炎鬼族の掟3
「ではこれより、炎鬼族の掟に従い、最終奥技の伝授を行う」
炎鬼族の集落
その一番奥にあった祭壇のような場所で、マキアとその父である族長が立っていた
祭壇の頂上部分は平らになっており、四隅には火のついた蜀台が置いてある、逆に言えば、それ以外は何も無い
まるで闘技場のようなその場所は、全力で動き回っても余裕があるほどに広い
おそらくは本当に闘技場なのだろう
その場所で向き合う二人を、祭壇を見渡せるように配置された洞窟の横穴があった
一族の者たちはもちろんだが、アリサ達もその横穴から二人を見ていた
「この感じだと、二人は戦うことになるんですかね?」
門番の女性(最初に会った男女の片方、門番だったらしい)に、グレイが尋ねる
「ええ、その通りです
族長となる可能性のあるものは、この儀式によって奥技を会得し、会得できたものだけが族長となる権利が与えられるのです」
奥技伝承
それは単純に技術を伝えるだけの儀式ではなく、権利の獲得という意味も含んでいた
この儀式を経ることでしか、族長と認められることは無いのだという
「逆に言えば、他家の者でも奥技を会得できれば族長になることができるんだ
今の時点では族長一家の長男と次男、他家では私ともう一人が会得している」
とはいえ、最近ではマキアの一族が代々族長を務めているので、他家のものが族長になったのは300年以上前だと言う
300年前、と聞いて反応したのは、アレックス一人だけだった
アレックスだけ、ということにもすぐに気づいたので、特に何かを言い出すことはしなかったが・・・
「始まるみたいですわ」
――――――――――
「マキア、一つだけ言っておく」
「なんだよ今更」
「この奥技は、頭を使う必要がある」
「うげっ、まじか」
祭壇のうえで、親子が話しはじめる
「だがそれを教えることはできん
結果が同じでも、過程はそれぞれが己のやり方で見つけるしかない
そのためには、教えてしまうと時間がかかりすぎる」
どうやら奥技会得のためのアドバイスだったようだ
マキアは頭を使うのが非常に苦手なため、このアドバイスもどこまで意味があるかはわからない
「そしてもう一つ
奥技をこの場で会得しない限り、お前は絶対に俺に勝てん」
「へっ!今まで手抜いてたとでもいいてぇのかクソ親父」
「・・・いいな、必ず勝て、必ずだ」
「・・・?」
「行くぞっ!」
次の瞬間、族長の体は炎に包まれる
マキアもそれに合わせて自分の体を炎に変化させた
だが二人の間には、決定的な違いがあった
「親父、なんで炎鬼化しないんだ?」
「自分で理解しろ」
族長は炎こそ纏っているが、炎鬼化していなかった
マキアのように体自体が炎となっている状態ではない
人間の肉体を、炎が包んでいるだけという姿は、炎鬼族の最大の特徴である炎鬼化ではなかった
「ふんっ!」
族長が動き、一瞬でマキアの目の前に迫り、右手で殴りかかる
本来であれば、炎鬼族同士の戦いというのは一方的に終わる
それは力の強いものが、力の弱いものの炎を吸収し、一方的に吸収するだけで終わってしまうからだ
その力の差の前には、技術も、魔法も、何も関係ない
ただ炎鬼族としての力が上か下か、それだけしか存在しない
そして本来であれば、マキアの力はこの集落にいる炎鬼族の中では最強だった
それは父親をも凌ぎ、冒険者として力をつけた現在では、ただのパンチでは傷もつけられないはずだった
「ぐあっ!?」
だが結果として、マキアは殴られた
殴られただけではない
「熱ぃいい!?なんで燃えたんだよ俺は!?」
燃えた
炎と化しているはずのマキアが燃えたのだ
今は炎と化しているからわからないが、恐らく人間の姿に戻れば火傷をしているのだろう
冒険者としての癖で、咄嗟に両腕を交差させて防御したが、もろに食らっていたらかなりのダメージになっていただろう
「もう一度だけ言う、自分で理解しろ」
「くそがっ!」
――――――――――
「・・・炎じゃない」
「あら?もう気づいたんですの?」
「そんな馬鹿な、炎鬼族以外であれを理解できるなど・・・」
祭壇を眺める洞窟の一つで、アリサが呟いていた
レディも気づいているようだが、アリサ達で気づいているのはその二人だけのようだ
その二人に対して、女の門番が驚いている
