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ソウケンと呼ばれた親子  作者: タリ
第三章「入学編」
33/96

まだ見ぬ終わりの約束

「・・・アリサ」


壊れたドアの向こう側にはアリサが立っていた


睨むような視線をグラハルトに向け、口を強く結び、言い出す言葉を必死に探している


「・・・」


グラハルトは何も言わず、ただアリサを見つめている

優しい瞳が無表情の顔に張り付いていて、どこか悲しそうな雰囲気を出している


「・・・いなく・・・なっちゃうの・・・?」


アリサはやっとの思いでそれだけ言った


本当ならそんな言葉は言いたくは無い、答えてほしくない

言ってしまえばグラハルトは必ず答えてくれるから、答えてくれれば、今の言葉が真実だとわかってしまうから


そしてグラハルトは、誤魔化すことはあっても嘘を吐いたりはしないから

そしてアリサは、グラハルトのわずかな変化で何を考えているかわかってしまうから


質問をした時点で、自分が一番聞きたくない答えが来ることがわかりきっているから・・・


だからアリサは言いたくなかった


「・・・ああ」


そしてその通りにグラハルトは答えた


「ッ!」


アリサは顔を歪め、涙をいっぱいに浮かべる


わかっていても聞きたくない言葉を聞いてしまった


やり場の無い悲しみに襲われ、自分を保つことができない


アリサは駆け出した


「アリサ!」


アレックスが声をかけるが聞こえていない


どこに向かったかもわからない


床に着いた涙の跡だけが彼女のいた痕跡を残している


「アリサ・・・

グラハルトさん、申し訳ないですが・・・」


「わかってる、・・・すまん、アリサを頼む」


アレックスはアリサを追って部屋を飛び出していく


グラハルトはその後ろ姿を見ながら呟いた


「・・・悪いなアリサ・・・やはり俺は・・・」


俯いたグラハルトの視線の先は血を吐いたはずの床を見ている


その床に広がっていたはずの血はいつの間にか消えていた・・・



――――――――――



「アリサ!」


アリサは街の外壁の上から外を眺めていた


かけられた声に振り向けば、アレックスが息をきらしてこちらを向いている


「はぁはぁ・・・

やっぱり早いな、追い付くのが大変だよ

ふ〜、隣いいかい?」


何も言わずに前を向き直り、街の外を眺める

夜の空には美しい月が孤独に浮かび、月に照らされたアリサの姿が暗闇に浮かんでいる

涙を浮かべた憂いの表情は一枚の絵画のごとく美しく、アレックスはその光景に見とれてしまう


「・・・何の用?」


アリサの声が響く


「・・・泣いてたからね、放ってはおけないよ」


アレックスが返す


アリサは変わらずに、ただそこに立っている


「ショック・・・だったとは思う

ごめん、正直に言えばよくわからない

俺は親がいないから、親を失う苦しみはわからない・・・」


「・・・親が・・・いない?」


「うん、俺は戦災孤児なんだ

生まれてすぐに戦争に巻き込まれて両親は死んだらしい

たまたま師匠が見つけてくれて、そのまま育てられたんだ」


アレックスの言葉にアリサが反応する

自分と似たような境遇の相手が語る話は、真っ直ぐに心まで届く


「・・・そうだな、師匠が同じことを言ってたら同じことをしたかもしれない

でも・・・」


「でも?」


「まずは、知りたい

なぜそんなことを言ったのかも、なぜ自分に黙っていたのかも、なぜ今になって話したのかも・・・

俺は師匠を信じてる

だからきっと、何か意味があって何か考えがあるはずだから

それを俺は知りたい」


「知りたい・・・」


「・・・だから・・・教えてくれないか

今までの二人のこと

今までの・・・いやアリサのことを」


「・・・」


アリサを月を見上げ、すっと目を閉じた


「・・・私は・・・」


アリサは自分のことを話し始める

今までのことを一つ一つ確認するように・・・



――――――――――



「そうか・・・」


話し終わるころには二人とも座り込んでいた


外壁に寄りかかり、虚空を眺めていた二人は夜の街並みに目を移す


「・・・これで全部」


「・・・うん、そっか」


アレックスは余計なことは言わない


彼女の人生を評価するのは簡単だし、大変だったの一言で済ませるのはもっと簡単だ


だが彼は言わない

言ってしまえばそれまでだから

彼女の人生は言葉で片付けられてしまう程度の価値になってしまうから

