炎鬼族の掟2
「若!早く族長の元へ!」
「そうですぞ若!人間どもは我々にお任せください!」
炎鬼族の集落
アリサ達の前に現れた、若干空気の読めない男女がマキアに向かって言っていた
「若を誑かそうとしたようだが、我々に見つかったのが運のつきよ!」
「その通り!若には指一本触れさせはしない!」
「炎鬼族って馬鹿しかいないのか・・・?」
最後の発言はグレイのものだが、小声だったので二人には聞こえなかった
「待てって二人とも!そいつらは俺の仲間!友達!同じパーティー組んだんだって!」
マキアは一応とめているのだが、二人はやはり空気が読めなかった
「若!騙されてはなりませんぞ!人間なんぞが仲間であるわけがありません!」
「そうですぞ若!仲間のふりをして若を利用しているに過ぎません!」
二人は聞く耳もたず、といった様子で、馬鹿・・・もとい若と呼ばれたマキアを守るように立っている
炎鬼族は閉鎖的な生活をしているせいか、独自の文化と考え方を持っているとはいえ、二人はかなり偏見的な思想を持っているようだった
「・・・いい加減」
スッとアリサが前に出る
両手にはすでにグロウスを構え、いつでも振れる状態だった
そしてそれが一瞬ブレたかのように動く
「・・・話くらいは聞いて」
フワッと風が起こる
何が起こったかわかったのはアリサ達だけだったようで、目の前の男女は頭に疑問符を浮かべている
「なにを・・・」
している、と言いかけて男は言葉に詰まった
アリサの目を見て、彼女の瞳に輝く虹色の環を見つけてしまったから
「お前ら二人とも、足元見てみろ」
「若?」
マキアが二人にそう言い、二人は大人しく言われたとおりに足元を見る
「これは!?」
二人の足元、足の間の地面に傷ができていた
剣で斬ったようにスッパリと、縦に切れ目が入っている
しかもそれは、そのまま高さを変えていれば、自分たちを真っ二つにしていただろうというほどの長さだ
全く気づかなかった、剣を振ったのも、物を切った音も、何も感じなかった
目の前の女性が本気で剣を振れば、自分たちなど一瞬で殺される
その事実に気づいた二人の顔を、冷や汗が流れていく
「もう一度言う、彼女達は俺の仲間だ、手を出すな」
「・・・ハッ!畏まりました!」
女のほうがそう答えたが、男のほうは硬直したまま動かなかった
――――――――――
「マキア!よくぞ帰った!」
集落のある洞窟の中、その中でも一番奥にあるテントの中で、豪快な声を出してマキアに声をかける人物がいた
テントと言っても一般的に想像する三角形のテントではなく、遊牧民などが使うタイプに近い
モンゴルの遊牧民族が使うゲル(平べったい円柱状のもの)が一番近いだろうか
その人物はマキアとそっくりな髪型で、同じく赤い色をしている
顔立ちはマキアがそのまま年をとって、顔に皺が増えたらこんな感じなんだろうな、という顔をしている
「親父!戻ったぜ!」
そのままガツンと拳をぶつけ合い(結構マジな音がした)、熱い漢の再会が果たされる
「元気だったか馬鹿息子!そうか元気か!ならいい!」
「はっはっは!馬鹿親父め!まだ何も言ってないぞ!」
「はっはっは!こまけぇこたいいんだよ馬鹿息子!一族置いてくようなヤツにはこれくらいで十分だ!」
「はっはっは!確かにそうだな馬鹿親父!いつまでも引きこもってるようなヤツとはその程度の会話で十分だ!」
「言うじゃないか馬鹿野郎!親父の恐ろしさを教えてやろうか?」
「へっ!引きこもりにやられるほど弱かねぇぞクソ野郎が!」
「んだとコラァッ!」
「やるかゴラァッ!!!」
ちなみに親子仲は悪かったようだ
ガルルと獣のような声を漏らし、お互いに睨み合っている
きっと漫画やアニメだったら、二人の間には火花が散っているに違いない
現実には両者の間ではなく、体から火花が出始めているが・・・
――――――――――
二人の馬鹿が言い争っている頃
アリサ達は客人用のテントに通されていた
男女別々のテントを用意されたのだが、特にやることもなかったので今は男性側のテントに集まっている
