Scene16 強敵
この章では引き続き、インビジブルマン目線で物語が進行します。
また、馬と人間が会話をする設定になっています。
去年の1月、ボクが6勝目を挙げた時には、それまでの現役生活で一番充実していた。
そして次走の中京記念で2着に入り、重賞を勝つのは時間の問題と考えていた。
しかしそれ以来、重賞どころかオープン特別すら勝てずにいた。
なかなかトンネルの出口が見えない中、ボクはマーチステークス(GⅢ、中山、ダート1800m)に出走することになった。
ここ最近の凡走のせいか、斤量は53kgと軽かった。
これを聞いた時、ボクはこれなら勝てるかもしれないと思った。
しかし、枠順の抽選の結果、14頭立ての8枠13番に入ってしまった。
ディセンバーSでもそうだったが、ボクは外枠が苦手なため、どう走ればいいのか迷った。
それは逗子騎手を始めとする陣営も同じだった。
しかも、このレースにはティアズインヘヴンが出走を予定している。
(ティアズインヘヴンの陣営は当初、高松宮記念に出す予定だった。しかし美浦から中京競馬場まで輸送が必要な上に、脚元への不安を考慮したため、ダートのこのレースに照準を切り替えてきた。)
出れば1番人気間違いなしだけに、どうやって倒せばいいのか。
相生先生達はそれを考慮しながら色々議論を重ね、どのように走ろうか作戦を立てていた。
レース当日。ボクは何故か単勝5.8倍の2番人気に支持されていた。
(※この人気は作者の僕にとっても不可解でしたが、この点はゲームに沿って書くことにしました。)
事前のインタビューで相生調教師が
「状態はいいです。斤量も軽いし、重賞を取るならここがチャンスだと思ったので、きっちりと仕上げてきました。」
と言っていたこともあるのだろう。
その意気込みを感じ取ったボクも、おのずと気合いが入った。
屈腱炎の影響もなさそうだったし、いける気がしていた。
しかし、1番人気は4枠6番のティアズインヘヴンだ。
斤量はトップハンデの57.5kgだったが、それでも単勝2.5倍とかなりの支持を集めていた。
ボクにとっては強敵だが、この馬を倒さなければ歓喜の瞬間を味わうことはできないため、絶対に勝つつもりでいた。
レースがスタートすると、鞍上の逗子騎手は
「今回は後方から行く。だからまずは抑えるぞ。」
と言いながら手綱を引いてきた。
『分かった。』
逗子騎手の意図を感じ取ったボクは、他の馬が前に出ていくのを横目で見ながらスピードを抑え、後方待機に打って出た。
「よし、いいぞ。今度は内に食い込むぞ!」
『OK。』
ボクは言われた通りに内へと入っていき、1コーナーに差し掛かる頃には最内に入ることができた。
レースはトランクゼンリョクが先頭に立ち、マシーンヴォイスがそれに続いた。
ティアズインヘヴンはドゥアズローマンズと並走しながら7~8番手を走っていた。
すぐ後ろにはオークランドシティとファンタジーパワーがこの2頭を付け回すように走っていた。
一方のボクは、最後方を走りながらコーナーを回り、向こう正面に入っていった。
「おーい!」
「ちょっとー!?」
「届くのか?」
場内からはざわめきが起きていた。
2番人気のボクが一番後ろを走っているせいなのか?それとも1番人気のティアズインヘヴンがちょっと下がってきたせいなのか?
はっきりとした理由までは分からなかったが、多分そんなことだろうとボクは思った。
「大丈夫だ。このまま落ち着いて走れ。」
逗子騎手は、冷静に声をかけてきた。
『分かった。』
ボクははやる気持ちを抑えながら最後方を走り続けた。
そうしているうちに、先頭のトランクゼンリョクは3コーナーに差し掛かっていった。
続いてマシーンヴォイスも2番手をキープしたままコーナーを曲がり始めた。
「よし、ここで少しずつペースを上げていくぞ!」
『OK!』
逗子騎手の合図を受けて、ボクは少しずつペースを上げ始め、3コーナーに入っていった。
コーナーでは遠心力が働いて、ボクは少しずつ外に振られていった。
だが、それも想定内のことなのだろう。逗子騎手に焦りはなかった。
前方を走っているティアズインヘヴンは坂江騎手の合図に応えてスパートを開始した。
そしてドゥアズローマンズを置いてけぼりにして、ぐんぐん順位を上げていった。
さらにはファンタジーパワーに乗っている網走騎手もすでにムチをビシビシ振るっており、スパートをかけていた。
一方のオークランドシティは伸びが鈍く、惨敗しそうなのが目に見えていた。
4コーナーを回りきる頃、ボクは大外にいた。
この時、ティアズインヘヴンはすでにかなり前の方まで行っていた。
『ここから届くのか?』
「あきらめるな!行くぞ!」
『おう!』
ボクは逗子騎手のムチに応えて、一気にスパートをしていった。
