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ソウケンと呼ばれた親子  作者: タリ
第六章「収束」
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静かな眠り

真っ暗な空間


人間ならば、それは恐れるもの

動物ならば、それは恐れるもの


人間ならば、それは己の身を隠すもの

動物ならば、それは己の身を隠すもの


人間ならば、それは利用するもの

動物ならば、それは利用するもの


それは光と闇を知るものにとって、最も身近にあり、最も避けたいもの


しかしそうでないものもいる


闇と共にあり、闇と共に生き、闇の中でこそ本当の自分になれる存在


悪魔と呼ばれる男は、何も見えない真っ暗な空間で一人、静かに時間を過ごしていた

何をするでもなく、何かがおきるわけでもなく、ただただ時間だけが過ぎていく


大悪魔アルドラ


彼が暗闇を恐れるわけもなく、逆に安心しているかのようにゆったりとした気持ちで、彼は静かに時が流れていくのを感じていた


『ねぇおじさん』


ふと、彼は思い出す

なぜ自分がこんなところにいるのか

自分がここまで行動していた理由はなんだったのか

なぜ、何もかもを犠牲にしてでも、魔神となることを望んだのか


『あはは、不思議な人』


思い出すのは一人の女性の声

またいつか、巡り合うだろう彼女の思い出


『悪魔・・・もうちょっとましな嘘ついたら?』


そういえばそんな出会いだったな、という思い出に、ふっと笑いをこぼそうとして気づく

今の自分には、笑顔を浮かべるための口が無かったことを


『わたし・・・わたしね?

