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Scene24 ラストランを前に

 8月。木野牧場ではいよいよ乗馬施設が完成した。

 求次は牧場の事務所で相生調教師と連絡を取り、そのことを伝えた。

『そうですか。ついに完成しましたか。おめでとうございます。』

「ありがとうございます。つきましては、今度走るレースをインビジブルマンのラストランにしたいと思っていますが、よろしいでしょうか?」

『結構ですよ。こちらとしましては、木野さんの指示に従うまでですから。本当に長い間、ご苦労様でした。』

「そちらも、長い間屈腱炎と闘いながら調教を続けていただきまして、お手数をおかけしました。」

『いえいえ。こちらとしてはとても思い出深い一頭になりました。つきましては、阪神競馬場で行われるセントウルS(GⅢ、芝1200m)に出走させるつもりですので、それをラストランにしてもいいですか?』

「かまわないですよ。それでは最後のもう一頑張り、よろしくお願いします。」

『分かりました。悔いのないように精一杯頑張らせていただきます。』

「よろしくお願いします。」

 求次は会話が終わると、受話器を置いて考え事を始めた。

(セントウルSが最後のレースになるのか…。それなら、最後にちょっと粋な計らいでもしてみようかな…。)

 彼は考えがまとまると、今度は星厩舎の星駿馬調教師と連絡を取った。

「星君、こんにちは。」

『こんにちは、木野さん。』

「皆さん、元気に過ごしていますか?」

『はい、みんな元気ですし、馬も元気ですよ。』

 星調教師は求次が所有している3頭の馬について話してくれた。

 故障が癒えて7月に厩舎に戻ってきたトランククラフトは、調教助手の調教のおかげで、徐々に馬体がしぼられつつあった。

 今年の中京記念を制して一気にブレイクしたマイロングロードは、秋の重賞戦線に向けて調整されていた。

 今年の春に入ってきたサンフラワーは、常に付きまとう脚元への負担を考慮しながらデビューに向けて調整されていた。

 一通りの話を聞き終えた求次は、今度はインビジブルマンが引退することを話し、それに続いて電話の前に思いついていたアイデアを打ち明けた。

「…というわけで、インビジブルマンが引退する前にトランククラフトと同じレースで走らせてみたいと思っているのですが、どうでしょうか?」

『うーん…。そちらの希望には応えたいのですが、まだベスト体重よりも15kg程度重いので、レースに出るのは早過ぎる気がします。惨敗に終わる可能性がかなり高いですが、よろしいですか?』

「復帰初戦ですから、その点は気にしていないです。そちらの方やファンには悪いかもしれませんが、今回はインビジブルマンを含めてエキシビジョンレースのような形にしたいと思っています。」

『そうですか。それならいいでしょう。トランククラフトをそのセントウルSに出走する形で調整していきますので、よろしくお願いします。』

「こちらこそ。よろしくお願いします。」

 この結果、木野牧場所有であることを示す、緑地に白のたすきの勝負服が初めて2つそろって登場することになった。


 金曜日、出走16頭の枠順が発表された。求次と可憐はインターネットでその枠順を見た。

 1枠1番 トランクゼンリョク

 1枠2番 アンダースロー*

 2枠3番 インビジブルマン

 2枠4番 トランククラフト

 3枠5番 スキンヘッドラン

 3枠6番 シュガービート

 4枠7番 ティアズインヘヴン(このレースがラストラン)

 4枠8番 ヘクターノア*

 5枠9番 チェリーブロッサム

 5枠10番 トランクキャップ*

 6枠11番 ブレーヴストーリー

 6枠12番 トランクベニー*

 7枠13番 ファンタジーパワー

 7枠14番 オークランドシティ

 8枠15番 トランクリベラ*

 8枠16番 フルーツバスケット

(*印の馬は、次回作で登場する予定の馬です。ここで出すと実力や時間的な面で矛盾が生じてしまいますが、予告ならびに宣伝も兼ねて出してみました。なお、馬名由来は次回作で書きます。)

「お父さん、うちの馬同じ枠に入ったね。」

「そうだな。ということは、番号の大きいトランククラフトの帽子は黒と白の染め分けになるな。」

「染め分けって?」

「同じ馬主が所有している2頭の馬が同じ枠に入った場合、勝負服と帽子の色が同じになって区別がつきにくくなるから、片一方の馬に乗る騎手の帽子をその枠の色と白を組み合わせたものにするんだ。」

「へえ。その帽子、早く見てみたいなあ。」

 可憐は染め分けの帽子に興味津々のようだった。

(※なお、同馬主の2頭が共に1枠に入った時には、白と水色の染め分け帽になります。)