坂の途中でティアズインヘヴンはトランクゼンリョクとマシーンヴォイスを交わし、ついに先頭に立った。
トップハンデの斤量を背負いながらも、その強さは本物だった。
スタミナを使い果たしたトランクゼンリョクはどんどん後退していった。
しかし前方にはまだ多くの馬がいた。
すでに馬群を抜け出し、セーフティーリードをつけているティアズインヘヴンにはもう届かないだろう。
だけど他の馬ならまだ交わすチャンスはある。
ボクは一つでも上の順位を目指して、懸命に走り続けた。
すでにバテてしまったマシーンヴォイスとの差はみるみる縮まってきたが、1馬身半ほど前にいるファンタジーパワーとの差はなかなか縮まらなかった。
ティアズインヘヴンに乗っている坂江騎手の手は残り50mのところで止まった。すでに勝利を確信したようだった。
結局ティアズインヘヴンは、2番手以降に3~4馬身のリードをつけて、悠々と先頭でゴールインした。
鞍上の坂江騎手はゴールするとガッツポーズをし、喜びをあらわにしていた。
それに続き、ゴール前で2番手に立ったファンタジーパワーは、ボクと1馬身半の差を保ったままゴールインした。
ボクはファンタジーパワーの後ろ姿を見ながら、マシーンヴォイスと並んでゴールを駆け抜けた。
結果はクビ差でボクが3着になり、マシーンヴォイスが4着だった。
逗子騎手はボクから降りると、待機していた相生調教師と今日のレースについて語り始めた。
「すみません、先生。やれるだけのことはやりましたが…。」
「まあ、3着なら悪くないだろう。それにしても最後方からとは意外だった。」
「あれは、終始外を回っては届かないと考えたからです。だから内に入って最後方につけることにしました。」
「そうか。確かに外枠だったからな。」
「とにかく、今日はこれが精一杯の競馬でした。」
「分かった。とにかくご苦労だった。」
「はい。」
2人は冷静に会話をしていたが、その表情からは悔しさがにじんでいた。
恐らく、本気で重賞制覇を狙っていたからだろう。
ボク自身も悔しい気持ちはヤマヤマだった。
しかしやれるだけのことをやった上でこの結果だから、これが自分の実力と割り切るしかなかった。
ボクは帰りの馬運車に乗った後、外で馬主の木野さんと相生調教師の会話を聞いていた。
「木野さん。この前、持ち馬のトランククラフトが中山記念(GⅡ、中山、芝1800m)を勝ったそうですが、さすがに連続で重賞を勝つまではいかなかったですねえ。」
「まあ、気にしないでください。あの時に家族4人が参加して馬場で念願の記念撮影に参加できましたし、あの賞金のおかげでうちの牧場は『もうかりすぎまっか』状態ですから。」
(くっ…。先に重賞を勝たれたのか…。ボクが木野牧場にやってきた時には、まだトランクバークさんのお腹の中にいたあの馬に…。本当ならボクが先に重賞制覇するつもりだったのに…。)
彼らの会話を聞いて、ボクは勝つことができなかった悔しさがますます込み上げてきた。
「木野さん、インビジブルマンを放牧に出しますか?」
「そうしましょう。この後狙い目となるレースがないですし、それにここ(中山競馬場)からだったら厩舎よりもうちの牧場の方が近いですし。」
「じゃあ、そのように頼んでおきますね。」
「分かりました。よろしくお願いします。」
2人の会話が終わった後、ボクは馬運車で木野牧場へと向かっていった。
木野牧場では中山記念を勝ったご褒美として休養を与えられているトランククラフト本人(馬だから本馬?)がいた。
彼を見た時、ボクは思わず嫉妬してしまいそうになった。
しかし、その気持ちを抑えて何とか声をかけると、彼は明るい口調で「やあ。」と応えてくれた。
どうやら調子に乗っているわけではなさそうだ。
そのおかげもあって、ボクとトランククラフトは少しずつ会話ができるようになっていった。
話によると、彼は約1ヶ月半休養した後に美浦に戻り、安田記念(GⅠ、東京、芝1600m)を目指す予定だということだった。
(ボクが重賞どころか、勝つことさえできずにいる中で、彼は2歳も年下なのにすでに重賞を勝ち、今度はGⅠも狙うのか…。)
ボクは悔しさを感じながらも、彼のように重賞勝ち馬になりたいという気持ちがますます強くなった。
6歳4月の時点におけるボクの成績
23戦6勝
本賞金:4950万円
総賞金:1億2990万円
クラス:オープン
名前の由来コーナー その15
・ファンタジーパワー(Fantasy Power)(メス)… ファミコンソフト「ツインビー」に使われていたBGM「Fantastic Power」に由来しています。
(ブルーベルなどのパワーアップベルを取った後、ファンファーレに続いて流れ出すアップテンポのBGMです。)




