結果はフルボッコ
「どうしてこうなった」
そう言いながら必死に走っているのはアレックスだった
彼は今非常に厳しい状況にいる
どんな状況かと言えば・・・
「ぬあぁっ!?ちょっ!グラハルトさん!
死にます!死にますって!っていうかどんだけ本気なんですか!?」
高速で飛んでくるグラハルトの斬撃をあらゆる手段でもって全力で回避していく
右から左から、上からも来れば正面からも来る
その速度は本気でやっているのがわかるほど速い、・・・つまり殺す気ということだ
今の状況を説明するならば、アレックスはグラハルトに殺されそうになっている
「・・・弱いヤツにはやれん」
と言うグラハルトなのだが、明らかに殺す気でなんなら存在そのものを無かったことにしようとしている雰囲気さえ感じられる
「・・・少なくとも・・・俺よりは強くないとダメだ」
「いや!それ!世界!最!強!です!から!!!」
言いながらとんでもない速度で何度も振るわれる剣を、いっぱいいっぱいながらも紙一重でなんとか避けていくアレックス
話していた店はもはや遥か遠くになってしまっていて、大通りを駆け抜けながら大立ち回りを繰り広げているのだが、蒼犬の特殊能力(か、どうかはわからないが)によって住人には一切怪我人が出ていない
恐らく出ないだろうなともアレックスは考えているので、回りを気にすることなく必死に避けていく
「・・・なら最強になれ」
「無茶苦茶だこの人おおおぉぉ!!??」
顔の真横を通ったグラハルトの剣に、顔を青ざめさせながらアレックスは叫んだ
「がんばれ〜」
アリサの応援が虚しく響いていた・・・
――――――――――
「いてて・・・」
高級宿の一室、グラハルトとアリサが泊まっている部屋の中で、最終的に無残なまでにボコボコにされたアレックスが治療を受けていた
そりゃもうボコボコである
結局、逃げ切れなくなったアレックスがなぜか素手で殴ってきたグラハルトに対して、逆に殴り返そうとしたのだが、見事なまでのカウンターを食らい空中に浮かされリアル空中コンボをくらって終わった
とはいえそのおかげでアリサに治療してもらっているのだから、くらった甲斐もあったかなぁなんて考えてしまうのは惚れた弱みなんだろうか
「ニヤつきすぎ」
アリサに言われてアレックスはハッとする
顔に出ていた自分に渇を入れようとするが、目の前のアリサを見て顔が真っ赤になってしまう
「・・・はいおしまい」
「あ、あぁ
ありがとう・・・」
終わってしまったことに軽く残念に思いつつ、顔に出ないようにしてはみる
頑張って顔の筋肉に集中してみるが、慣れないことをしているせいで傷を痛がっているような表情になってしまっている
・・・本人に気づく手段がなかったのが残念だ
「・・・いいか?」
顔の筋肉と奮闘しているとグラハルトが室内に入ってきた、思わずビクッと反応してしまったアレックスは決して悪くは無いだろう
何せ普通体験できるハズの無い空中コンボという必殺技・・・文字通り必ず殺す技というのが相応しい威力の攻撃を叩き込んだ本人なのだから
何より衝撃の告白をした後だけあって、「さぁ!再開だぜ!」と言いだす想像さえできてしまう
「・・・少し話がある、・・・アリサ・・・悪いが二人にしてくれ」
「・・・ん、殺さないでね」
さらっとアリサが怖いことを言った気がするが、聞き間違いではない
どういう意味かと聞く前にアリサはドアを開けて出ていってしまった
グラハルトはアレックスの座っていた椅子の前にあるテーブルを挟んで、反対側の椅子に腰掛けた
しばらくアレックスをジッと見つめ、背もたれに寄り掛かる
「・・・」
「・・・」
沈黙が続く
アレックスとしては非常に居心地が悪い、そりゃもう今すぐ逃げ出したいくらいに悪い
嫌な汗が先ほどから止まらないし、手には汗がにじんで気持ち悪い
無限に続くかと思われた沈黙だが、グラハルトはやっと考えがまとまったようで、ゆっくりと話し始めた
「・・・まず最初に言っておく、・・・この話を信じるかどうかは・・・お前にまかせる」
珍しく前置きを話したグラハルトだが、アレックスにそんなことがわかるわけもなかったので素直に聞いている
「・・・俺がお前だったら信じない、・・・だから信じろとは言わない、・・・聞くだけでいい」
アレックスはごくりと生唾を飲み込むが、グラハルトがここまで言うならちゃんと聞こうと考えたようだ、爽やかな笑みをしながら返事をする
「信じますよ、グラハルトさんの話なら
例えどんなに信じがたくても」
それを聞いたグラハルトはフッと笑う
普段は兜で見えないが、きっとこの笑顔をよくするのだろうということがわかる、とても自然な笑顔だった
――――――――――
「おじさん、それ頂戴」
「あいよ!お嬢ちゃん美人さんだねぇ!サービスしてやるよ!」
街に並ぶ屋台群の一画をアリサは歩いていた
入学試験のシーズンはとんでもない人数がこの街に来るため、ちょっとしたお祭り状態の街には屋台が大量に並んでいる
立ち飲み屋台等もあるため、この通りは喧騒に包まれている
中には受験者なのだろう人物達も多く、泣いたり笑ったり喜んだり飲み潰れている人もいる
「あ、ごめんおじさん
お財布忘れて来ちゃった、後で来るから残しておいてくれない?」
「なんだい!うっかりさんだな、おじちゃんそういう子は嫌いじゃねぇ!
