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Scene22 兼任コーチとして

 ここではまた主語がインビジブルマンの一人称になっています。

 ボクは京都金杯の後、根岸S(GⅢ、東京、ダート1400m)に出走した。

 このレースはGⅠ、フェブラリーステークスの前哨戦なので、GⅢにもかかわらずGⅠ級の馬がそろう豪華な顔ぶれとなった。

 スタート後に後方待機を選択したボクは、終始後方を走り続けたまま、15着のシンガリ負けをしてしまった。

 前走での劇的な勝利から一転してこの着順だったため、馬券を買ってくれた人達からは色々な声が飛んできた。

 彼らは知る由もないことだが、金杯以降は脚元のことも考えてあまり走らず、走ったとしても厩舎の後輩馬達に追い抜かされる役目ばかりで調整不足だったため、こうなるのは無理もなかった。

 レースが終わった後にはすでに疲労困ぱいの状態だったため、相生初調教師はオーナーの木野さんに休養を勧めてくれて、ボクは木野牧場に放牧に出されることになった。


 ボクを乗せた馬運車は、木野牧場入り口の400m程手前で止まった。

 車に乗っていた求次さんと可憐は、トランクを開けるとボクのところに来て、ロープを外し始めた。

(何をする気なんだろう?)

 不思議に思っていると、ロープを外し終えた求次さんは「さあ、外に出るぞ。」と言いながらボクを外へと連れ出そうとした。

『ん?ちょ、ちょっと何する気なんだよ?』

 ボクは彼らが何をするのかよく分からないまま、外に連れ出されてしまった。

 すると、そこには柵で囲まれた空き地があった。

「透明人間。これからね、あんた達がこれまで稼いだ賞金を使ってここに乗馬施設を作るんだよ。」

「君が引退したらここで乗馬として働いてもらうことになる。生活はちゃんと保障してやるから、この施設が完成するまでもう少し辛抱してくれよ。」

 両脇に立っている可憐と求次さんは誇らしげに言った。

『ここに乗馬施設?そうか。彼らはこれをボクに見せるためにここで止まったのか。ということは、ボクは引退してもちゃんと必要とされている存在なんだな…。よかった。これまでの努力をしっかりと認めてもらえて。』

 ボクは彼らに感謝せずにはいられなかった。

 ただ、可憐はボクを「透明人間」と言うのがすっかり日常化していたので、それが気になっていた。

 できればちゃんと名前で呼んでほしいんだけれど、言ってもどうせ通じるわけないし…。


 乗馬施設の予定地を見た後、ボクはもう一度馬運車に乗り込み、木野牧場にやってきた。

 牧場の馬房では、トランクバークさんとトランククラフトがいた。

『こんにちは。お久しぶりです。』

 ボクはお辞儀をしながら2頭にあいさつをした。

『こんにちは。重賞制覇おめでとうございます。』

『あんちゃん(トランククラフトはボクをこう呼んでいます。)、やったね!おめでとう。』

 彼らはボクに優しく語りかけてくれた。

『こちらこそ、どうも。ところで、クラフト君の脚はどうなんですか?』

『とりあえず日常生活に支障はないわ。心配をかけたけれど、もう大丈夫よ。』

『うん。色々辛いこともあったけれど、今は多少痛みが残る程度にまで回復したよ。』

『そうか。それは良かった。』

『でも、できることならもうレースには出たくない。やっぱりあんな思いをするのは嫌だよ。オーナーさんは乗馬施設が完成したら乗馬として働かせてくれるって約束しているから、だったらさっさと引退させてほしいんだけれど…。』

『その気持ちは分からなくもないな。ボクも重賞勝ち馬になって目標を達成したし、脚に古傷を抱えている以上、欲を言えば早く引退したい。でも、もう少し走りたいっていう気持ちもあるんだ。』

