学園と蒼犬
万物の才能
非常に魅力的な言葉であろうその言葉は、この物語の舞台になっている世界において、一つの先天的な能力として確かに存在した。
その能力をもつものは虹色の魔眼と呼ばれる、日本人でいえば黒目にあたる部分の周囲が虹色の輝きをした目を持っている。
もちろんそんな人物がほいほい生まれて来るわけは無いが、生まれ変わりでもしてるのでは無いかと言うほどに正確に、一人ずつこの世に存在する。
ただしこの世界の歴史上、同時期に二人の魔眼持ちがいた、という時期は存在しないが・・・。
そして大概の魔眼持ちは幼少の時期に良い意味でも悪い意味でも目立つ。
そして人を嫌うか、あるいは回りの人間が保護するか、あるいは人知れず悪用され、ほとんど人前に出ないで人生を終える場合が多い。
ゆえにそれだけの頻度で魔眼持ちが生まれる、という事実すら一般的には知られていない。
そしてその「万物の才能」を宿した「娘」を持つ「彼」は、今ある場所に来ていた。
――――――――――
「・・・来たぞ」
「ノックぐらいせんか」
黒い犬のような形状に金の複雑な模様が入った兜をつけた男と、白髪に埋め尽くされたいかにも偉いです!といった服装のじいさんが、これまた偉い人がいそうな部屋で話している。
ここは魔法学園と呼ばれる施設であり、じいさんは学園長という見た目に違わぬ偉い人であった。
相手の男はもちろん「蒼犬」である。
「ちょっと待っとれ、こう見えて意外と書類仕事が多くての」
「・・・確かに意外だ」
「待て、どういう意味じゃ」
「・・・茶飲みが仕事かと」
「いや確かにいっつも飲んでるけど・・・」
軽口をたたきながらも学園長は手を止めない、まるで口と手が別の生き物のように書類を片付けていく。
「ほい終わりじゃ。
とりあえずソファーに座・・・ってるか。
なんちゅーかもーちょい礼儀とかないんかのぅ・・・」
「・・・必要か?」
いやいらん、と自分から言っておいて即座に否定する学園長。
彼らの付き合いは短くは無い、「彼」がこんな態度なのはいつものことなのである。
「さて、本題からちゃっちゃと話そうかの。
「アリサ」は元気か?」
「アリサ」と口にした瞬間に「蒼犬」の雰囲気が変わる。良い方に、と加える必要があるが。
「・・・あぁ」
「彼」は言葉は少ないが、空気というか雰囲気で感情がすぐにわかる。
もちろん長い付き合いがあればこそではあるが、二人にはそれくらいの付き合いがある。
そしてその態度を見て、学園長も笑顔になる。
「そうかそうか、元気でやっとるならいいんじゃ。
ワシも久しぶりに会いたいのぉ〜。」
「彼」につられたのか、学園長も顔をにこやかにしながらそう語る。
「お主らが「災害級特別討伐対象」に指定されてからはなかなか会う機会も無かったしのぅ、なんつったかの?アルドラとかいう若いのが取材に来たこともあったのぅ。」
アルドラ・バステア
「蒼犬」のことを調べて回っている、現代風に言うならジャーナリストだ。
ただし学園長が知らなかったことからわかるように、有名な人物では無い。
むしろどんな著作物があるかさえ定かでは無い謎の人物なのだが、この世界において物書きにはそういう人物が多いため、さして気になる存在ではない。
「・・・知らんな」
「ま、そんなことはどうでもよい。
それより「アリサ」じゃ。
例の話は考えてくれたかの?」
「・・・入学か」
例の話とはつまりこの学園への入学についてだった、それはつまり「双剣」こと「アリサ」が学生になるという事を意味している。
この学園は決して簡単に入学できるものではないし、お金も支払う必要がある、その額も決して安いとは言えない。
なにより才能が無い、と判断された場合には相手が誰であれ入学を拒否される。
しかしそれらの条件を満たしたものにとっては、卒業後どんな道を選ぶにしてもエリートコースが待っているという、人生の花道へ続く入り口なのだ。
当然そんな学園の倍率は異常に高い、素質が無いものを除いたとしてもまだまだ高い。
当然学園側の人間から推薦があれば、入学率ははねあがる、学園長からの推薦ともなればもはや内定と言っても過言ではない。
人によっては喉から手が出るほどに、それこそ財産を売り払ってでも手に入れたいものなのだが・・・
「・・・気が乗らないな」
一蹴されてしまう。
「お主もわかっておると思うが・・・、いやお主だからこそと言えるな。
「あの子」は魔眼持ち、そしてその能力は非常に高い。しかしこのままでは「アリサ」は・・・」
「・・・ただの道具になる」
学園長が良いよどんだ部分を「蒼犬」が続ける、気を使って言わなかった学園長としては呆気にとられた感じだ。
「・・・だから気が乗らない・・・としか言っていない」
それはつまり気は乗らないが必要性は理解しているということであり、「アリサ」のことを思えばこそ自分の感情を抑えるべきだと考えている・・・ということだ。
だがそれをいまの会話から理解できるのは学園長くらい付き合いのある人間だけなのだが。
「悲しいことだが、このままでは昔お主が言った通りじゃ。
戦う術のみを覚え、お主のためだけに動き、お主以外の事に頭を使わぬ。
それが嫌だからワシに相談したんじゃなかったか?」
もちろん「蒼犬」が一度にこんなことをすべて語ることは無いのだが、そういったやり取りがあったのは事実だ。
「・・・学園が気にくわない」
「ホッホッホッ。学園長に向かって言うか。
・・・気持ちはわからんでも無いがなぁ。
どうにも今の学園はエリート指向が強いからのぅ、そこに「万物の才能」とくれば普通の学園生活というのは無理じゃろうな。」
だが、と続ける学園長の顔は真剣そのものだ。
その表情は「アリサ」のことを真剣に考え、将来のことを思っているのがはっきりわかる。
「普通とは平均じゃ、個人において普通などありえない。
そして成長とは普通ではない体験の中でこそ起こる。楽しいことも、辛いことも、嬉しいことも、悲しいことも、苦しみも、快楽も、憎しみも、愛情も、何もかもが成長の礎になる。
・・・そしてそれらの全てが、学園生活で巡り会える可能性が高い。」
一気に言い切る学園長だが、「蒼犬」に踏み切らせるにはもう一歩足りない。
そしてその一歩を埋めるのに苦労するというのを学園長は理解している。
だがその苦労をしてでも踏み切らせる必要があると、学園長の顔が物語っている。
この状態の学園長を諦めさせることは苦労するというのを「蒼犬」は理解している。
にらみ合いが続き、先に口を開いたのは「蒼犬」だった。
「・・・条件がある」
「条件?」
「蒼犬」の気配が一気に冷たくなる、「彼」が戦闘に入るときに纏う気配であり、周囲にいる人間は気温が下がったかのような錯覚さえ覚える強烈な気配だ。
その状態で行う動作は、ただの声でさえ相手の感情を揺さぶり、恐怖という本能を思い出させる。
恐怖を言葉に乗せて彼は解き放つ。
「・・・月に一度は会わせろ」
「勝手に会ってろ!!!」
スパーンと素晴らしくいい音をさせた会心のツッコミが決まった瞬間だった。