双犬(ふたついぬ)
「ソウケンだ!ソウケンが突っ込んでくるぞ!」
そう叫んだのは軽鎧を身につけた若い兵士だった。
荒野の真ん中で叫んでも、普段ならなんの意味も無い。
そう、普段なら・・・である。
「なっ!ヤツらがあっちについてたのか!
クソッ!読み方はなんだ!?」
「双犬だ!!!」
双犬と言った瞬間に、読み方を聞いた人物の顔は青くなった。
そして本来なら上官に連絡し、指示を待つという規律を破り、すぐさまに命令を下す。
「撤退だ!!!」
命令を下し、自身も退却を始める。
そして一人が動けば、周りの数人が動く、そしてその周りが動く、さらに周りが・・・
そう、この荒野には大勢の人間がいる。
最初の男と読み方を聞いた男は、その大勢のなかの一人にすぎない。
そして双犬と呼ばれる「二人組」を挟んで反対側には、やはり大勢の人間がいる。
そう、この荒野は戦場だった。
――――――――――
場所は変わり、先ほどの男達の上官がいる野営テント。
そこでまさにその上官は、部下からの報告に頭を抱えていた。
「よりによって「双犬」とはな、「双剣」と「蒼犬」を同時に相手しては勝ち目は無い・・・か。」
国のお偉いさんには責任を問われるだろうが、兵を無駄死にさせるわけにもいかない。
それもたった二人にやられたとあっては、今まで死んできたものに顔向けできない。
彼はそう言いたげな顔で、苦々しい表情のまま撤退命令を出そうとしていた。
「しょ・・・将軍殿!報告いたします!」
いままさに撤退の命令をだそうかとした時に、伝令の兵士が飛び込んでくる。
兵士は息を整えることもせずに、報告を始める。
「ソ・・・ソウケン・・・、ソウケンに突っ込んで行った部隊が!足止めに成功しています!」
「なんだと!?どこの部隊だ!?」
将軍と呼ばれた男は驚愕する。
彼が知る限りでソウケンを止められる存在など、伝説級の強さを持つ魔物くらいしか心当たりが無いからだ。
「ハッ!傭兵チームの一つであります!
チーム名は「地獄の番犬」!
「愛犬家」アレックス率いる傭兵チームです!!」
「アレックスだと!?ヤツらは今回後方支援だろう!なぜ最前線にいるんだ!」
「地獄の番犬」の「愛犬家」アレックスといえば有名な冒険者だ。
無類の強さをほこり、頭も非常にいい、見た目もワイルド系の惚れ惚れするような男で、まさに完璧超人である。
しかし世の中完璧な存在などいないわけで、ある欠点のほうが通り名になってしまっている残念なイケメンなのだ。
「愛犬家」が示す通り、アレックスは無類の犬好きであり、たとえ魔物であろうとも犬型かそれに近いものを可愛がろうとしてしまう。
その結果大概は惨事になってしまうのだが、見かねて仲間が助けようと相手を殺してしまうと、鬼のような形相で暴れまくる。
暴れなければ落ち込む、落ち込みすぎて「ダメだ、死のう」とまで言い出す。
それほどに犬好きな彼が、「蒼犬」と呼ばれる「彼」を気にしないわけがなかった。
過去に幾度も挑み、幾度も負け、それでもなお立ち上がる。
命が危険になったことも何度もある、だが彼は「愛犬家」なのだ。
その度に「俺は死なん!この世に犬がいるかぎり!!」といって立ち上がるほどの「愛犬家」なのだ。
「どうしてこう「犬」と名が付く奴らは勝手なのだ!
えぇい仕方ない!」
将軍は悪態をつきながらも指示を始める。
「前線三番隊と支援三番隊!それに魔法部隊の二番隊で「地獄の番犬」を援護しろ!
残りは部隊を再編成!「地獄の番犬」と「双犬」を中心に左右に展開!
ヤツらより前に出ないように前線を維持して迎え撃て!」
素早く的確に、なおかつ間違いなく指示をしていく。それは決して金や権力ではなく、実力で将軍という立場に着いた事実を証明するかのようだった。
だからこそ彼は、このあと起こる事態に心底呆れてしまう。
「ほ!報告!
将軍!逃げてください!
「蒼犬」が大魔法を!」
報告を受けた彼はあわてて天幕を出て戦場を見る。
そこにあったのは天を貫く光だった。
位置から考えても「彼」が光の発生源と見て間違いない。
そして光は彼の天幕まで余裕を持って到達できるほどの巨大さだった・・・
やがてその光は剣が振り下ろされるように、ゆっくりとではあるがしっかりと、雲を切り裂き大地に穴を開けんと迫ってくる。
抵抗の言葉すら無意味に思えるその光景は、破壊という言葉を使うには美しすぎた。
美しい光が迫ってくるのを見て、将軍は思わず笑ってしまう。
「ハハハ・・・、無茶苦茶だ・・・」