『どうしてさ、あんちゃん。』

『引退したら厩舎の人達や馬達とお別れになるからね。それに今ボクは競走馬兼任コーチとして、厩舎にいる後輩馬達に色々なことを教えているところなんだ。彼らがボクのアドバイスや指導を受けて立派に成長していく姿を見届けるまでは、現役を続けたいんだ。』

『へえ…。』

 トランククラフトはふくれたような表情でつぶやいた。どうやら『それでも自分は早く引退したいと主張しているようだった。

『まあ、2頭とも。これからのことに関して不安はあるでしょうけれど、今はゆっくりと休養をする時なんだから、仲良く過ごしなさいね。今を楽しく過ごせば、これからも楽しくなるわよ。』

 トランクバークさんはそう言ってボク達をなだめてくれた。

『はあい、分かりました。あっ、そう言えばマイロングロードとサンフラワーは元気に過ごしているんでしょうか?』

 ボクはふと疑問に思ってトランクバークさんに聞いてみた。

『ロードはこの前3勝目を挙げて1600万下に昇格したわ。そして、木野さんはフルゲートにさえならなければ今度、中京記念(GⅢ、中京、芝2000m)に出すみたいよ。』

『中京記念って、重賞ですよね!?でもロード君はまだ条件馬じゃないですか?』

『そうよ。格上挑戦だから勝つのは厳しいみたいだけれど、でも厩舎の人達が木野さんの地元でお会いしたいという理由でね。』

『そうなんですか。それで、サンフラワーさんは?』

『フラワーは育成施設で調整中よ。今、オーナーの木野さんはいつ頃厩舎に入れるか考えているみたいよ。』

『厩舎は決まっているんですか?』

『ええ。クラフトやロードと同じ、美浦にある星厩舎よ。ただ…。』

『ただ?』

『フラワーは生まれつき脚に不安があるから、調教には注意が必要みたいよ。』

『それじゃ競走馬としてデビューはできるんですか?』

『まだその点ははっきりしていないけれど、厩舎でそれなりの対策を取ってくれるみたいだし、きっと大丈夫よ。ロードが「兄ちゃんが良き相談相手になってやる。」って言っていたし。』

『そうですか…。無事にレースに出られるようになれればいいですね。』

『ええ。』

 ボク達は、その後も色々な会話をしながら木野牧場でのひと時を過ごした。


 1ヵ月後、中京競馬場では中京記念が行われた。

 レースは12頭立てと思ったよりも少頭数で、マイロングロードは結果的に除外を心配することなく出走することができた。

 さすがにまだ条件馬というだけあって、斤量は50kgと軽ハンデにもかかわらず、単勝72.1倍の11番人気だった。

 彼はレースが始まると積極的に前を狙った。

 そして1コーナーに差し掛かる前には先頭に踊り出て、捨て身の逃げ切り作戦に打って出た。

 一方で後続馬達は、条件馬があんなペースで走ったら絶対にバテると予想して全く無視し、お互いをけん制しあっていた。

 マイロングロードはチャンスとばかりにどんどん差を広げていき、4コーナーを回る頃には8馬身程度の差をつけていた。

 じっと様子をうかがっていた後続馬達は、それを見てようやく必死にスパートをかけた。

 しかしマイロングロードは軽ハンデを利用して最後まで粘り続け、鮮やかに逃げ切り勝ちをおさめた。

(2着はこのレースで引退を発表していた1番人気のダンシングヒロイン。3着は前走で1600万条件を勝ち上がったばかりのフルーツバスケットだった。)

