狼人族の掟1
タイトルからわかるとおりに連話です
人物紹介のバスカーの欄を覚えている方ならピンと来るかもしれませんが、バスカー編です
ご都合主義的な展開ですが、ご容赦くださいませ
それでは本編をどうぞ
炎鬼族の集落
そこはもう夜の闇の中だった
あちこちで消えることのない火が灯りとなり、真っ暗というほどではないが、薄暗い夜の光景が広がっている
集落の住人達はあちらこちらに散らばり、何もない地面の上に倒れている
・・・と言うと、何かの惨事のあとかと思うかもしれないが、そんな悲劇的な状況ではない
宴の後ということで、酔いつぶれた者達が雑魚寝しているだけという、どちらかといえば微笑ましい状況だった
マキアが無事一人前になったことを祝う宴会
それはそれは盛大なものとなり、集落にいた全ての者達が総出で祝った
もちろん客人としてアリサ達も一緒に祝ったのだが、彼女達は地面の上にはいない
用意された客人用のテントの中で、ぐっすりと寝息をたてていた
その集落の状況を、遠くから観察する影がいた
影は複数いるようで、何人かはじっと観察を続けているが、それに話しかけるように時折別の影が近寄り、すぐに離れるという行動を繰り返していた
二つの影が近寄り、会話を始める
「どうだ、何か変化はあったか?」
「今のところは特にありません、今回は退きますか?」
「もう少し様子を見る、胸騒ぎがするんでな」
「胸騒ぎですか・・・」
「ああ、それに万物の才能が来ているんだろう?
何も起こらないほうが不自然な気がするからな」
「そういうものですか
しかし「彼」が一緒に行動していたのは意外でしたね、あなたの・・・」
「待て、何か感じないか」
言われて影は広場に目を向ける
そこには寝ていたはずの男が一人、起き上がってフラフラとしていた
影からはかなりの距離があるはずなのだが、二人は彼の表情まで正確に捉えている
「・・・表情が怪しいな」
「そうですね・・・、とうとうですか?」
二人が見つめる男性は、表情に生気が無く、虚空を見つめるように目の焦点が合っていない
どこかに向かうわけでもなく、ただフラフラとその場に立っているだけだ
「全員に戦闘準備をさせろ、今日がその日かもしれん」
「了解しました「ギルデンス」様」
片方の影が音も無く走り去り、周囲にいた影に近寄っていく
それを確認しながら、彼は男の観察を続けた
「バスカー・・・死ぬなよ」
――――――――――
バスカーはふと目覚めた
この集落の夜は意外に冷える
活火山の麓であるから、それなりに気温は高いが昼間ほどではない
動物に近い肉体を持つバスカーにとって、このくらいの温度は一番動きやすい温度だ
一番実力を発揮できる状態にあって、彼は精神に余裕ができていたのであろう
野生の勘が働き、何かが起こったことを感じる
何かが何かはわかっていないが、この感じはきっとよくないことだと思い、飛び起きるようにして布団から出る
「みんな、起きろ」
声だけで仲間を起こし、愛用の武器である鎚を手に取る
「・・・むぁ・・・なんだよ・・・」
「・・・っ!どうした!?」
マキアはまだ寝ぼけているが、アレックスも不穏な気配を感じ取ったようだ
起き上がりこそゆっくりしたものだったが、すぐに自分の装備のもとへと近寄る
マキアはだらしなく布団に胡坐をかいたままだ
(ちなみにマキアは男だけで飲みたいと言ってこの部屋に来ていた)
バスカーはふと、一人足りないことに気づいた
「おい、グレイはどこいった?」
「いますよ、ここに」
声のしたほうを向くと、グレイはすでに自分の装備を整え、窓際から覗くようにして広場を眺めていた
「・・・山肌に人影が見えますね、数は把握できませんが、最低でも5人」
「5人?この感じはそいつらが原因か?」
「それはわかりません、何か関係はあるでしょうがね」
バスカーも窓際に近寄り、グレイと窓を挟んで反対側から、同じようにして広場を見る
「・・・住民は?」
「気づいていないようですが、何人か立ち上がってます
・・・妙な感じですが」
「妙な感じ?」
「見てみなさい」
グレイに言われ、立ち上がっている何人かを見てみる
男も女も立ち上がっていてはいるが、ふらふらと揺れるように立っている
全員がどこか生気の抜けたような顔で、何も無い空間を見つめている
「・・・幻術でもかけられてんのか?」
「そうかもしれませんが、今の時点ではなんとも言えませんね
とにかくアリサ達を起こしましょう、嫌な予感がします」
会話が終わるころにはアレックスとマキアも着替え、いつでも戦えるように準備を終えていた
すぐに出ようとして、テントから出た瞬間だった