ほんとはそんなの放って逃げ出したい』


思い出すのはそう言った彼女の後姿

金髪の髪から見える横顔は、絶世の美女と言っても差し支えないほど美しい

その美しい顔を悲しげに曇らせ、うつむくように地面を見つめる彼女の表情


あのときに引き止めておけばと、悔しい思いがアルドラの胸を焦がす

何かに怒りをぶつけたいと考えるも、今のアルドラにはそれをぶつける物も、ぶつけるべき拳も無い


『おじさん・・・お願い・・・逃げて!』


悔しさと怒りを抱えたまま、さらに思い出すのは彼女のそんな言葉

何もかもが手遅れになってしまっていた


どうしようもなかった


何度自分にそう言い聞かせてきたのか

何度そう言い聞かせるたびに、涙を流してきたのか

過去に戻れたならばと、何度思いを馳せたことか


『いいんだ、みんなが無事なら、私は・・・いいんだ』


よくない、声を大にして叫びたい



言葉という音を作り出す喉さえあれば、例え言葉にならなくても叫びたい衝動に駆られる


他の誰かなどではなく、彼女さえ無事ならばと

自らの思いを、どんなに無様な姿を晒したとしてもかまわない、ただ叫びたい


伝えたい


想いを、ただ伝えたい


『怖いよ・・・ほんとは怖いっ!』


なぜ自分は弱かったのだろうとアルドラは思う

なぜ彼女を助けられなかったのだろう

なぜ彼女の想いに答えてあげられなかったのだろう


彼女の声が、彼女の表情が、彼女の体が、全力で求めていたものを、なぜ自分は全力で答えてあげられなかったのだろう




『助けてっ!』




彼女の最後の言葉を思い出し、泣きそうな思いがアルドラの心を占領する


泣くための目が無い彼には、想いのままに泣き出すということもできない

それがアルドラにとっては歯がゆくもあり、救いでもあった


心が叫びをあげる


それは悲鳴なのかもしれない


怒声だったかもしれない


音を出せない状態であるが、彼は叫んでいた


叫びに呼応するかのように、アルドラは新たな力強さを感じ始めていた


ただ静かに時の流れる暗闇の中で、今まで一度として感じたことのない力

かつて大悪魔と呼ばれたころでさえ、ここまで力強い何かを感じたことは無い


正確には一度だけ、グラハルトと戦ったときのような感覚


理由も、原理も、条件もどうでもいい


ただ強いと感じる

ひたすらに強いと、理解できる

知識として強いとわかっているのではなく、本能が強いということを感じ取っている


それが敵であったならば、逃げ出すことに躊躇するべきではない


逃げ出す足が無くても、その場に留まることを選ぶべきではない


それが、新たな自分の肉体だとわかっていなければ、何があってもその場から逃げるべきだ

自分がそれに会っていたら、最優先で逃げ出していただろうなとアルドラは思う

それほどまでに、今まさに、かつての自分を再現しようとしている肉体は強かった


やがて暗闇の世界は真っ白に染まり、徐々に自分がいた場所を映し出していく


暗闇は、何も無い空間にいたわけではなく、それを見る目が無かったからだということにアルドラは今更気づいた

彼は「ここ」に来てから、一歩も動いていない

自分が最後にとった姿勢を思い出し、その姿から少しも動いていなかったことに気づいた


やがて真っ白だった視界が色を帯び、はっきりと自分がどこにいたのかわかってくる


妙に明るい光が、天井に丸い穴を開けたような場所から射し込んできている


四角いクリスタルのような板から溢れ出る青みがかった光と、そこに映し出された意味不明な文字

それが読めるものには、その文字の意味を正しく理解できただろう


ダウンロード完了という文字とともに、100%を示すバーが表示されていた


かつてエドワードと呼ばれた冒険者が、自らの命をかけてグラハルトを呼び出した場所

ライアン=ローレンスによれば、再生と進化の部屋


そのどちらの事実も、アルドラは知らない

しかしその身をもって、その事実を確認した生き証人となった


アルドラは上半身を起こし、出入り口のほうに向けていた頭を天井へと向ける

見るための目はある、怒りをぶつけるための拳はある、逃げ出すための足もある、笑顔を作るための顔もある

何より、叫ぶための口がある


彼は叫ぶ


魂の叫びを、言葉という音にして叫ぶ


それは意味など持たない、ただの音、空気の振動



――――――――――



アルドラが落ち着いたとき、唐突に言葉が周囲に響いた


「ダウンロード、ガ、完了シマシタ

オツカレサマデシタ、アナタノゴ武運ヲ祈リマス」


人間が話すにしては、カタコトで不自然な言い方だが、すでに一度聞いているアルドラは不思議な顔もせずに自分の体を見やる

見た目は何も変わっていない、ただそこで眠るようにして暗闇の中へ行ったとき、その最後の瞬間と何も変わったようには見えない


確実に変わった、と気づいたのは、服のしたに隠れていた自分の体を見たときだった


死神との取引により、骨と皮だけになったようだった自分の胴

それはかつて、人間の武器などではかすり傷すらつかなかった時のように、それ以上に若々しく筋肉質な肉体に変化していた

体の内側から感じる魔力は、まさに魔神と呼ばれる存在達から感じるものと同質のものを感じる


今なら、できる


彼女の想いに、答えられる


確かな確信のもと、アルドラは鉄のような素材の寝台からゆっくりと降りた


「待ってろよ・・・、俺が助けてやるからなっ!」


ゆっくりとした歩みで、アルドラは出口へ向かって歩き出す


かつて大悪魔と呼ばれた一人の男は、まるで人間のような想いを口にし、闇の中へと消えていった

ここまでお読みいただき、ありがとうございます


第六章「収束」編はこれで終わりになります

グラハルトもアリサも一切出てこない・・・いやちらっと出てきたか(笑)な章でした

複線はこれでライアンの動機以外はほぼ回収できたかな?


次回からは第七章「意志」編です

ライアンは学園に対してどうアプローチしていくのか?学園側の人間たちはどうするのか?アリサはそれにどう立ち向かうのか?

そもそもグラハルトは出番があるのか!?(←!?)


ご期待ください


今後ともソウケンをよろしくお願いします

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