聖騎士の贈り物3
「その通りだ」
ある城の中の一室
高級な調度品に囲まれた部屋で、高級なテーブルと椅子で寛いでいた人物はそう言った
何を隠そうこの国の王である
彼は王としての威厳を放ちながら、会話の続きを始める
「デュラン=マクスウェルという人間がいる・・・正確にはいた、だな」
国王はそこで一旦話を止め、手元にあった上品な香りのする紅茶を一口飲む
その間を狙っていたかのように、騎士団長が話を引き継いだ
「我が国の頭脳と言ってもいい人間だ
素性に関しては極秘・・・それも最優先事項であって、この国では人の命よりも重い扱いを受けている」
険しい顔をしたまま、口をほとんど動かさずに話している
少し離れたら腹話術に見えそうだ
「ちょっと待った」
ペペン
扇子を鳴らした歌舞伎舞台が背景に見えそうな、ベストタイミングで割り込んできたのはサリアだった
誰も違和感を感じないくらい自然に、そして快活に、シリアスという言葉を場外ホームランしたような雰囲気で話しかける
「それ私が聞いたらまずい話じゃないかしら?
というか国外の人間に話すのもかなりまずいわよね?」
話す内容はそうでもなかったが・・・
「・・・かなりまずい内容だな」
国王が再び口を開くが、その表情は真剣そのものである
カリスマ、という言葉が似合うだろう
「しかし、二人には知ってもらいたいな
サリアは特に・・・な」
二人をじっと見つめる国王の顔は、悲しげな瞳を並べ、決意を秘めた表情をしている
顔だけでこれだけ複雑な表情ができる人間はそんなにいないだろう
「・・・聞こう」
グラハルトの言葉
国王はニッコリと微笑み、サリアは真面目な顔で黙った
――――――――――
デュラン=マクスウェル
彼の信念はただ一つだけだった
「自国の存続と発展」
シンプルで尚且つゴールの無い目標
思うに容易く、実行するに辛く、維持するになお辛い
やり方はいくらでもある
だが全てのやり方がどこか間違っている
正しいやり方など誰も知らない道のり
彼はその険しい道のりを歩くと決めた人物であった
そもそも彼は「人物」ではない
非人道的な狂気とも呼べる実験の元に産み出された、人造人間なのだ
ホムンクルス自体は、未だ研究段階であるとは言え、ある程度発展した一つの技術ではある
しかしそれはあくまでも、植物や動物、あるいは魔物といった人のような存在を使わない、何より人の形には程遠い存在の生成だった
ある程度人間の言葉を理解する知能は持つが、人間のそれとは比べ物にならない、動物がちょっと頭が良くなった程度
その分身体能力は融通が利くため、さまざまなタイプのホムンクルスが生み出されている
だがホムンクルスは生物として最大の欠陥があった
それは生命活動に必要な栄養素が、魔力だけという非常に効率的な構造であるというのに、その魔力を空気中から吸収する器官が存在しないという点にある
魔力を持った物質を体内に埋め込むといった方法や、近くにいる誰かが定期的に魔力を供給する、といった方法以外の解決策が存在しない
これは現在研究されているどのようなタイプのホムンクルスにも当てはまる
不思議なことにどのような組み合わせ、どのような構成、どのような過程を踏んでも同様になる
長年の研究が行われているというのに、未だに解明されていない謎の構造なのだ
理屈はわかっていないが、ホムンクルスとはそういう存在だった
しかし彼は違う
研究資料等は全て始末され、関係者も全て死んでいる
なのでどうやって生み出されたかはわからない
わからないが、彼は確実にホムンクルスだった
その証拠として彼には、ホムンクルスに必ず刻まれる黒い模様
「刻印」と呼ばれる、十字架に天使と悪魔の羽を簡略化したようなものが付いた模様があった
彼の後頭部、髪の毛で隠れて見えない肌には、確かにそれが刻まれていた
デュランはホムンクルス初となる、魔力吸収器官を持つ存在として生み出された
その代わり肉体的な能力は、普通のホムンクルスと比べてかなり低下したが、人間並みの強さは備えていた
何よりの特徴として、肉体の維持に大量のエネルギーを消費するらしく、人間と同様に食事をとる必要があった
もはやホムンクルスというよりも人間に近い存在であったのだ
だがホムンクルスとして生まれた彼は、人間として扱われることはされなかった
物として、人間の所有物として扱われていた彼は、捻じ曲がった性格になる・・・はずだった
一人の研究員が彼を「教育」したらしく、暴走することもなく、ただひたすらにその能力を高めることに成功した
そしてその能力とは
「知能」
人間でさえ難しい内容を次々に理解し、記憶していくその知能は、周囲を驚かせた
生まれてから5年も経つころには、賢者と呼ばれるような人物と対等に会話し、時にインスピレーションを与える
10年も経つころには誰よりも知識を持ち、逆に賢者とさえ呼ばれるようになった
やがて彼の能力は戦争に利用されることになっていく
的確に情報を整理し、尋常ではない速度でそれらを計算していく
やがて出される提案は、状況に最も適した作戦であり、戦争を勝利へと導いていく
状況に適しているというのは、その戦場で勝つか負けるかレベルではなく、大局を見据えた全体でのレベルで見ている
