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ソウケンと呼ばれた親子  作者: タリ
第四章「現在編」
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聖騎士の贈り物4

「はい、これ」


サリアはそう言って、一つの小さな箱を差し出した


差し出された相手である、グラハルトは怪訝な表情をしている


「・・・これは?」


ここは騎士用に備えられた宿舎の一部屋で、サリアが一人で使っている場所だった

かつてはアレックスも一緒に住んでいた


その部屋には今、サリアとグラハルトしかいない


茶会の後、グラハルトはすぐに最前線へ向かおうと言い出したのだが、さすがに全員に引き留められた


なのでサリアを含めた一部の精鋭部隊に、先行命令を出し、その時に一緒に向かうことになった


そういう理由で少し時間ができたので、グラハルトはこの国に来た本来の理由を達成しようとしたのだった


そのことをサリアに話すと


「・・・あぁ、そういえばそんなこと言ったっけ」


本人が忘れていた


どうやらそれほど重要な物では無かったらしい


グラハルトとしては、この時期にこの国に来るためだけのイベントだったかと考えたようだ


しかしそれを誰にも言わなかったので、急ぎ渡すと言われてしまった

なのでこうしてサリアの部屋まで受け取りに来たところという展開になっている


「昔あんたと会った場所で拾ったのよ

盗品かとも思ったんだけど、女の勘?ってやつであんたの物だと思ってずっと保管してたの

私としてはこれを使って、あんたを呼び出す道具程度に考えてたんだけど・・・」


まさにその通りになってしまった、というわけだった


恐るべきは女の勘ということだろう


グラハルトは箱を開き、中身を確認する


そこに入っていたのは何かの形を模したブローチだった


蛇が絡み合うような形で、歪んだ菱形を形作っている

上と下の頂点部分がわずかに伸びていて、中心部には犬のような生物をデフォルメした模様が描かれている


確かにこれなら「蒼犬」と呼ばれるグラハルトの物だと思っても仕方がない


「・・・俺のじゃない」


意外にもそれは蒼犬の持ち物では無かったようだ


サリアは知るよしもないのだが、実際問題としてグラハルトが何かを落とす、ということはありえない


グラハルトは空間魔法「倉庫アーカイブ」と呼ばれる魔法を使っている


これはようするにゲーム上におけるアイテムインベントリであって、何もしない限り、グラハルトの所持品は全て専用の別空間に存在している

術者が取り出すか、死なない限り永久的にそこにあるので、意識して落とさない限り絶対に落ちることは無い


つまりこれはグラハルトの所持品ではなく、あの場にいた誰かの所持品ということになる


「・・・だが、・・・もらってもいいか?」


「え?うん、まあもう5年近く前の物だし、別にいいと思うわよ

何かの魔道具なの?」


今度はサリアが怪訝な表情を浮かべる

一応は何かの魔道具かと思い、効果を確かめたことはあったのだが、何かの能力が見つかったわけでは無かった

そのためグラハルトが欲しがる、というのが不思議だったようだ


だがグラハルトにとっては、このアイテムは重要な意味を持っていた


何故なら、彼には見えているからだ


アイテムの効果や説明が、ではない


彼だけに見える、情報画面


そこにある一つの項目


クエストと表示されているその内容の一つ


「初代学園長の遺産」と表示された欄


それが進行された時に現れる黄色の点滅がされていた


「・・・キーアイテムだ」


グラハルトは一人呟いた



――――――――――



数日後、正式に命令が下された精鋭部隊、サリアを部隊長とした通称「聖壁部隊」が前線に向かっていた

グラハルトも部隊に混じって向かっている


蒼犬との共同作戦ということで、あるものは怯え、あるものは勝利を確信し、移動中は様々な感情が渦巻いていた


移動は少人数であったため、馬車を3台使った移動だった

立派とは言えないが、実用性を重視した頑丈な作りになっている馬車を、馬ではなく馬のような魔物が引いていた

馬じゃないのに馬車と呼んでいいかどうかは置いておこう


硬い木製で組まれた屋根付きの馬車は、鉄製の盾を鱗のように並べて側面を防御している

