死神の取引5
グラハルトという人物は、以前生きていた世界においてはごく普通の人物だった
普通の学生として生き、不良にこそならなかったが学生時代特有のバカを普通の範疇でやっていたし、普通に勉強してそこそこの大学にも行った
そこそこの会社に内定が決まり、そこそこの業績を挙げてそこそこの給料をもらい、裕福でも無いが不自由しない程度のそこそこの生活を繰り返していた
普通、ごく普通の一般人、マンガやアニメなら通行人Aとかで済まされるレベルの人間だった
定時には仕事も終わるが、彼女がいるわけでも、毎日飲みに行くわけでも、通いたいほどの何かをやっているわけでもない彼はとにかく暇だった
暇をもてあまし、休みの日など寝ている時間のほうが長いくらいに暇だった
無限進化の世界をやり始めたのも暇潰し程度の理由しか無かったし、その切っ掛けも大学時代の友人に誘われたからというだけに過ぎない
インターネットは見るが好きだったわけでもなく、ネットゲームは金を払ってまでやりたいとも思わなかった
ゲームを始めたころは新しい感覚に興味を持ちはしたが、すぐに普段の生活の一部として定着してしまったために、感動など特に感じることもなくなった
最初に選んだ職業は僧侶
やりたくて選んだわけではなく、友人が剣士を選んだので、特にやりたい職業も無かったから友人を支援出来ればと考えての選択だった
やり初めて三ヶ月もたつころには、友人も自分もレベル100近くなっていたし、顔を知らない友人も出来ていた
「転生」アップデートが実施されたのは、そんな時期だった
最初は気にしていなかったし、上位職業は気になるがもっと情報が出揃ってからのほうが懸命だと、レベル上げもめんどくさいからと、率先してやろうとはしなかった
友人達は気になったようだが、彼らがやるなら一緒にやろうかな程度の考えしか無かった
転機はこのあと、友人のある発言から始まる
「俺引退するわ・・・」
スポーツ選手のような言い方だが、終わり方が個人の判断に委ねられるネットゲームにおいては辞めることを引退と言う場合が多い
つまりこの発言は無限進化の世界を辞めるという意味だった
「・・・なんでよ?せっかく転生までもう少しのとこまで来たじゃんか」
当時のグラハルトは友人を引き留めるようにそう言う
「いや、いい加減リアルが厳しくなってきたからさ
・・・俺もうすぐ結婚するんだ」
リアル事情・・・というパソコンの画面越しには見えない情報、そして画面越しでは干渉できない個人の絶対領域
「・・・装備品とかはお前に全部やるよ
こないだ魔法剣士が見つかっただろ?あれで俺魔法使い系の装備品も揃えたから、僧侶にも使えるもんいっぱいあるぜ」
それから・・・と会話を続け、二人は最後の日までずっと話し合い、ずっと一緒に行動した
やがて最後の日を迎え、友人が最後のログアウトをした、二度と見ることの無い友人のキャラクターを目に焼き付けたグラハルトは、友人の勇姿を忘れないために、転生して剣士を目指すことを決めた
その後は必死だった
魔法剣士になりたいと言っていた彼の言葉の通り、剣士を経て魔法使いになった
パーティーは中々参加できなかったが、以前からの友人達が事情を知っていることもあって協力してくれたので、わりと簡単に魔法使いのレベル50近くまで来れた
明日には転職して魔法剣士だな、と考えていたときに、引退した友人から連絡があった
とりとめの無い普通の会話をしたあとで、当然のように話題はゲームの話になる
「その後どうよ?がんばってる?」
「・・・あぁ、お前がくれた装備品のおかげで助かってるよ
明日には魔法剣士になれると思う、復帰するなら触らせてやってもいいぞ?」
「はっはっはっ、嬉しい話だがこちとら今度生まれる子供の準備で手一杯、そんな暇ねぇよ!
それよか魔法剣士ってまさかオレの後を・・・なんて発想か?」
「・・・まぁな、とはいえキャラ作り直しも面倒だったから、僧侶からの転生だけどな」
「あぁ、だったら一つ頼みたいんだけどいいか?
魔法剣士になりたいっては言ったけどよ、こないだ発見された職業知ってるか?」
「んー、確かルーンナイトとかいうヤツだっけ
まだ全然情報揃ってないみてーだけど・・・」
「それそれ、公式の絵も発見に合わせて公開されたじゃん?あれ超かっけーんだけど」
「おいおい、頼みってそれか?
