閑話・まだ魔物も魔王もいない時代
いつもお世話になっております
今回の話は閑話ですが、今までとは明らかに違う内容となっております
世界の背景を描くような話にするつもりだったのですが・・・あれ?
本編と全く違う内容に、違和感を覚えるかもしれませんが、読まなくても問題ないっちゃ無い・・・か?無いようにしていきます、大丈夫、多分
よければ本編をどうぞ
西暦20XX年
某研究所にて
――――――――――
「・・・ふう」
真っ暗な部屋の中で、パソコン画面に映し出された文字の羅列と睨み合いをしていた女性がため息をついた
照明もつけずにひたすら睨み合いを続けていた女性は、部屋が暗いことを気にしていないようだ
いつものことのように、ゆっくりと立ち上がり、慣れた仕草で入り口近くにあるスイッチを押すために歩き出す
しかしその流れ作業とも呼べるほどの動作は、最後までやりきることは無かった
入り口が開き、別の男性が入ってきたからだ
その男性はこれもやはり、いつものことのように自然にスイッチを押し、部屋の照明を点灯させる
普通人間はこういう場合、意識していなければ照明器具を見る
無意識に点灯したことを確認してしまうのが普通なのだ
しかしその人物は照明器具どころか、目の前の女性以外には目を向けようともしない
部屋が暗いときからじっと、彼女だけを見つめていた
「・・・少し休んだほうがいいんじゃないかい?」
優しさ、という言葉の意味をしみじみと感じさせるその声色は、彼女だけに向けて放たれた
しかし彼女はその優しさをわかっているのかいないのか、ほんの少し微笑を浮かべただけで、すぐにパソコンのほうへ向かってしまう
すぐにキャスターつきの業務的なよく見る椅子に座り、ガラガラと音を鳴らしながら再び画面に目を向けた
「・・・やつれたんじゃないか?
顔色もあまり良くないように見えるよ」
あまりよろしくない対応だったにも関わらず、男性は同じように優しい響きのする声で語り掛ける
しかし彼女はやはり、微笑を浮かべるだけで素直に応じようとはしなかった
「わかってるでしょ?もう時間が無いの」
女性の口から出た音は、とても澄んだ美しい音色を奏でる
美しい声、というものは何か?と聞かれれば、この声が選択肢の一つとなりえるであろう
そのくらいに印象的で、素直に心に響く声だった
「体を壊しては元も子もない・・・って言っても聞かないんだろうな」
男性の声は呆れたような言葉を出すが、優しい響きは変わらない
彼はきっと、彼女のことを愛しているのかもしれない
そして男性も女性に近寄り、隣にあった同じような椅子に腰掛け、彼女が作業をしている画面を横から覗き込む
「システム構築は順調かい?今やってるやつは・・・確か再構築制御システムだったか?
あ、ここ間違ってるよ」
言いながら男性は画面に映る文字の羅列の間違い部分を指摘する
普通の人間が見ても、いや専門家が見ても意味不明な文字の羅列を見て、である
この二人の知識レベルは一般のそれをはるかに上回っているようだった
「む・・・
それはこないだ完成したわ」
「もう?こないだ聞いた時はメインシステムのみだったと思ったけど?
ここの数式って何に使うの?」
「サブシステムはパターン分けだから難しくなかったわ、面倒だから条件を満たせば起動するようにしたの、重複起動も許可したわ
・・・これは最後の時のためよ、この時代に固定するためのものよ」
「ああ・・・なるほどね、できれば起動しないことを祈りたい数式ってことか」
最後の時、と聞いた瞬間に男性の優しい声色は一瞬消えた
本当に一瞬だけだったのだが、彼女はその一瞬に気づいた様子だ
文字の入力を中断し、男性のほうへと顔を向ける
「・・・大丈夫よ、きっと」
彼女は初めて、男性の顔を正面から見つめた
じっと見つめる彼女の力強い視線を男性は真正面から受け止める、視線を逸らすこと無く・・・
「信じるしかできないってのは、なんだか悔しいね」
いつの間にか緊張していたらしい男性の表情は、その言葉と共にフッと脱力する
微笑みを浮かべた表情は、言葉の通りに悔しさを感じさせているが、それだけではなかった
何かを信じ、信じたものが結果を出してくれることを信じている
悔しさと一緒に浮かんだその顔は、なんともいえぬ悲しさを感じさせる顔だった
「・・・そういえばそっちのプロジェクトはどうなってるの?
