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Scene6 暗転

 年が明けて1月、インビジブルマンは3歳になった。

 夢を追うことよりも勝てるレース出走することになった同馬は、相生調教師達の言葉通り、若駒Sに出走することになった。

 若駒Sは16頭立ての多頭数になり、インビジブルマンは5枠10番に入った。

 単勝は10.5倍で、4番人気だった。

 スタート後に、再び後方待機を選択したインビジブルマンは後方のまま3コーナーを回っていった。

 4コーナーで外に持ち出した後、直線では懸命に追い込みをかけた。

 結果、1、2着馬からはかなり引き離されてしまったものの、ゴール直前で3着に滑り込み、賞金480万円を獲得した。

(これで賞金が2000万円を超えたか。やっぱりこうやって地道に稼いでいくのが一番だな。)

 求次はこの結果を見て、自分の決断が間違っていなかったことを確信した。


 インビジブルマンは若駒Sの後、木野牧場に1ヶ月間放牧に出された。

 再び栗東に戻ってきた後は、2ヶ月をかけてじっくりと調整され、復帰初戦は皐月賞(GⅠ)の週に行われる、オープン特別の若草ステークス(阪神、芝2200m)になった。

 レースは11頭立てで、8枠10番に入ったインビジブルマンは単勝10.2倍の4番人気だった。

 相生調教師と逗子騎手は、レース前に作戦について確認を取った。

「逗子君、今日は外枠に入ったが、また後方待機を取るつもりか?」

「いえ、今回はスタートしてからの直線も長いですし、思い切って先行策を取ろうと思います。」

「距離が長いレースだが、最初から飛ばして大丈夫なのか?」

「確かにこの距離に耐えられるかは分かりません。でも日本ダービーは2400mですし、それを考えたらこの作戦も悪くはないと思っています。」

「逗子君はダービーも考えているのかね?」

「このレースを勝ったらそう考えてみようと思っています。」

「分かった。じゃあ、君に任せる。頑張ってきてくれ。」

「はいっ!」

 逗子騎手は元気に返事をすると、レースの準備を済ませてインビジブルマンのところに向かっていった。


 レースがスタートすると、逗子騎手は出ムチを入れ、宣言通りに先行策を取った。

 インビジブルマンはそれに応え、どんどん前に出ていった。

「よし。作戦通りだ。次は内にもぐり込め!」

 彼は口にこそ出さないが、心の中でそう叫び、手綱を右に引いた。

 しかしその直後に、内から網走騎手が騎乗するオークランドシティが伸びてきた。

「おっと!」

 逗子騎手は慌てて内にもぐる作戦を取りやめ、オークランドシティと並走する形に切り替えた。

「危ないな。」

 逗子騎手は一瞬横を向き、ガンを飛ばすような感じで網走騎手を見た。

「すまんな。」

 網走騎手はそう言っているような感じでコクッとうなずくと、またすぐに前を向いた。

 結局インビジブルマンは内に入ることができないまま1コーナーをむかえるハメになった。

「うーん…。作戦失敗か。よりによって割り込まれるとは…。」

「外枠ではこういうこともありますからねえ…。」

「これで距離のロスが大きくなるな。」

 相生調教師、割出厩務員、求次は渋い表情でレースを見守った。

 インビジブルマンは外を回らされたことが響いて、コーナーワークで徐々に後退していき、2コーナーを曲がり切った時には中段にまで下がってしまった。

「まずいな…。内に入るスペースはなさそうだし、どうしよう…。」

 作戦がすっかり狂ってしまった逗子騎手は、なかなかいい策が浮かばなかった。

 そうしている間にもレースは進んでいき、各馬は3コーナーに差し掛かった。

 インビジブルマンと逗子騎手は外にいるままコーナーを曲がっていったため、コーナーワークによりさらに位置を下げてしまった。

「仕方がない。最後の直線はそれ程長くはないし、ここで行け!」

 逗子騎手は4コーナーでスパートをかけることにした。

 一方、オークランドシティに乗っている網走騎手は最後の直線までじっと我慢する作戦に出ていた。