言葉にできない何かを、一生失ってしまう気がしたから・・・


だからアレックスは、「過去これまで」のことには何も言わずに「未来これから」のことを話し始めた


「なぁ、アリサ」


立ち上がりながら腰に挿していた短剣を引き抜いた


「この剣はさ、師匠が俺にって買ってくれた最初の剣なんだ

今使ってるヤツは自分で金を貯めて買ったヤツだけど、こいつのほうが付き合いは長いんだ」


何の飾り気も無い短剣は大分使い込まれている

柄はボロボロで刃は欠けているし、よく見れば細かいヒビがあちらこちらに見られる


「もういつ粉々になってもおかしくないんだけどさ、不思議なことに今までずっと壊れなかった

・・・壊れないって信じるようにもなってた

・・・でも、違うん・・・だっ!」


最後の一言とともに、アレックスは思いっきり地面に短剣を叩きつける


「何を・・・?」


金属が砕ける甲高い音を出しながら、短剣は見事に砕けた


咄嗟のことにアリサは呆けているが、アレックスは悲しそうな顔で話を続ける


「・・・いつかはこうなってた、たまたま今日だっただけだよ

・・・明日は・・・俺がこうなっているかもしれない

俺達はそういう世界に生きているんだ」


真っ直ぐに、ひたすらに真っ直ぐに言葉を放つアレックス


「この短剣は壊れないと思ってた、でも現実にはこうして粉々だ

無くならないと思ってたものが、明日には無くなってるかもしれない

・・・物ならまだいい、・・・それが人だったら・・・グラハルトさんだったら・・・

だから、帰ろう

明日は来ないかもしれないと悲しむより、明日が来るように今行動しよう

グラハルトさんがなぜあんなことを言ったのか、聞きに行こう!」


真摯な言葉は時に魂まで響く


アリサにはしっかりと響いたようだ


「・・・うん!」


二人は宿に向かって歩き出した・・・



――――――――――



「・・・おかえり、・・・アリサは寝てるのか?」


「ええまぁ・・・、疲れてたみたいで・・・」


アレックスに背負われたアリサは静かに寝息をたてていた


結局帰り道で寝てしまい、こうして宿まで背負われてきたようだ


「・・・ちょうどいい

アレックス、お前にだけ話しておきたいことがある」


「俺にだけ・・・ですか?」


アリサをベッドに下ろしながらアレックスはグラハルトのほうに向き直る


「あぁ、とりあえずニヤけすぎだ

また殴るぞ」


フッと笑いながらそう言うが、本物の殺気が出ているので洒落にならない


すぐに顔を引き締め、椅子に座ったアレックスは悪くないと思う

誰だって痛い思いをしなくていいならしない方法を選ぶハズだ


「・・・真面目なヤツだ」


「いやマジで死ぬかと思いましたよアレは」


笑い合う二人の顔はやがて真剣なものに変わっていく


グラハルトは話の続きを語り始めた


「・・・俺がいなくなったあとのことを、お前に頼みたい」


「それは・・・」


「もちろん今のままじゃダメだ、言った通り俺より弱いヤツには任せられん」


「だからそれ世界最強ですって、人間の領域超えてますって、俺には・・・」


「できるさ、アリサと一緒なら・・・な

世界最強になればいい、人間の領域なんて超えればいい、出来ないと言うヤツには・・・一生できない

出来ると信じてるヤツだけが、信じて鍛え続けたヤツだけが出来る」


グラハルトはいつの間にかアリサを見つめている


優しく、強く、温かく・・・


長い付き合いではないが、アレックスにはその目が様々な感情を含んでいるのがわかった


「・・・何より、俺がお前を信じたんだ

・・・お前なら・・・きっと・・・」


「グラハルトさん・・・」


アレックスはグラハルトを正面から見て、心からの本音を返す


「グラハルトさん、俺はあなたがいるうちに必ずあなたを超えます

あなたが心置きなくいなくなることができるように、あなたが心配する必要が無いくらいに、アリサが・・・涙を流す必要が無いくらいに!

だから・・・だから・・・!!」


「・・・楽しみにしてる」



――――――――――



(お父さん・・・私・・・強くなるから

お父さんがいなくても生きていけるくらいに・・・!)


寝たふりをしていたアリサは新たな決心を胸に秘めた


寝たふりを知っているアレックスだけが、彼女の手が強く握りしめられていることに気づいていた・・・


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