屋根には一際大きな人間程の大きさがある盾が、傾斜をつけて3つ配置されている

見た目だけならば、鉄製の魚のようだ


かなりの重量があるそれを引く魔物は、辛そうな雰囲気をまるで感じさせず、荷物の乗っていないカートを引くように軽々と進んでいく


一台あたり10人ほどが乗り込んでいるのに、たった一頭で引いているだから、どれだけ力が強いかわかるというものだ


これだけ重装備の馬車を引いている理由としては、魔物の侵攻に合わせるようにして、魔物達の終結地点に近い魔物達が活性化しているのが原因だった


終結地点がそもそも人里離れた場所で、街道や交易路からもかなり離れている

その場所にわざわざ向かうのは冒険者くらいなのだが、冒険者にとっても、そこを目指してまで行く理由が無いという場所だった


そういった理由があるため、魔物が終結しているということは世間には全く知られていない

それは逆に、前線に近づくにつれて無傷の魔物が多くなっていくということだった


この馬車はデュラン=マクスウェルが提案したもので、こういう事態や魔物達の中に突っ込んでいくことを念頭に作られたものだった


しかし残念なことに、この馬車がその本来の用途を達成することは無かった


理由としてはグラハルトだ


彼は馬車の中に入らず、先頭の馬車の屋根に陣取り、周囲を警戒していた


警戒していた、というよりも威嚇していた、と言ったほうが正解だろう


魔物が近づこうとするたびに、その強力な殺気を放って威嚇する


気の弱い魔物なら気絶してしまうし、気絶しない魔物は一目散に逃げていく


ある程度知識のある魔物はそもそも蒼犬を見た時点で逃げ出すという状況だった


そのため前線に建てられた砦に到着するまで、魔物による被害は一切でなかったのだ


本来なら3日はかけて到着するところを、わずか2日で到着できたのは彼のおかげだろう


そして精鋭部隊と呼ばれるだけあって、この部隊の人間はそれを正確に理解していた

そのため彼の殺気に当てられることなく、迅速に行動し、砦に着いてからはキビキビと行動できたのは流石といったところだ


部隊長であるサリアが乗り物酔いしていたこと以外は、素晴らしい部隊だった



――――――――――



砦の屋上


魔物達の軍勢が見える高い場所で、グラハルトはその光景を眺めていた


目の前に広がる光景は異質の一言だ


黒い海のようなうねりがそこにあり、森も、山も、何もかもを飲み込んで進んでくる


2日もしないうちに砦にぶつかるであろうその流れは、人間に止められるとは思えないほどに大きい


黒い海のようなそれが、本当に海であったほうがまだマシというものだ


その全てが魔物達の集まりだと思うと、背筋が冷たくなりそうな光景だった


抗うことのできない死の波


普通の人間であったなら、恐怖で逃げ出しそうな光景


グラハルトはその光景を、ただ静かに見守っていた


「・・・凄い光景ね」


グラハルトの後ろからサリアが声をかける


「・・・数だけさ」


「あっはっは、あれを見てそう言えるのはあんたくらいよ

大体戦争ってのは個人の実力より数で決まるのがほとんどよ?あっちは万を軽く超える数、こっちより遥かに多いわ」


「・・・勝つ必要がある、・・・勝てる理由だけ考えればいい」


「確かに・・・ね、あんたにはかなわないわねぇ」


グラハルトとサリアは、目の前の光景をどうにもできないと諦めたりはしない


グラハルトにいたっては本気でなんとかできると思っているし、事実なんとかできてしまうのだろう

そういう信頼をサリアは持っている


かつての彼の戦う姿を知っているものならば、彼が負けるシーンなど想像もできないから・・・


だからサリアは、余計なことを言わなかった


「・・・頼りにしてるわ」


たった一言のその言葉で、サリアは下に下りて言った


一人残ったグラハルトは、じっと黒い海を見つめている


「・・・頼り・・・ね、・・・アリサ以外で頼られたのは初めてか?」


フッと小さな笑いが聞こえた


目の前の悪夢とも言える光景を目の前に、世界最強の男は笑っていた




「・・・期待には答えないとな」




黒い海は、砦に向けてじわじわと接近していた

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