狼人族の掟5
いつもお読みいただきありがとうございます
この話にてバスカー編は終わりです
マキア編なのかバスカー編なのかよくわかりませんが、終わりです
若干暗い感じの内容ですが、読んでいただければ幸いです
本編をどうぞ
「よう、生きてたか」
炎鬼族の集落は、朝日と薄く薄い靄に包まれ、柔らかな空気に包まれている
マキアは一人、集落の真ん中に位置する場所、宴のときに大きな焚き火をしていた場所に立っていた
そこに声をかけたのはバスカーだった
「・・・バスカーか」
「・・・おう」
バスカーはマキアへと歩み寄っていき、近くにあった丸太を削って横にした長椅子に腰掛ける
「よっこらせっと・・・
はぁ、こういうとこが親父くせーんだろうなぁ」
声を出しながら椅子に腰掛けるその姿は、現代日本で言うなら中年親父そのものだろう
世界が変わっても、その動作に対する印象は変わらないようだ
マキアはバスカーの方を向かず、ひたすらに前を向いている
その方向には・・・
「・・・なぁバスカー・・・」
「無理に言わんでもいいぞ、お前が一番つれぇだろ」
そう言ってバスカーもマキアが見ている場所を見る
そこでは何かを積み上げたものが、音を立てて燃えていた
それはほんの1日前まで、確かに生きていた炎鬼族の亡骸だった
たった一晩で全てが変わってしまった
昨日の夜にはそこで燃えている人たちが、酒を飲み、笑いあい、馬鹿な話をしていた
生きていた、という事実を燃やすようにして、炎はその場で燃え上がっていた
マキアの頬に涙が流れる
視界は霞み、目の前の光景は涙で滲んでよく見えない
彼らが生きていたことさえも、彼には霞んで見えてしまっていたのかもしれない
「・・・俺は・・・知ってたんだ」
振り向かずに、マキアは語り始める
その言葉は重く、切ない
バスカーは無粋な言葉をかけず、ただ黙って続きを聞く
「・・・俺は、いつかこうなるって知ってたんだ
俺だけじゃない、みんな知ってたんだっ!いつかこんな日が来るって!
ライアンが復活した以上・・・自分達の世代でこうなるって・・・知って・・・知ってた・・・のに・・・っ!」
マキアは膝から崩れ落ち、地面に頭をぶつけるようにして倒れこむ
「なんで!なんでみんな逃げなかったんだよっ!
人形みたいになっても死ぬわけじゃないのに!残ってれば、殺されるってわかってたのに!
俺たちが・・・っ!殺さなきゃいけないって・・・わかってたのに・・・」
地面を殴りつけ、涙ながらに語るマキアの後姿
悲しみと怒り、運命という歯車に抗うことのできなかった悔しさ
その背中は、言葉以上のことを感じさせる背中だった
「う・・・ぐぅ・・・うああ・・・うあああああああああああ!!!」
マキアの涙は、止まることは無かった
――――――――――
「落ち着いたか?」
マキアはバスカーの隣に座り、涙の跡が残る顔で、いまだに燃えている亡骸の山を見つめていた
「少しは」
「俺はさ・・・」
何かを語ろうとするマキアに、バスカーは再び聞く姿勢になる
「俺は・・・こうなるのが嫌だったんだ
だから冒険者になった
世界中を見て、どうにか呪いを解除できる方法を探そうと思ってたんだ
魔法学園もそのためにっていうか、せめて協力してもらえる仲間を見つけられればって思ってさ・・・」
ははは、と弱く笑うマキア
「結局無駄だった・・・間に合わなかったよ・・・」
とうとう俯き、目の前の光景から目を逸らしてしまう
もはや語るのも苦しい、という状態だった
バスカーはそんなマキアと違い、しっかりとした表情で目の前の光景を見続ける
そして今度は、バスカーが語り始めた
「おりゃぁよ、ちょっと特殊な生まれでなぁ」
集落から逃げるときに見せた、真剣な表情で言葉を語り始める
マキアはその表情を初めて見たせいで、少なからず強張ってしまった
「・・・狼人族ってのは何十年かに一度、俺みてぇな特殊なヤツが生まれんだよな
普通は狼人の姿しかならねぇんだけど、人間の姿と狼人の姿に自由に変化できるようなやつがな
ついでに何かしらの属性っつーか特殊な魔力みてーなのを持っててよ、俺は雷だったけど、過去には火とか水とかいたらしいぜ」
そう言いながらバスカーは腰に下げた道具袋の中に手をいれる
ごそごそと探り、中から一つの小石を取り出した
この集落で、一人の少女からもらった「きらきら」だった
「なんちゅーか・・・そういうのって忌み子らしくってなぁ
俺の場合は兄貴が良くしてくれたんだけどもよ、他のやつら・・・両親でさえ俺のこたひでぇ扱いしてたよ
一族の汚点みてーな目で見られてたなぁ」
バスカーは小石を目の前に持ち上げ、小石越しに炎の山を見つめた
小石は青色の宝石のような輝きをしている、透明度は高くないが、僅かに向こう側が透けて見えた
「んなもんで、ガキのころはひでぇ思いをしてたぜ
さっさと力つけて、村を飛び出すのもまぁ自然の成り行きって感じだったわな」
さらに小石を持ち上げ、今度は炎の山ではなく、太陽に向けて同じように透かして見る
「そんでまぁ、ある時依頼で近くに寄ったもんだからよ、一応は生まれ故郷だから遠くから覗いてみたんだけども・・・」
ふっと力を抜き、両手を膝の上に乗せて再び前を向く
「・・・村は・・・無くなってたよ」
その目は炎の山を見ていたが、意識はどこか遠く、ここではないどこかを見ているようだった
「なんでそうなったかはわかんねぇけどよ・・・
そんときゃ俺は後悔したもんだ」
「後悔・・・?」
「おうよ、なんで俺は何もしなかったんだろうなってな
おめぇみてぇに何か目的があって飛び出したわけじゃねぇ、俺はただ逃げ出しただけだ
逃げて、逃げて、何もしないで、ただ現実から目を逸らしてただけだった」
ふっと軽く笑ったバスカーは、マキアのほうを向きなおる
「おめぇはそうじゃねぇだろ?
