聖騎士の贈り物2
ある王国の一室
無機質な灰色のレンガを積み上げた床と壁に、様々な装飾がされたいかにも王城の一室といった部屋
壁には一目で名作とわかる絵画がかけられ、国を表す紋章が描かれた垂れ幕がかかっている
テーブルや椅子なども職人が気合を入れて作ったのがわかる高級なものが揃えられ、調度品は華やかな輝きに気品を感じさせる
一つ間違えれば悪趣味な部屋になりそうなそれらは、完璧な配置によって嫌らしさを感じさせず、ただ高貴な気配だけで空間を満たしている
その部屋の中で長方形のテーブルに揃えられた椅子に座る5人がいた
この国の王とその妻、騎士団の団長とその部下、そして明らかに場違いな空気を出している一人の男
蒼犬と呼ばれるその男の名はグラハルトという
グラハルトは犬のような形状をした青い兜をつけている
王族の前で兜をつけっぱなしというのはかなり失礼なはずなのだが、周りの人物達は誰も気にしていないようだ
下顎にあたる部分がないため、メイドが運んできた紅茶をそのまま飲んでいる
国王も王妃も騎士団長もそれぞれが紅茶を飲んでいる
一人だけプルプルと体を震わせながら、何かを溜め込んでいる人物がいた
彼女の名前はサリア=エルトリア
世界でも有数の強力なパラディンとして有名な彼女は、体を震わせて一気に溜めたものを吐き出した
「きーっ!!!く・や・し・いいいぃぃぃ!!!
私というものがありながら他の女にウツツを抜かすなんて!」
「サリア、王の御前であるぞ」
国王の前ということも忘れて騒いでいるサリア
両手で頭を左右から抑え、ブンブンと振り回しながら唸っている
「ちっちゃいころはお母さんお母さん言ってずっとついてきた可愛いアレックス・・・
私のアレックスが・・・こんな・・・こんな・・・蒼犬の娘となんてっ!!!」
「・・・それはこちらの台詞だ」
ちなみに先ほどまで、グラハルトがここに来た経緯を話していたようだ
何がどうなってアレックスの告白のことを話したのかはわからないが、その話の途中からずっとこんな感じなようである
サリアは涙目になりながら蒼犬を睨み付ける
「あああんたに何がわかんのよ!あの子は私がっ!大事に育てて・・・っ!」
「・・・そのまま返そう」
涙目になっているのに鷹のような鋭さを失わないサリアの視線
兜の隙間から見える恐怖を連想させる鬼のようなグラハルトの視線
二つが中空でぶつかり合い、火花を散らしているような錯覚が見える
二人のこの状態に効果音をつけるとするならば、おそらくズゴゴとかゴゴゴゴゴとかが正しい
背景にはきっと火山の噴火とか雷が鳴っている画がぴったりだろう
「ふふふ・・・」
サリアは唐突に俯いて、髪の毛で顔が見えないような状態になる
ゆらり・・・というような立ち上がり方で椅子から立ち上がり、体ごとグラハルトのほうを向く
幽霊のようなその姿ははっきり言って怖い
「いいわ、子供の決着は親で着けてやろうじゃないの」
ギラリと光るような視線をグラハルトに向けてそう言う
一体どういう考えでそこに至ったのかは彼女しかわからないが、何かの決着をつけるつもりのようだ
「勝負よ!蒼犬!」
ビシィッ!という擬音がきっと正解なのだろう
指をピンとはってグラハルトに突きつけ、今すぐにでも戦いを始めようとしている
グラハルトはそれに対して・・・
「・・・だが断る」
華麗にスルーした
「ちょっと!ここは普通望むところ!とかこっちの台詞だ!とかじゃないの!?」
普通はそうなんだろう
グラハルトが普通ではないということは、今更語る必要もないのだろうが・・・
「・・・パラディンとタイマンなんぞやってられん」
ちなみにこれはグラハルトの本音である
グラハルトの考えとして説明をしておく
グラハルトの知りえるパラディン、しかもその中でも防御特化、というのは非常にやりづらい
彼の職業は3種類の戦闘スタイルを駆使した柔軟な対応が可能になる職業だが、その分特化した職業には敵わない
だが普通は相手が苦手とする分野での戦闘が可能になるため、一対一に限って言えば一方的な勝利も珍しくない
魔法を使う相手には高速の剣技で、防御タイプには強力な魔法で、前衛タイプには防御重視のカウンター狙いで
しかしパラディンは違う
文字通り防御特化のパラディンとなるとそう簡単にはいかない
魔法は止められ、攻撃は防がれ、カウンター狙いの相手にカウンターを狙うのは難しい
少なくともグラハルトの前世において、防御特化パラディンを切り崩せた記憶はほとんど無い
倒された記憶も無いとはいえ、勝負のつかない勝負になるのは目に見えている
そんな勝負をわざわざやってはいられない・・・という意味だった
・・・が!