ありゃ転職がめんどい・・・ってオレほとんどクリアしてんぢゃん」
「そゆこと、どうよ?」
「どうよ?ぢゃねーし、やるのは俺ッスよ
・・・やるけどな!」
「さすが!今度飲みに行こうぜ、そんときに詳しく聞かせてくれよな!」
「うぃっす、土産話分は支払いさせるからな?」
「そのくれー払わせていただきやすぜお代官様」
とりとめのないいつもの馬鹿な会話、話す場所がパソコンの画面越しから電話越しに変わっただけで、相変わらずの友人の頼みを聞き入れる
ルーンナイトを目指す、これがグラハルトがルーンナイトでレベル150になることを決めた理由だった
その後は顔の知らない友人達に事情を話し、無理だからやめとけとか道のりが長すぎるとか必死に説得された
だがそもそも時間はたくさんあるし、彼らが今までたくさん手伝ってくれたからこそ、ここまで育った自分のキャラ、それに対して妥協をしたくないんだと、逆に説得しかえした
熱い心を持っていたわけではないが、彼らは心を打たれたし、グラハルト自身も決してそんな自分が嫌ではなかった
切欠が友人からの頼みであったとはいえ、自分のキャラである以上その成長は自分で決めて進んでいける、その成長の道を自分で決めたという事実が、ただ暇を持て余していた自分の心に何かを植えつけたようだった
友人達はそれならばとこぞって協力し、自分の成長なんてそっちのけでグラハルトに協力した
魔法使いで最大レベルを達成し、転生して再び剣士を経てホーリーナイトになってからも一緒にいてくれた
最後の転生をするときなんてお祭り騒ぎに近い状態だったし、目出度くルーンナイトになるのにあとは転職試験だけという日には、今まで手伝ってくれた仲間達が全員集まってくれた
グラハルトはそこまできてようやく、大事な事に気づく
仲間とは何か、協力とは何か、オンラインゲームとは何か
これはきっとゲームとか、パソコン上の付き合いとか、そんなことは関係ない
人と人との繋がりが、どんな顔をしているとか、立場とか仕事とか一切関係なく繋がることのできるこの奇跡が、素晴らしいものだったのだとここにきて気づいた
彼らのためにも、自分はこの職業に胸を張って育てていく責任がある
今までの人生のように、ただ暇潰しのために何かをやるわけではない
自分で決めた何かを、仲間と共に最後までやり通すことがこんなにも楽しいことだったんだと知った
そして彼はルーンナイトとしてレベル150を達成するために、毎日たゆまぬ努力を続けた
そしてとうとうレベル150も現実的に思えてきたある日のこと・・・
――――――――――
「ボス狩りツアーやらん?」
顔を知らない友人の一人がそう提案してきた
彼はこのゲームのわりと初期からいる人間で、アップデートの度に右往左往してきた実力派・・・という言い方が正しいのかどうかはわからないが、とにかく昔からいるため持っている装備品もキャラクターも何より知識の量が半端ではない
「ボス狩りって・・・どこまで?」
「全部(笑)」
「全部てw時間沸きとかめんどくせーw」
「さすがwwwww」
パソコンの画面には友人達が文字による会話を続け、無節操にそれぞれが意見を述べている
「ほら、グラさんがもうすぐ世界初のレベル150達成しそうじゃん?
軽く計算してみたらボス全部倒した経験値と残りの必要経験値が大体同じような数字だなー思たからさ、どうよ?」
軽く計算とは言うがこのゲーム、細かいアップデートが何度もされているため、ボスキャラと呼ばれる普通のモンスターより強いモンスターの数も半端ではない
即沸き、時間沸き、イベント限定など種類はさまざまだが、その全てを倒すとなるとかなり根気がいる
特にレアなアイテムを落とす可能性があるボスキャラは人気だったし、出現時間を正確に把握しているグループが常に倒しているような状況だ
そんな中での全撃破は並大抵の努力ではできない
・・・が、グラハルトはそれに対して興味を持ってしまった
「いいね!やろうか!」
「ちょwwwまじかよwww」
「おいぃ!どんだけだ!貴様の血は何色だーーー!」
「よしきたwさっそく簡単なやつから行こうぜw」
彼らはなんだかんだ言いながらも協力してくれることをグラハルトは知っている
どうせなら彼らのためにも最後は派手に行こうと思っていたのだ、この提案はなかなかいいアイディアだった、どうせなら最後のボスでレベル150達成が一番いいのだが・・・などとも考えてしまう
結局彼らはボス狩りツアーを決行し、世界中のボスキャラを求めて長い冒険を始めた
グラハルトがレベル150になるまで・・・あと少し・・・