぶことができる!」

「逗子君、ナイス騎乗だ!よく逃げ切ってくれた!」

「スローペースに持ち込んでの見事な作戦ですね。」

 求次、相生調教師、割出厩務員もこの勝利には100点満点をつけていた。

(よし!これでオープン入りだ!この馬なら重賞戦線で戦えるかもしれない。絶対に悲願の重賞タイトルを取ってやる!)

 会心の騎乗で2連勝を飾った逗子騎手にとっても、この勝利は大きかった。

 数ヶ月前まで、インビジブルマンの目標は復帰することだった。しかし今ではそれが重賞制覇へと変わり、陣営の夢は大きく広がりつつあった。

 これまで着実に賞金を積み重ねることを優先していた求次も、その気持ちに同調するようになっていた。


 4歳3月の時点におけるインビジブルマンの成績

 10戦4勝

 本賞金:2300万円

 総賞金:5090万円

 クラス:オープン


 名前の由来コーナー その8

・トランクゼンリョク(Trunk Zenryoku)(オス)… 「トランク」は冠名、「ゼンリョク」はフジファブリックの歌「Sugar!!」のサビの歌詞、「全力で走れ」から取りました。


・トランクエリーゼ(Trunk Elise)(メス)… 「トランク」は冠名、「エリーゼ」はベートーヴェン作曲の名曲「エリーゼのために」から取りました。


・ベニテングダケ(Benitengudake)(オス)… キノコの名前です(毒があります)。仔馬が生まれた時、あらかじめ名前を決めていなかったので、仮の名前として即興で命名しました。しかしそれなりに気に入ったため、結局名前を変えることなくデビューさせました。


・チドメグサ(Chidomegusa)(メス)… 出血を止める作用のある薬草の名前です。ゲームでは派手に逃げまくる馬として、印象に残りました。(ただ、武庫川Sではゲームで派手に出遅れた馬に当てはめてしまいましたが…。)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