残念なことにそれを理解できる人間は少ない
恐らく理解できるのはアリサか学園長あたりの、付き合いの浅くない仲間だけだろう
そしてこの場にはその二人はいない
となれば当然、その話を勘違いしてしまう
特にサリアは
「な!パラディンを馬鹿にする気!?昔の私と一緒にしないでもらいたいわね!」
どうやら完全に勘違いしたようだ
彼女としてはこう聞こえたことだろう
「俺がパラディンと一対一?ハッ、わざわざ雑魚一人相手にしてられるかよ!」
もはや別人の発言だが気にしたら負けだ
とりあえず挑発と受け取ったということだけは理解してもらいたい
拳を握り締め、痛いくらいの視線を向けるサリアに声をかける勇者はその場にいなかった・・・
「落ち着けサリア」
わけでもなかった
騎士団長が落ち着いた雰囲気で話しかける
「団長!」
「落ち着け、馬鹿にしたわけではないだろう?」
どうやら彼はグラハルトの言葉を理解できるタイプの人間だったようだ
「あ、そうなの?」
ちなみにちょっと馬鹿な国王はわかってなかったようだ
「おほほ」
王妃は笑ってるだけだった
ちなみにこの人最初から今まで一切発言していない、にこにこ笑ってるだけだ
「グラハルト殿、せめてもう少し理由を話してやってくれないか?」
騎士団長に促され、グラハルトはゆっくりと話す
「・・・防御特化パラディン・・・しかも高レベル、・・・俺は決め手に欠ける
・・・戦時ならともかく・・・そんな理由でお前とはやりたくないな」
ちなみに前世のグラハルトはパラディン属するホーリーナイト系最高職業「ゴッドブレス」のレベル150、その防御特化と真剣勝負をしたことがある
そのときは3時間かけても全く勝負が動かず、6時間経過したところでお互いの集中力が切れてぐだぐだに、12時間が経過したところで両者が寝落ちして終了となった
さすがにそんな思いはもう二度とごめんだと、グラハルトはそう思っているので、パラディンとのタイマンなどやりたくないのである
「え・・・?それって・・・?」
サリアとしては意外な高評価を受けていたことに驚いてしまう
グラハルトはそれに気づいたのか、さらに言葉を続ける
「・・・昔と違うのはすぐに気づいた、・・・今なら・・・弱いとは間違っても言えないな」
世界最強レベルの存在からの褒め言葉
しかもかつて自分が敗れた相手からの言葉は、サリアにとって衝撃だった
自分を認めてもらえた事実が彼女に感動をもたらす
自分の生き方が間違っていなかったと言ってもらったようなものだ
あれ以来、守るということに固執してきた
目の前にいる全てを守るように生きてきた
目に映る全ての人間を庇うように戦ってきた
人間だけではない、そこにいるなら人間でも動物でも、時には魔物でさえも守ったことがある
守る必要のないような悪人でさえも守った
自分では敵わないような強大な敵を前にしても、仲間を見捨てて逃げたりはしなかった
自分はいつでも一番最後に逃げた
自分が生きている限り、誰一人として死なせたりはしなかった
目の前に迫る「死」を前に、自分は必死に対抗してきた
その全てが正しかったと、今なら言える
否、言ってもらえたような気がする
目の前にいるただ一人の男が、その全てを認めてくれたような気がする
サリアにはもう、グラハルトを敵として見ることはできなかった
「・・・ありがとう」
呆けたような表情で、サリアはそれだけを言った
――――――――――
「さて、本題に入りたいんだが」
国王はそう切り出した
その顔は先ほどまでのちょい馬鹿をした間抜けな表情ではなく、国王としての威厳を放つような表情をしている
なぜか王妃まで笑顔をやめ、真剣な顔つきで蒼犬のほうを見ている
「・・・5年前について・・・だな」
グラハルトの言葉に、騎士団長は顔をしかめる
何かを知っているような表情だが、硬く結ばれた口から言葉を得ることはできないだろう
「5年前・・・?それはいったい・・・?」
サリアだけが何もわかっていない様子で、困惑した表情のまま疑問を口にする
それに対して国王は、ゆっくりと説明しはじめた
「5年前・・・第三王子がサリア含めた第二騎士団が襲撃された事件
・・・蒼犬によって結果が劇的に変化した事件、つまりサリアがサリアになった事件のことだ」
「・・・どういうことですか?」
サリアの表情は厳しくなっていき、鷹のような視線が国王へと向かう
「サリア、まずは話を聞け
・・・あと国王を睨むな」
騎士団長がサリアを諌めるように促す
サリアはなんとか感情を押さえ込んだようだった
ちなみに国王は顔こそ変わっていないが、大量の冷や汗をかいたようだ
マントに隠れた服の背中部分が、汗で色が変色している
それを察したわけではないのだろうが、グラハルトが言葉を繋いだ
「・・・俺は利用された、・・・というわけだな?」
グラハルトの発言は、サリアだけでなく、その場にいた全員を驚愕させた・・・