 最後の直線に入ると、逗子騎手は懸命にムチをふるい、中段よりやや後ろの位置から懸命に追い込みをかけた。

 オークランドシティもインビジブルマンと並ぶと同時に一気にスパートをかけたため、2頭は並ぶような形で順位を上げていった。

「よし、行けえ!」

 求次達は後押しをしようと懸命に叫んだ。

 インビジブルマンとオークランドシティは並んだまま坂を登りきり、3番手にまで上がってきた。

 陣営は一瞬勝てるんじゃないかと期待を寄せた。

 しかし、2頭はゴール直前で急激に失速し、結果的にオークランドシティは5番目、インビジブルマンは6番目にゴール板を駆け抜けていった。

(レースは人気薄の馬が上位に食い込んだため、かなりの波乱になった。)

 求次と相生調教師は今日のレースぶりを踏まえて、今後の予定について話し始めた。

「今回は外を回ったことによる距離のロスが痛かったですね。」

「そうだな。何とかして内に入ることができればよかったのだが、それができずじまいだったからな。」

「先生、今後はどうしましょう。もう少ししたら1000万クラスに降級となりますが、そのクラスから出直しますか?」

「その方がいいかもしれんな。そちらとしても、勝てるクラスでレースをした方がいいだろう。」

「はい、確かに。」

 2人が話していると、ふと隣から

「えっ?ちょっと?」

 という声がした。

「どうしたんだ?割出君。」

 相生調教師が問いかけた。

「ゴールした後、逗子騎手が下馬していますよ。何かあったみたいです。」

「何?まさか故障か?」

「そうかもしれません、先生。」

 相生調教師と割出厩務員は切羽詰ったような口調でインビジブルマンと逗子騎手を見た。

(故障?まだ3歳の春の時期なのに…?)

 求次は凍りついたようにその場に立ち尽くした。


 逗子騎手はインビジブルマンを連れて、何とか関係者エリアにまで戻ってきた。しかしショックを受けているのか、その表情は青ざめていた。

「逗子君、何があったんだ?故障か?」

「はい、先生。右前脚の屈腱炎です。すみません!こんなことになって。」

「残念だが、君のせいではない。気にしないでくれ。」

 相生調教師は内心では穏やかではいられなかったものの、懸命に逗子騎手をなだめようとした。

「ところでいつ気がついた?」

「ゴール5、60m程手前です。そこで異変を感じました。」

「そうか。あの失速はそのためだったのか。」

「はい…。ですからスパートをやめました。ゴール直前の時点では、結果はどうでもいいからゴールだけはさせて、その後は何とか早く馬を止めることばかり考えていました。」

「君には大変な選択を迫られることになってしまったな。」

「はい。とにかく、自分でできる最善の策だけは取りました。これで少しでも症状が軽く済めばいいのですが…。」

 逗子騎手は悔しさをにじませながら状況を説明した。

 その後、インビジブルマンは馬運車に乗せられて検査場へと向かっていくことになった。

(屈腱炎か…。多くの馬達を引退に追い込んだ不治の病とも言われる故障が、よりによってこんな時期に起きてしまうとは…。とにかくうちで休養させることにしよう。そしてこれからは復帰に向けてできることをやっていかなければ…。)

 求次は受け入れがたい現実と向き合いながら、何とか打開策を探っていくことを決意した。

 この瞬間から、インビジブルマンは屈腱炎の恐怖と闘いながら競走馬人生を過ごしていくことになった。


 3歳4月の時点におけるインビジブルマンの成績

 7戦2勝

 本賞金:800万円

 総賞金:2080万円

 クラス:オープン(6月から1000万下)


 屈腱炎… 屈腱とは、馬の脚元にあるスジで、人間で言えば中指の手のひら側を通っているスジに該当します。これが断裂するなどして、エビの腹のように脚が腫れ上がってしまう症状が屈腱炎です。

 一般に治りにくく、たとえ治しても再発しやすいため、不治の病と言われ、多くの馬が引退に追い込まれていきました。

 人間で言うならアキレス腱断裂に近い症状かなと自分なりに考えています。


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