ズドンという音が響き、何かが爆発したことを知らせる
爆発した方向は、彼らのすぐ近く、アリサ達が寝ているはずのテントだった
「アリサ!」
アレックスが叫び、燃え盛るテントの中に飛び込もうとする
「落ち着け!二人は無事だ!」
咄嗟にマキアがそれを止め、テントの横のほうを指差す
そこには無傷で、すでに装備に身を包んでいるアリサとレディがいた
「みんな、無事?」
アリサが全員に声をかけ、全員が無事なのを確認する
「どうなってんだ?何があった?」
バスカーがアリサに声をかける
それにアリサは声を出さず、代わりに燃え盛るテントの中を指差した
「・・・なんか怒らせるようなことしたのか?」
「馬鹿言わないでくださいます?マキアならともかく、私達がそんなことするわけないでしょう」
「その割には、ずいぶんおっかねぇ顔してんぞあの姉ちゃん」
燃え盛るテントの中には女性がいた
あの門番であった女性が、体の一部を炎と化しながらこちらを見ている
そしてゆっくり、こちらに向かって歩き出した
「アリサが何かを感じて、装備を整えてから彼女を起こしたんですわ
でも、起きた途端にあんな感じになって・・・」
「・・・どうやら彼女だけじゃないみたいですよ」
グレイは周りを見ながらそう言った
それにつられて全員が周囲に目を向ける
周囲は集落の者達に囲まれていた
全員が体を炎に変化させ、今にも襲い掛かってきそうな気配をしている
そして全員が全員、生気が抜けて、どこか遠い場所を見ているような表情だった
「一体何が起こっているんだ?」
アレックスの問いに答えたのは、意外にもマキアだった
「約束の時が来たのさ」
「マキア?」
アリサがその様子を不思議に思い、声をかける
だがマキアには聞こえていないようだった
「・・・くそっ!」
「マキア!」
マキアは体を炎鬼化させ、飛ぶように跳躍する
飛びながら、全員に声をかけた
「みんなは逃げてくれ!
俺は親父のところに行く!」
「・・・わかった」
返事を終えると同時に、炎鬼族が一斉にアリサ達に襲い掛かってきた
「ちっ!殺すわけにはいかねぇなっとぉ!!」
バスカーが鎚を思いっきり振り上げ、地面に叩きつける
雷の力を纏わせず、単純に力だけで行った行為だった
普通なら何の意味もない、せいぜい威嚇程度にしかならない行動だが、バスカーはそんな行動をする人物ではなかった
「ブラスト!!」
衝撃波、といってもあまり強いものではなく、攻撃時に発生した風圧と相まって、敵を押し返す技だった
自身の体に遮られるため、前方にしか効果は出ない
しかし扇状に広がるその衝撃波は十分な範囲に広がり、炎鬼族を吹き飛ばす
「行くぜ!」
バスカーが開いた道を、全力で駆け出した
――――――――――
「どうなってんだ?何が起こったんだ」
「そんなことわかりませんよ、今はとにかく逃げましょう」
アリサ達は集落を逃げ回り、入り口であった門の近くまで来ていた
殺せないとはいえ、そもそも炎鬼族には物理攻撃があまり意味がない
斬っても突いても炎と化し、すり抜けてしまう
しかしそれでも足を止めることくらいはできるので、あまり遠慮せずに攻撃しながら逃げていた
「ちょっと待て!何か来る!」
アレックスが前方にある門、その向こう側から何人もの人間が来るのを目撃した
その姿はよく見ると、人間というよりも獣のようだった
「狼人族だと!?なんでこんなところに・・・ってありゃ?」
「どうしたの?」
「いや・・・知り合いが混ざってるなぁと・・・」
バスカーが狼人族の集団を見て、ある人物を見つける
その人物を迷いも無くこちらに向かってきて、声をかけた
「バスカー!無事か!?」
「おう、兄貴こそこんなとこで何やってんだよ」
「「「兄貴!?」」」
兄と呼ばれた狼人族の男は、その種族名が表す通りの人間だった、いや亜人と言うべきか
薄青の体毛が全身を覆い、首から上はまさに狼、尻尾もあるし、裸足の足と手からは鋭い爪が生えている
「今は説明は後だ、お前たちはすぐに退け!」
「まだ仲間が中にいるんだ!」
アレックスが食い下がるが、狼人族の男はすぐに答える
「大丈夫だ、見ていたから状況はわかっている
安心しろ、見捨てたりはしない、我々は味方だ」
「どういうことだよ?」
「もう一度言う、今は説明している暇が無い、お前たちは退け」
その直後だった
一際大きな爆発が集落の奥から起こる
位置からして恐らくは族長のテント
マキアが向かった場所だった
「マキア!!!」
というわけで炎鬼族フラグ回収の話です
少し展開が遅くなるかもしれませんが、お楽しみいただければ幸いです
今後ともソウケンをよろしくお願いします