そのため例え分が悪い勝負であろうとも、彼の決断には誰もが従う
そういう暗黙の了解とも言えるものが、このころには出来上がっていた
事件があったのはそんなある日のことである
当時王位争いをしていた第一王子派と、第三王子派
デュラン自体はどちらにつくということはしなかった
彼からすればどちらも力不足であり、王たりえるにはどちらがなっても同じであったから
しかしある日、ある報告から彼は第一王子派に移ることを決める
その報告とは、魔物の侵攻という情報だった
おそらくそれは今すぐに起こるようなものではない
だがこの国に残る過去の文献や、王家に伝わる話からして、状況が似通っている
それに気づいたのは残念ながら彼だけであった
今この時期にこんな情報を流しても混乱するだけ、と判断した彼は、対抗手段をとるために準備を始める
彼が取った対抗策はいくつもある、そのうちの一つが王位継承争いの決着だった
彼からすればどちらが王になっても同じではあるが、その時が来たときに素直に従ってくれそうなのが第一王子だった、というだけの理由に過ぎない
しかしその理由だけで、彼は第三王子を殺害することを決めた
第三王子の策略を知った彼は、どうにか利用できないかと考えた
そのときにちょうど、蒼犬という人物を知った
蒼犬がこの世界に来てから間もない頃であったにも関わらず、彼はその生き方を調べ上げ、そして彼を理解した
理解し、そして利用することを思いついた
彼ならば、必ず自分の思った通りに行動してくれるはずだと・・・
そしてその考えは的中した
第三王子の策略の現場に到着してからは、何も手を出す必要は無かったと報告されたらしい
蒼犬は現場に着いた途端、全てを理解したように行動した
盗賊どもを魔物ごと全滅させ、見事なまでに第三王子を始末した
第二騎士団内にいた内通者まで殺してくれたのは、もはや感謝しそうになった
むしろその場に連れて行くまでが大変だったらしいが、それは彼の知るところではない
デュランの思う通りに事は運び、王位継承争いは決着する
そして魔物の侵攻に備える準備を着々と進めていった・・・
――――――――――
「・・・やはり・・・な」
全てを聞き終わったグラハルトが呟く
「気づいていたのか?」
国王が彼に尋ねる
グラハルトは控えめに頷く
「・・・あれだけ露骨に誘導されればな」
彼としては利用されているのをわかっていたのだろう、わかったうえで、利用されたようだ
「・・・ちょっと待って」
サリアが割って入った、先ほどと同じようにベストタイミングと言える絶妙の間取りだ
さっきと違うのは、その表情が真剣そのものということだろうか
「その話が本当なら、魔物の侵攻が起こってるはずよね?
そんな話は全く聞いていないんだけど?」
もはや王の前など全く関係ないように話す
意外にもこの話を聞いて取り乱すようなことは全くしなかった
落ち着いたように淡々と事実だけを確認している様子だ
しかし彼女の態度を見て騎士団長が不機嫌な顔をしているのだが、国王はそれを気にしていないようだ
「・・・いや、確実に起こっている
今はまだ遠方で、どこにも影響は出ていないようだが、確実に発生している
それも最近になって移動を開始した・・・という報告がある」
「念のために言っておくが、これは極秘事項だ
前線に砦を建設中だし、近々騎士団には出撃命令が出される予定だ
・・・全戦力を持って・・・な」
騎士団長が補足をする
「全戦力・・・?相手の規模はどれくらいなの?」
「・・・偵察の話によれば、・・・不明だ」
「は?不明?どういうこと?」
サリアと騎士団長の会話なのだが、他の人間は誰も口を挟もうとしない
「・・・大地を埋め尽くすほどの大群・・・としか報告できんらしい
数が多すぎて真っ黒な海のように迫ってくる・・・と言ったほうがいいか?」
「ちょ・・・ちょっとそれって・・・」
サリアが驚愕にひきつった顔を浮かべる、絶望という色を出しながら・・・
「国家の危機だ」
国王がはっきりと断言した
その表情には余裕など一切感じられない
目の前に迫る危機、という現実に必死に抵抗しているのだろう
だがしかし
国王は諦めていなかった
その目には確かな希望を見つけている
目の前に座る、たった一人の男をじっと見つめていた
「頼む」
国王は立ち上がり、グラハルトを見る
そして彼は
頭を下げた
一国の王が、王族でもないただ一人の男に頭を下げた
それはたった一つの願いのため、たった一つの国を救うため、たった一つの国に住む、大勢の人間を救うため
そのためだけにたった一人が頭を下げれば良いのなら、いくらでも下げよう
彼は本気でそう思っている
だからこそ、迷いなく彼は頭を下げた
この国を救える唯一の可能性に
グラハルトという一人の人間に
頭を下げたのである
「頼む、この国を救ってくれ!」
グラハルトは悠然と立ち上がる
椅子から立ち上がる間、国王は頭を下げ続けていた
ただ一言、彼が答えてくれるのを待つしかできなかった
だから彼は、グラハルトの言葉を聞いた瞬間、涙を流してしまう
グラハルトから帰ってきた答えは・・・
「・・・引き受けた」