 レース当日の朝早く、相生厩舎では野辺山さんがインビジブルマンを阪神競馬場に送り出す準備をしていた。

 すると、相生調教師がそこにやってきた。

「野辺山さん、馬の調子はどうだ?」

「悪くはないです。私なりにしっかり仕上げましたし、レースに送り出す準備もできました。」

「そうか、ご苦労。短い間ではあったが、君に任せてよかったよ。」

「ありがとうございます。それで、インビジブルマンはこれでもうここには戻ってこないんですか?」

「いや、一旦は戻ってくる。1~2週間程滞在した後、木野牧場に向かう予定だ。ただ、ここで調教することはもうないだろう。」

「そうですか。もうこの馬に乗ることがなくなるとなると、寂しくなりますね。結局今日を含めて4回しかレースに出すことができませんでしたし、私としてはもう少し面倒を見たかったですけれど…。」

「でも、短い間でも重賞勝ち馬の面倒を見られたのは、きっと君の財産になると思う。それに勝利を挙げることもできたしな。」

「そうですね。私が管理した馬がオープンクラスのレースを勝ったのは初めてでしたし、あれは本当に印象に残りました。」

「君にはそういうことを経験しながら、これから調教助手として大きく成長してほしいと思っている。これから期待しているぞ。」

「はい、分かりました。」

 2人は会話が済むと、いよいよインビジブルマンを連れて、馬運車のところに向かっていった。

 10分後、インビジブルマンは最後のレースに挑みに阪神競馬場へと向かっていった。


 競馬場に到着した求次、笑美子、可憐の3人は、相生厩舎の人達や、星厩舎の人達と色々会話をしながら過ごしていた。

(睦夫さんは牧場で留守番。)

 パドックの場所では、フェンスの一角に

「ありがとう、インビジブルマン。おかえり、トランククラフト」

 という横断幕がかけてあった。

「お父さん、お母さん!あれ見て!」

 真っ先に気付いた可憐は、大声ではしゃぎながら言った。

「本当ね。うちの馬のことを覚えていてくれる人がいたのね。」

「ああいう風に書いてくれると、本当にうれしいもんだな。」

「そうね。私達の頑張りはファンの人達にもしっかりと届いていたのね。」

「あの人達のためにも、最後は勝って終われたら最高だけどな。」

 笑美子と求次はそう言いながら、競馬ファンの人達に感謝した。


 そしていよいよセントウルSのパドックの時間になり、16頭の馬達が姿を現した。

 ゼッケン3番をつけたインビジブルマンを連れて歩く野辺山厩務員にとっては、これがこの馬に関わる最後の仕事になった。

 しばらくすると16人の騎手が登場し、あいさつをした後、各馬にまたがっていった。

 弥富騎手は馬にまたがりながら、特別な思いにふけっていた。

(この馬でバーデンバーデンCを勝ってから、多少なりとも騎乗依頼も増えたし、何とか騎手としてやっていく自信がついたわ。たった2回の騎乗で終わってしまうけれど、インビジブルマン。あんたには感謝しているわ。本当にありがとう。でも、できることならもう一度夢を見させて。私も全力を出し切るから。)

 周りの人達が無事に走り終えてくれればそれでいいと考えている中で、彼女は真剣に勝つつもりでいた。

 すぐ後ろを歩いているゼッケン4番のトランククラフトにまたがる久矢騎手も、また特別な思いだった。

(一時は助からないかもしれないとまで思ったけれど、よく競馬場に帰ってきたよなあ。今日のところは勝てなくてもみんなは許してくれるだろうし、無事に走りきってくれよ。)

 染め分け帽をかぶっている彼は、多くの人達の視線を集めながら馬にまたがっていた。

 当然、可憐もずっとその帽子に注目していた。

(へえ、あれが染め分け帽かあ。面白~い。ああやって馬を区別しやすくするのね。)

 彼女はなかなか見られないものを見られたこともあって、携帯電話で何度も久矢騎手を撮影した。


 やがて16頭の馬はパドックを終えると本馬場に姿を現し、ウォーミングアップに入った。

 そして向こう正面にあるゲートの後ろに集まり、いよいよ発走の時間を迎えた。

(いよいよだな。所有馬2頭の競演を一度やってみたいとは考えていたが、こうやって実現させてくれた馬や関係者の人達に感謝しなければな。そして2頭とも、無事に1200mを走り終えてくれよ。必ず牧場で乗馬としての未来を保障してやるからな。)

 求次は同じレースで初めてそろった2つの勝負服を見ながら、2頭にエールを送った。

 馬主、調教師、調教助手、騎手。様々な人達の思惑を受け止めながら、いよいよレースが始まった。


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