自分にできることをやろうとした、ちゃんと現実と向き合ってた
知ってんだぜ、お前がこっそり呪い関係の本とか読み漁ってたのくれーよ」
マキアははっきり言って頭が悪い
文字を完全に習得しているとはいえ、本を読むのは苦手な分野だ
その彼がこっそりと図書館に行って、関係する本を読むというのは大変な苦労だった
それを知っていたというバスカーの言葉に、マキアは驚きと感動を覚える
「そ・・・っか・・・バレてたか・・・」
「こういう理由だとは思わなかったけどなぁ・・・」
無言で再び二人は前を見る
死んでいった炎鬼族の亡骸を・・・
「・・・きっと炎鬼族ってのは、誇り高い一族なんだろうな
お前の言う通り、逃げればよかったんだ、何もかも捨てて、逃げ出せば生きられた
それをしなかったのは、多分誇りなんだろうな」
「誇り・・・か」
「『共に歩むと決めた』その言葉通り、共に歩む事を選んだんだ
人間と争ってまで生きるよりも、人間のために死んで、命を持って人間を生かすことを選んだんだ
俺にはできねぇよ」
「共に歩む・・・」
「お前のやったこた無駄じゃねぇ、結果的に間に合わなかったとしても、それは無駄じゃねぇ
だってよ、後ろ見てみろ」
「後ろ?」
バスカーに言われ、マキアは後ろを振り返る
振り返った先には、彼が仲間と呼ぶ人物達がいた
「みんな・・・」
「俺たちゃパーティーだ、おめぇの事情も、悲しみも怒りも、全部飲み込んでやる
仲間ができたってだけでもよ、おめぇの行動は無駄じゃなかったんじゃねぇか?」
仲間達が二人の下へと歩き始める
そしてそれぞれが口を開き始めた
「その通りですよマキア
我々との出会いを無駄だとは言わせませんよ」
グレイが最初に口を開く
「そうですわよ、大体あなたの頭は悪いのですから、もう少し頼っていただかないと困りますわ」
絶対に慰めていない言葉をかけるのはレディ
「マキア、行こう
俺たちには、やるべきことができたはずだ」
真面目な表情で語りかけるのはアレックス
そして最後に口を開くのは、やはりアリサだった
「マキア、あなたの口から聞かせて」
あと数歩という位置で全員が立ち止まり、全員がマキアを見つめる
「私たちがすべきことは、一体何?」
「俺たちがすることは・・・」
マキアは言葉を切り、立ち上がる
そして再び、目の前の現実へと体を向け、正面から見据える
炎鬼族の亡骸が燃える山へと
「俺は、ライアンを倒す」
マキアの目は、輝きを取り戻す
振り返り、仲間達を見返すその表情はいつものマキアだった
いや、いつものマキアよりもたくましい、強さを感じさせる表情だった
「だから、みんな手伝ってくれ」
隣にいたバスカーが勢いよく立ち上がり、背負っていた鎚を頭上に掲げる
「ブハハハハ!当たり前だ馬鹿野郎!」
「ふっ」
「ふふふ」
「あはは」
「行こう、マキア」
「ああ・・・行こう!」
炎の山に背を向け、マキアは歩き出した
その歩みは力強く、確かな一歩だった
お読みいただきありがとうございます
マキア編じゃねこれ?って感じのバスカー編が終了でございます
バスカーのフラグ回収しきれませんでしたが、まぁなんとなく伝わったのではないでしょうか?
もちろん学園に入学することになった経緯などは今後描いていきますので、ご安心ください
フラグを回収しきれない作者ですが、今後ともソウケンをよろしくお願いします