 木野家の人々や星厩舎の人達は、気が狂ったように大喜びをしていた。

 鞍上の久矢騎手は「どうだ!見たか!」と言わんばかりに、満面の笑みで戻ってきた。

 一方、ブービー人気馬の起こした番狂わせを見させられた大勢の人達は

「まぐれだ!こんなの!」

「ありえない!」

 と、声をあげていた。

 それを聞いていた木野さんは

「まぐれもあるのが競馬なんだ。」

 と言いながら、すごくご機嫌の表情をしていた。

 表彰式ではマイロングロードを称える声があがる一方、

「ヒロインの引退レースだろ!?」

「空気読めよ!」

 という声も飛び交った。

「KYでごめんねえ~!でもこっちは超ごきげ~ん!」

 ヤジを聞いた可憐はそう言いながら観客に笑みを振りまいた。

「人によって色々な思惑はあると思うが、こちらも勝つために出走したわけじゃからのう。仕方ないぞい。」

「それでもちょっと微妙な雰囲気は漂っているわね(汗)。」

 隣同士にならんでいる睦夫さんと笑美子は小声で会話をしていた。


 マイロングロードはレースが終わるとそのまま木野牧場に凱旋放牧された。

『ただいま母さん、アニキ。そしてインビジブルマンさん。』

 彼は勝った直後ということもあって、すごく誇らしげだった。

『おめでとう!ロード!よく走りきってくれたわね!』

『よくやったぜ、弟よ!これでお前の将来も明るいぞ!』

『これでボクの金杯に続いて、立て続けに重賞制覇だね。』

 ボク達は満面の笑みで彼をもみくちゃにしながら祝福した。

 その快挙に即発されて、ボクはますます走りたいという気持ちが強くなった。

 それは一旦は引退を決め、現役復帰を拒否していたトランククラフトも同じだった。

 彼は、すでに厩舎で同僚となっている弟や、これから同僚となる妹のためにも、絶対に復帰してやると思うようになった。

 数日後、ボクはそんな彼らの姿を見ながら、栗東へと戻っていった。


 1ヵ月後、ボクは福島競馬場で行われたオープン特別の福島民放杯(芝1200m)に出走した。

 レースは14頭立てで、ボクは単勝11.4倍の4番人気だった。

 だが、すでに競走馬としてのピークを過ぎている上に、56kgを背負ったこともあってか、結果は5着だった。

(勝ったのはフルーツバスケット。)

 でも、関係者の人達に悲壮感はなかった。

 相生調教師:「これまでは屈腱炎と闘いながら勝たなければならないというプレッシャーがありましたが、重賞制覇のおかげでそのプレッシャーから開放された感じです。この馬が厩舎にいられる残りの期間を楽しんで過ごしたいと思っています。」

 逗子騎手:「重賞を勝ってからは非常に伸び伸びと乗れるようになりました。今日のところは勝ちに行くというよりも、こうしたらどうなるのだろうかということを試すいい機会にもなりましたし、5着でも十分だと思います。」

 求次さん:「勝ってくれればもちろんうれしいですが、今は怪我なく無事にレースを走り終えてくれれば、文句はないです。この馬がうちの牧場で乗馬になるまでの間に、一人でも多くの人達に名前を覚えてもらいたいです。」

 彼らのその気持ちはボクにもよく分かった。

 正直、今年の京都金杯を勝つまでの間、ボクにとって競馬とは辛いものだったけれど、今は純粋に走ることを楽しんでいた。

 馬券を買ってくれたファンの人達には申し訳ないけれど、求次さんの言うとおり、一人でも多くの人達にボクの名前を覚えてもらえれば、個人的にはそれで十分だった。

 だから、今日は5着だったけれど、悔いなんてこれっぽっちもなかった。

 これからもレースに出る時は、純粋に楽しみながら走りたいと思う。

 それが今のボクの偽らざる気持ちだった。


 7歳4月の時点でのボクの成績

 31戦7勝

 本賞金:7100万円

 総賞金:1億7770万円

 クラス:オープン


 名前の由来コーナー その17


・フルーツバスケット(Fruits Basket)(メス)… 小さい頃に学校ではやった「フルーツバスケット」という遊びに由来しています。この馬は当初、後の作品に登場させるつもりでしたが、実力からしてちょっと不釣り合いだったため、結局この作品で登場となりました。


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