帰ってきたらさらにサービスしてやるから冷める前に来なよ!」
やたらと元気がいい店主と会話して、部屋に忘れた財布を取りに戻るため、店を後にする
アリサにしては珍しいミスなのだが、今日は色々あって疲れているのだろうと思って気にしないことにする
(・・・そういえば、お父さん何を話してるんだろう?)
普通グラハルトがアリサに席を外してもらってまで誰かと話すということは滅多に無い、特に今回は衝撃の告白の後だっただけに尚更だ
気にはなりつつも財布を取ったらすぐに出れば大丈夫だろうと思い、二人が話しているハズの部屋へ向かっていく
この先に起こる何かの予感を、万物の才能が教えてくれることは無かった
良くない事の前兆を必ず察知できるハズの万物の才能が、察知できなかったわけではない
アリサにとってその出来事は良い未来に向かう一歩だから
アリサにとってそれはいずれ通らなければいけない道だったから
アリサにとってそれは・・・・・
――――――――――
「・・・俺はこの世界の人間じゃあない」
グラハルトはそう切り出した
アレックスは何を言われたのかわからないという表情をしている
「えっと・・・え?それは・・・」
「もちろん他の国の人間とか、亜人とかという意味でもない
・・・生きていた世界そのものが違うんだ
・・・俺がいた世界は・・・こことは・・・地形・・・も・・・人種・・・も・・・・・違・・・・・」
「グラハルトさん?」
グラハルトは唐突に苦しそうな顔になり、見る見る内に青い顔になっていく
「グッ・・・ゴホッ!」
やがて椅子にも座っていられなくなったようで、テーブルに片手を、両膝を床に着けて咳き込んだ
「グラハルトさん!大丈夫ですか!
今誰かを呼んできます!」
「・・・待て・・・聞け・・・」
そう言いながら空いている方の手で呼び止めるが、その手は血で真っ赤に染まり、ただ事ではない事を強調するだけだった
「ダメですよ!血を吐いたんですよ!?
病気かもしれな・・・」
「いいから聞け!!!」
ドアに手をかけようとしていたアレックスにグラハルトが叫んだ
怒声に近いその声には苦しさを混じらせ、それでも伝えようとする確かな意思が宿っている
空気が震え、ビリビリと肌で感じられるほどの声にアレックスは足を止めた
パキンッと何かが折れる
その何かは床に落ち、それがあった場所に穴が空いていた
アレックスは振り返ってしまったのでその穴に気づくことは無かった・・・
「・・・大丈夫だ・・・向こう側の話をしようとすると・・・こうなる」
立ち上がり、再び椅子に座りながらそう語るグラハルト
その姿に先ほどまでの苦しそうな状態は感じられないが、血で汚れた手と口の周り、床に着いた生々しい跡がどうしても目についてしまう
「・・・どこからどこまで話せるかはいまだによくわかってない
・・・まぁ向こう側についての話だろうとは思っているがな」
グッとアレックスは体に力を込める
こんな状態になってまで伝えようとしている何かを聞き逃すなんてできない
言葉だけでなく、グラハルトの一挙一動まで逃すまいと真剣にグラハルトを見つめる
「・・・続きを教えてください」
「・・・そんな顔をしなくてもいい
・・・向こう側について話すつもりはもうない・・・」
それでもアレックスは見つ続ける
きっといい話では無いだろうから、きっと辛い話だろうから、血を吐いてまで伝えようとする話なのだから・・・
「・・・真面目なヤツだ」
グラハルトはフッと笑う
「・・・結論から言おう
・・・俺はいずれ・・・時期はわからないが、いずれこの世界から消える」
突然ドアが勢い良く開いた
壊れそうなほどの勢いで開いたドアは事実、蝶番の部分が歪んでいる
恐らく二度と正しい動きを出来ないであろそれが、きぃ〜と耳障りな音を出している
その原因を作った人物は、そんなことは気にならないとばかりにグラハルトを見つめていた
「・・・アリサ」