バスカーはもはやダウン寸前だったので、速攻で横になって休んでいるが
ちなみになぜか最初に出会った男女も一緒にいた
「炎鬼族も水を飲むんですね」
「ええ、体が炎になる以外は人間と大差はありませんよ
炎を食べることはできますが、腹が膨れたりはしませんし、喉も潤せません
暑さには強いですが、快適な環境にいられるならそちらのほうがいいんです」
女のほうがそう説明しながら、よく冷えた水の入った水差しをバスカーの横に置く
「まぁ魔法は火しか使えないからな、生活に不便が無いかと聞かれれば、不便は多いが・・・」
男がそうつけ加え、アリサのほうを向き直る
「・・・ところで、アリサ殿」
「・・・なに?」
「あなたは・・・」
「おう!戻ったぞ!」
男が何かを言いかけたところで、入り口から勢いよくマキアが入ってきた
どうやら父親と何かあったようで、全身ボロボロだった
「若、おかえりなさいませ」
「おう!親父とは話してきたぜ!」
肉体言語で、ということは言わないが、その場にいる誰もが言わなくても理解できた
話と聞いた女のほうが、マキアに声をかける
「奥技伝承ですか?」
「おう!明日からさっそくやるからな!
みんなも今日は泊まって行ってくれよ!約束通り美味い飯は出させるからさ!」
「若、それでは我々は準備のほうをしてまいります」
「あぁ!頼むよ!
みんなのためにとびっきりのヤツを用意してくれ!」
「かしこまりました、それでは失礼します」
「・・・失礼します」
男女がそう言ってテントを出て行く
完全に二人がテントの外に出たところで、グレイがマキアに問いかける
「・・・ところでマキア」
「ん?」
「若と呼ばれているようですが、あなたの立場は何なんですか?」
「ん?良い立場って言わなかったっけ?」
「どのくらい良い立場かと聞いているんですが・・・、お父様はどういう立場なんですか?」
「族長」
「そうですか・・・私の質問がわるか・・・族長!?」
一瞬理解できなかったグレイがそのまま会話を続けようとしてしまった
族長と言った時点でグレイ以外は驚いたのだが、グレイだけが一瞬遅れるという間抜けっぷりだった
「そうだよ、族長、言わなかったっけ?」
「聞いていませんよ・・・ということはマキアは次期族長というわけですか」
「いや、兄貴と姉貴と弟と妹が二人ずついるから、俺はあんまり関係ないよ、なる気もないし」
「どんだけ兄弟多いんですか・・・」
次々と明らかになるマキアの事情
実はマキアのことをあまり知らなかった一行は、宴会が開かれるまでマキアとずっと話していた
――――――――――
その夜、炎鬼族の宴会が開かれ、マキアの一人前を祝う宴は、盛大に行われた
アリサ達も一緒に楽しみ、それぞれがそれぞれに楽しんだようだった
マキアは自分は族長になる気は無い、と言っていたが、どうやらこの集落ではかなり期待されているらしい
その証拠にマキアの周りには常に人がいたし、集落の若い娘達は必死に近づこうとしていた
それを見てアリサ達がニヤニヤとしていたのは言うまでも無いだろう
そんな中で一人、宴会から離れていった人物がいた
――――――――――
「・・・ふぅ」
茶色の髪が風になびく
火山の麓であるため、灰を含んだ風が吹いているが、不思議なことに集落の近くでは灰が無かった
きっと何かの魔法が作用しているのだろうと思いながら、アレックスは一人、魔法学園がある方角を眺めていた
『アリサさんは消える』
数日前に言われた言葉が、アレックスの頭に浮かぶ
「消える・・・か・・・」
視線を集落に戻し、盛り上がっている宴会場を見る
人の大きさは顔も判別できないほどにしかわからないような距離だ
だがアレックスにとって、その中からアリサを見つけることなど難しくない
きっと彼なら、周りがどんな状況であってもすぐに見つけ出すだろう
「消させない、絶対に」
彼は詳細を語ることは無かった
話せば未来が変わってしまうから、という理由だった
「俺が・・・守る・・・絶対に・・・!」
決意の言葉は、風に乗って消えていった