「どういうことだい?」
アレックスが問いかける
グレイも聞きたいようで、アリサ達のほうを向いていた
バスカーも若干暑さにやられているが、多少は慣れてきたようで、話を聞く余裕はあるようだ
「・・・あれは、炎を出して燃やしているんじゃない
「燃える」っていう現象を再現した結果、炎が出ている状態」
「現象の再現・・・?」
族長が纏っているのは、「燃える」という現象そのものだった、概念と言ってもいい
燃える、という現象は科学的な言い方をしてしまえば、発熱を伴う激しい化学反応のことを言う
この化学反応の結果、炎というものが出現する
燃えるという結果だけを纏った族長の奥技は、この世界の魔法という神秘も相まって、あらゆる存在を燃やすことが可能になる奥技だった
それは炎そのものと化しているマキアでさえ例外ではない
普通であれば、特にこの世界の文化レベルであれば、炎が先にあってそれに触れたものが燃える、という発想が強い
それゆえに、この場でそれを理解できたアリサとレディは異常と言ってもいい
実際にはグラハルトがこういう知識「だけ」は割りと話していたので、その辺から常識に捉われない発想ができる、という理由が一応あるのだが・・・
「しかしそれでは、マキアが気づく可能性は低いのではないですか?」
グレイの発言は尤もだった
事実、今祭壇の上ではグレイが押されている
族長の動きは、マキアから見れば決して倒せない相手ではない
だがそれ以上に、今まで無縁であったはずの火傷や熱さ、といった現象に戸惑い、恐れを感じているようだ
自らの攻撃でさえも、族長の纏う炎に触れれば燃えてしまう、直接殴れば自分のダメージにしかならない
相手の攻撃は防御もできないため、避けるしかない
マキアは防戦一方で、反撃の糸口を掴めないでいた
「・・・若なら気づくはずです、あの方は本能で色んなことに気づける方です
奥技の正体に気づかなくても、きっと・・・」
門番の女が、祈るような目でマキアを見つめていた
「若・・・」
男のほうも、マキアをじっと見つめている
この二人は本当にマキアを信頼しているようだった
「・・・がんばれマキア」
珍しく、アリサが小さな声でマキアを応援した
――――――――――
「・・・」
「どうしたマキア!お前の力はこの程度かっ!」
「うるさいな、考え事くらいさせろよクソ親父」
マキアは焦っていた
父親の使う奥技の謎が、全く解けない
火傷なんてまだ炎鬼化がうまくできなかった子供のころ以来だ
だがしかし、冒険者として世界中を巡っていたマキアにとって、父親の動きは対応できないほどじゃない
考える時間はあるが、考えるだけの頭が無かった
攻撃を避け、火の玉をいくつか生み出し、それをぶつけてみたが、元が同じ炎鬼族だ
大した意味がないどころか、敵に塩を送る行為に等しい
何かきっかけが掴めるまで、ひたすら回避に徹するしかないと判断していた
しかし炎鬼族とは言っても、所詮は一つの生命体にすぎない
疲労は蓄積し、周囲の熱を吸収して体力は回復できても、精神までは回復できない
徐々に攻撃も危ない場面が増えてきている
「・・・どこだっけな、どっかでこんな状況あったよな」
マキアは自分の冒険者時代を思い返す
彼は彼なりに、いくつもの修羅場を経験している
それなりに命の危機もあったし、その全てをなんとか切り抜けてきた
マキアはアリサ達のように、頭を使うことはできない
だが、今まで生きてきた経験、それそのものが、彼にとっては大事な財産なのだ
その財産の中で、今回と似たような経験があったことを思い出す
「・・・そうだ、あの時だ
蒼犬を初めて見たあの時だ・・・あんときはどうしたんだっけ・・・」
思い出し、マキアは足を止める
戦いの最中に足を止めるという、自殺行為にも等しい行動
当然彼の父親は、そんな致命的な隙を見逃すほど甘い人物ではなかった
「戦闘中に!足を止めるとは!この軟弱者がぁっ!!!」
大振りな一撃
何の変哲もないただの右ストレート
だが今のマキアにとっては、それは致命的な攻撃になるはずだった
バシンッという音がした
マキアが父親のパンチを、片手で受け止めていた
「そうだ、思い出した
あの時はこうやったんだ」
その片手は、もう燃えることはなかった