確かどっかの馬鹿が大量に実験体を生み出してたよね」
その言葉に対して男性は、優しさを全く感じさせない声で言葉を返した
「・・・ああ、おかげで大変なことになりそうだよ
引き金はあいつじゃないかと思えるほど大量生産してくれてる
おまけに・・・」
スポンサーがその内容に興味津々で、その実験を全面的に資金提供している、と続けようとした瞬間だった
ビーッビーッとけたたましい警報音が鳴り響く
緊急事態を意味する赤い照明が点滅し、何かがあったことを一瞬で知らせてくれた
「まさか、ほんとに引き金だったんじゃないだろうな」
男性の顔がどんどん青ざめていく
まるで何が起こって、これからどうなっていくかをわかっているかのようだった
「緊急回線を開くわ、監視カメラの画像を出す」
女性は言葉を言いながらパソコンを信じられない速度で操作していく
パソコンは処理速度の限界を超えるようなこともなく、的確に、迅速に、必要な情報を次々画面に映し出していった
「出た、警報元はここだ
E-4ブロックってたしか・・・」
ドンッという音が響く
どうやら男性がテーブルを殴りつけた音のようだ
「くそっ!ほんとに引き金だったのか!」
もはや男性の言葉から優しさなど感じることはできない
感じるのは憎しみにも似た、憤怒の感情だけだ
殺気のようにも感じるその感情は、普通の人間であれば萎縮してしまうほどのものだったのかもしれない
しかし彼の前にいる女性は、何事も無かったかのように淡々としていた
「・・・手伝ってくれる?」
「手伝うって何をだい?僕らも逃げないと・・・」
女性はただ淡々としていた
画面から映し出される現場の光景を見ても、怖がるでもなく、叫ぶでもなく、泣くでも笑うでもなく
ただ淡々と、事実を確認しているだけかのように淡々としていた
「今日がその日なら、多分ここは研究員を巻き込んで自爆させられるはずよ
だったらせめてこのシステムを完成させて、マザーシステムに保存しておかないとダメね」
男性は言葉の意味を理解できなかったかのように、呆然としていた
しかしすぐに再起動を果たし、必要なことは何かを理解したようだ
「・・・しかし、間に合うのかい?」
「間に合う、間に合わせるわ
悪いけど自爆システムの操作系統にハッキングして、時間を稼いでくれる?
システム構築はほとんど完成してる、その間に完成させてみせるから」
「・・・わかった、まかせてくれ
何分稼げばいい?」
「15分・・・いえ10分あればいいわ」
「世界最高レベルのセキュリティシステムにハッキングして10分か、相変わらず無茶言ってくれるね」
「・・・ごめんね」
「いいさ、好きで付き合ってるんだ」
男性は隣にあったパソコンを立ち上げ、すぐさま操作を開始した
「・・・ねぇ」
「・・・なんだい?」
『全職員に緊急連絡です、自爆装置の起動が確認されました』
「私、あなたのこと愛してたわ」
「・・・過去形にしないでくれると嬉しいな」
『自爆まで20分です、職員は速やかに避難してください』
「・・・そうね、ごめん」
「謝る必要は無いさ、言い直してくれればそれで・・・」
『繰り返します、自爆まで20ぷんで・・・ザザザッ・・・ピー』
「愛してる・・・わ・・・」
「僕もさ、死ぬその瞬間まで、君を愛してる」
『じば・・・じっばっく・・・まっで・・・25・・・ピー』
「・・・ありがとう」
「こちらこそ」
『繰り返します、自爆まで30分です、職員は速やかに避難してください』
――――――――――
二人が必死にパソコンを操作している間、監視カメラは警報元の映像を撮影しつづけていた
誰もそんなものを見ている余裕など無かったが、映像を映し出すモニターには鮮明に、その光景が映し出されている
まるでこの世のものとは思えない光景
角の生えた犬が、翼の生えた巨大な蛇が、青い肌の色をした巨人が、まるで伝説やおとぎ話に出てくるような魔獣・魔物がそこにいた
地獄を映し出したかのような貴重な記録、しかしその記録を誰かが見ることは無かった
この瞬間も、そしてこの先の未来でも
監視カメラに向かって一体の魔獣が襲い掛かってきた瞬間、それは起こった
一瞬で画面が真っ白になる
コンマ数秒遅れて、それを映し出していたモニターのある部屋も真っ白な光に包まれる
それが自爆装置が発動し、研究所全てを吹き飛ばす光景だということを記録したものは、もうどこにも存在しない
20XX年某月某日
この日、世界は魔物という存在を知ることになる
というお話でした
ちょっと話がぶっ飛びすぎですので、あまり気にしないでください・・・
今後ともソウケンをよろしくお願いします