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03着替え

食事を終えると、女は無遠慮にもこう言い放った。



「ガナフさん、さすがに汚いですね」



それもそのはず、女の話では私はあの闇の中に二千と五百年居たというのだからな。服は風化し髪もほこりをかぶっている。


「服は用意しておきました。気に入ってくれたら嬉しいです」


皿を片づけながら、女は隣の部屋に案内した。

ここは城から与えられた個室らしく、高級ホテルのようにそこだけで生活出来るほど多くの部屋によって区切られていた。


「じゃあ、わたしは片付けがありますから」

そう言うなり、女は部屋を出ようとする。


「まて」


私は女を呼び止めた。


「はい?あ、やっぱり気に入りませんでしたか」

「そうじゃない。私を一人にしていいのか」

「えーと。服の着方が分からない?」


「ふざけているのか?」


「そ、そんなつもりはありませんけど」


「仮にも元魔王を一人にしていいのかと言っている」

「何だそんな事ですか。大丈夫ですよ、ガナフさんなら。じゃあ、着替え終えたら呼んで下さい」


にっこりと女は笑って見せ、扉を閉めてしまった。


「ふん」





私を小馬鹿にしておるな、あの女は。


確かに敵意を持って攻撃を仕掛けてしまえば、アミュレットが反応を起こし、私を灰へと変えるだろう。


しかし、女と無縁の場で力を使ってしまえば、アミュレットが反応をするとは限るまい。



窓辺に立ち、私は腕を伸ばした。魔力を集中させ、吹き飛ばすのだ。



しん。


かざした手からは何も出ず、ただ静かな空気が流れた。




かつてあった、溢れんばかりの力が感じられなかった。

ただ頭の中で魔法式を構築するという基本的作業でさえままなら無いほど集中する事が出来ない。


「く…っ。アミュレットの制約か」


あの闇を出た今もなお、勇者テス・マクルドの支配が私を縛るのか。



「…くだらない」


つまらなそうに吐き捨て、私は仕方無く女の用意した服に手をかけた。

少なくとも、このまま窓を睨んだところで何も変わりはしない。


大丈夫と言ったのは、アミュレットの力を知っていての事だろう。






とくん。





脈がひとつ大きくうねった。


「…?」


それが何であるか分からない。





とくん。とくん。





心臓が握り潰されるかのような不快な感覚が広まってゆく。


早鐘のごとく脈はうねりを増し、私はたまらず片足をついた。




「う…っぐあぁぁあああ!」





ひどい混乱が私を襲う。

苦しさに叫び、頭を抱えた。



部屋はしんと静まり返り、その中で私の声だけが虚しく響く。




ふっと、目の前が暗くなる。




闇が広がっていた。


私は目を見開き、駆け出した。やはり闇が消えることはなく、何処までも続いている。




一瞬見えたように思えた光は私が見た幻影だったのだろうか?

あの馬鹿みたいに明るい声も、人の食事が意外に美味いことも全て私が見た幻に過ぎなかったのか…。














「わーん!ガナフさん死んじゃ嫌だっ!!」










「…?」


頬に当たる雫に私は起こされた。

目の奥を焼き付ける光に目を細めて、ようやっと瞼を持ち上げる。


「が、ガナフさん!!」


女は一瞬驚いた様子で私の名を呼び、飛びついて来る。

目を真っ赤に腫らし、わんわん泣きじゃくっている。


「…つぅ」

額が痛み頭にてをやる。

いまいち状況が飲み込めず辺りを見回すと、壊れた扉と残骸が散っていた。


「ガナフさんがいきなり叫びながら扉を突き破ったんです。壁がへこむ勢いで」



なるほど。

女が指す先を見れば、丁度、私の身長辺りの壁一部が見るからにへこんでいる。


もしかして、私は非常に情けない事をしでかしたのか?



「あ、血が…」


ポケットか白いハンカチを出し、女が私の額に当てた。

アミュレットの力を思い出して、私はその手を振り払わなかった。ただ猛獣の如く低く唸る。


「…やめろ」


「いいえ。放っておいたら痕になります」

「腕を治したのを見たろう。もう塞がっている」

「…ですね。良かった」


ほっと女は胸をなで下ろした。


私はじっとその女を見た。



「お前は本物か?」




唐突な発言に、女は首を傾げた。まぁ、妥当な反応だろう。




「あの」


私が何も言わなかったように立ち上がろうとした時、女はボソッと呟きかけた。


「わたしは、他の誰でも無く《わたし》としてこの世界に存在するんです。だから本物であると信じています」


そう、女はほざく。



私は幻影や幻ではないかと問うたつもりだったが

「他の誰でも無い」

と言うた。


あまりにも噛み合わない答えのように思う。



わたしはフンと鼻を鳴らした。


「もういい。どけ女。わたしは着替えをする」



いたぶるつもり無く立ち上がると、身を乗り出して私の額を拭っていた女がひっくり返った。




「痛たたた…」

腰をさすり女は呻ぐ。


しかし、すぐに立ち上がり私の後ろについて来た。


「やっぱり着替え手伝います」

どこか心配そうに言う。


私は頭を掻いた。ホコリやフケと共に、血の固まり掛けたのが飛ぶ。

私は着替えもままならない子供ではない。


「いらん」


「いーえ、手伝わせて頂きます!!」


腰に手を当て叱りつける女。

全く持ってうっとおしい。



私か魔王であった頃に、ここまでしつこい侍女を持った事はない。




「…好きにしろ」


面倒くさそうに私は手を振った。



「はいっ」

女は元気良く頷いて見せた。


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