「彼」について3
蒼犬についての語りはこれで終わりです
「あ゛ぁ!?「ヤツ」について話せだぁ!?」
いきなり立ち上がりながら荒い言葉使いをするのは冒険者・・・というより盗賊と言ったほうが似合いそうな、騎士の鎧を纏った巨漢の男だった。
鼻息を荒くしながら鬼のような形相でこちらを睨み付け、緑の髪を逆立てている・・・
いや髪型はもともとそういう状態だったのだが、今の状態ではさらに逆立っているように見える。
「あの「野郎」の話なんざしたくもねぇ!帰りやがれ!」
「まぁまぁ、悪いようにはしませんので。
あ、これは差し入れですので皆さんでどうぞ。」
そういって酒と高そうな菓子を差し出した男はアルドラだった。
暑い季節だというのに茶色のスーツをぴっちり着て、汗ひとつ流さないでいる。
目の前の男は暑さのせいなのか怒りのせいなのか、汗をだらだら流しているというのに。
「・・・ちっ!少しだけだぞ!」
そう言いながら彼は警備兵の詰所、その奥に入っていく。
信じがたいことに彼は騎士なのだ。街を守る警備兵、しかも部隊長という立場についている。
見た目は巨漢でひげ面の熊かと間違うような顔立ちだと言うのに・・・
奥のテーブルと椅子がある部屋に通され、ドカッという音がしそうなほどの(実際にした)勢いで椅子に座る。
その際に椅子から軋む音が聞こえたのは空耳では無いだろう。
「・・・最近「野郎」のことを調べてるヤツがいるって聞いてたが・・・テメェだったか。
俺に何を聞きてぇんだ?」
鋭い視線がアルドラに向けられるが、掘りの深い顔に人の良さそうな笑顔をはりつけたままで彼は臆することなく話し始める。
「・・・「彼」はなかなか破天荒な人物のようですな。
それも自分勝手で、勘違いも多く、何より強い。
・・・信じがたいほどに。」
顔は笑顔のままで、雰囲気だけが真剣なものに変わる。
「・・・そうだな、強い。強すぎる。
騎士団を総動員しても勝てるところが想像できねぇ・・・」
「・・・「彼」は何者で、何をしようとしていて、何のために生きてきたのか。
私はそれを知りたいのですよ、「彼」の「根本」とも言える部分をね。」
巨漢の騎士は眼光をさらに鋭くし、熊が獲物を狙うようにアルドラを睨む。
今の彼を見た人は、彼のことを冒険者でも盗賊でも騎士でも無いと言うだろう。
・・・熊と答えるにちがいない。
「・・・・・・俺が第一発見者・・・ってことくらいわかってて聞いてんだろうな?」
「当然です。」
熊と中年のにらみ合い、端から見たら今にも食われそうなアルドラはしかし、熊以上に真剣な顔をして答える。(といっても笑顔だが)
「・・・」
「・・・」
にらみ合いが続き、根負けしたのは熊、もとい巨漢の騎士だった。
「・・・俺が最初に「野郎」を見たのは・・・もう5前になるか。」
巨漢の騎士は思い出すようにぽつりぽつりと話し始めた。
「最初に見たときはたまげたなぁ、人間とは思えねぇスピードとパワーでドラゴンをぶっ飛ばしてたんだからよ。
ありゃ誰だってびびるぜ。
こっちはそのドラゴンを調査して追い払う任務だってのに、結局倒しちまうんだから更に驚きだ。
見た目は今と大差なかったぜ、鎧は蒼だったけどよ。」
巨漢の熊・・・ではなく騎士の話を、アルドラは聞きのがすまいと静かに聞いている。
「ドラゴンを倒したらこっちに気づいてよぉ、「ここはどこだ?」とか言いやがる。自分がどこにいるかもわかんねぇヤツがドラゴンを倒すなんて話は聞いたこともねぇ。」
「彼」に関する話はそんな話ばっかりだ、と思っても口には出さないアルドラ。しかし目は口ほどにものを言う。
彼からは呆れた雰囲気が伝わってくる。
「こっちとしちゃありがてぇヤツだからよ、街まで連れてきてやったさ。
今思えばそれが間違いだった!あいつはあの場でぶっ殺しとくべきだった!」
グルル・・・と唸り声が聞こえそうな表情で語っているが、その顔はもはや熊でさえ逃げ出しそうな勢いだ。
「殺しておけば!姫様に会わなかった!姫様が惚れたりしなかったっ!姫様がフラれたりしなかったっ!!姫様が涙なんて流さなかったっ!!!」
「・・・は?」
「だから!あいつはドラゴン退治の褒美で!会ったの!国王と姫様に!
そんで惚れちゃったの!姫様がっ!あの「野郎」に!!
しっかっもっ!!!
あっのっ「野郎」はあああああああぁぁぁ!!!」
怒りが沸点に達したのだろう、無駄に気迫とか気合いとかなんかその辺の色んなものを放出しながら怒りの咆哮をあげる熊。
その咆哮で空気が震えているのは気のせい・・・とも言えないほどに強烈なものだ。
まさに魂の叫び・・・。
「フリやがった!
姫様を!
「好みじゃない」とか言いやがった!
姫様だぞ!?
100人いたら100人が振り向くどころか崇めちまうような絶世の美女だぞ!?!?
あああのやあああらああぁ!!!」
・・・その後暴れだした熊を止めるために、騎士団が派遣されたという・・・。
次回からは現在編・・・と見せかけてまだまだ読み切りが続きます