入学試験9
戦争竜
竜族の突撃兵として有名なドラゴンであり、その脅威度は他種族のそれを圧倒的に上回る
戦時においてはウォードラゴンだけで戦争が終結してしまうこともままある
ドラゴンという存在はそれほどに畏怖すべき存在であり、戦時においてほとんどの人間が最初に目撃するであろうウォードラゴンは、死の前兆と呼ばれるほどの存在である
ドラゴン自体の生態系がよくわかっていないこともあるが、ウォードラゴンはどういうわけか戦争以外での目撃例が極端に少ない
故に研究がほとんど進んでおらず、実際に戦った者達の話から「火系に強力な耐性がある」「異常に強力な防御能力を誇る」「爆発のような咆哮をする」といった程度の情報以外はほとんど存在しない
それはつまり対策がたてられていないということであり、倒す方法は対峙した者達が手探りで考えるしかないのだ
そういった経緯があることから、ウォードラゴンは特別討伐対象とまではいかないが、ギルドにおいて常に出ている討伐報酬対象に常時・どこのギルドにおいても指定されている危険生物になっている
そのウォードラゴンが今、実際に出現して暴れまわっていた
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場所は変わり、三次試験が開始された森の入り口
その場所にはロープでぐるぐる巻きにされ、あるいは気絶し、あるいはよく意味のわからない魔法のようなもので拘束された受験生達がいた
それとは逆に、意気揚々と座り込んでいる受験生達もいて、ある者は武勇伝を語り、ある者は拘束された者達を解放しはじめている
どうやらパーティー同士の戦闘は終結したようで、座り込んでいる受験生はすでに通過したパーティーなのだろう
獣人の教師は毎年の光景であるとはいえ、涙まで流している合格者・失格者を見て自然と微笑んでしまう
涙を流すほど喜んでいる合格者ならば、今後の生活でも挫けることなく成長するだろうから
涙を流すほどに悔しがっている受験生ならば、さらに強くなって来年こそ合格できるだろうから
微笑ましい光景を眺めていると、森の奥から不意に怒号が響いた
地鳴りのような、雪崩でも起きたかのような不気味な響き
受験生も気づいたようで、森の奥を全員が眺める
真っ暗な道が続くだけの森の奥からは、確かに地鳴りのような音が聞こえるが、一向に正体はわからないまま時間が過ぎる
何かあったと判断した獣人の教師は通信用らしい魔道具を取りだし(見た目は紐で繋がった三角形の石が二つあるだけ)、誰かに通信を始める
通信相手と繋がった直後に、森の奥から受験生らしいパーティーが現れ、衝撃の言葉を発した
「ド・・・ドドド、ドラゴンだ!ウォードラゴンが森の奥に!!!」
・・・魔道具が地に落ち、沈黙の瞬間が訪れた
――――――――――
教師がドラゴンの出現を知る少し前
アリサ達は激闘を繰り広げていた
「外に出ちまったぞ!どうするよ!?」
バスカーが怒鳴りながらも、雷撃の名の通り雷を纏った鎚をドラゴンの頬に叩きつける
「どうもこうもない!
広場に行く前に倒すしかないだろう!」
グレイは答えるが、魔法の準備を中断することはない
「闇の波動よ!我が敵を押し潰せ、磨り潰せ、噛み砕け・・・っ!」
魔法を詠唱するグレイに向かって、体制を立て直したドラゴンがすさまじい速度で突進してくる
「盾よ!汝を支えるは魔神の腕なり!パワーシールド!!」
アレックスが割って入り、ドラゴンの突進に真っ向から衝突する
「・・・っ!ダークウェイブ!!」
魔方陣が展開され、その外周から炎のように揺らめく闇が出現する
ドラゴンを飲み込み、周囲を粉砕しながら広がっていく
「他の受験生が巻き込まれないうちに!カタを!つける!しか!無い!」
マキアが言いながら打撃を繰り返す
炎鬼族の名の通り、マキアは火系以外の攻撃手段は直接攻撃しか持たない
故に炎のブレスから仲間を守る以外ではこうやって撹乱に徹している
だがそれも強靭な鱗の前にはほとんど意味を成していないようだった
「少なくとも!時間を稼げば異変を察知した教師達が来てくれるハズ!です!わ!」
同じく撹乱に回っているレディだが、こちらは剣に冷気を纏わせて攻撃しているようだった
魔法剣というのは非常に難易度が高く、術者が意識をし続けないとすぐに効果が切れてしまう高等技術なのだが、レディは効果を切らすことなく難無く振り回している
マキアと違ってこちらはそれなりに効果があるようで、煩わしそうに時折ドラゴンがレディへと攻撃しようと振り向く
今もまたレディに向かって、爆音の咆哮をしようと構え・・・
「させ!ない!」
上方からアリサの斬撃をくらう
斬撃と言ってもアリサの持つ双剣「グロウス」から放たれるそれは、細身の剣からはありえないほどの衝撃を伴う
たった二度、片方一度づつ振っただけの斬撃は、意図も容易くドラゴンを閉口させ、爆音を放つことを許さない
「・・・これだけやっても目に見えるダメージは無し・・・ですか、いやはや参りましたね・・・」
グレイが呟いた通り、多少の傷は出来ているものの、動きを阻害するほどには至っていない
むしろ怒りによって動きが機敏になってきており、直線的な動きが多いとはいえ、一つ一つの攻撃が小細工を許さないほどに早い
「・・・ふーっ」
アリサが呼吸を整え、静かにドラゴンを見据える
(・・・信じよう、お父さんがくれたこの剣なら・・・
グロウスならきっと貫ける・・・)
アリサは剣をちらりと見ると、まるで頷くようにグロウスが光を反射した
「・・・よろしくね」
誰にでもなく呟いた言葉は誰にも届かず、ただアリサとグロウスにだけ響いた
ドラゴンは何かを感じとり、アリサに矛先を向けて突進していく
全員がドラゴンのいきなりの方向転換に戸惑い、対応が一瞬遅れた
「GYAAAS!!」
「・・・・・!!!」
瞬間
アリサから矢のような光がいくつも飛び出し、距離という概念を無視するようにドラゴンに突き刺さってゆく
強靭な鱗を貫き、鉄のような肉に刺さり、岩のような巨体に飲み込まれる
「ウ!ア!ア!アァ!アアァァ!」
次々に放たれる光はやがて狙いを外れ始め、ドラゴンを狙ったであろう光は検討違いの場所に突き刺さる
体を貫かれたドラゴンはバランスを崩しながらもアリサをしっかりと見据え、気力を振り絞って突進を続ける
だがアリサは攻撃を止めない、止めるわけにはいかない
今こそ千載一遇のチャンス
同じ攻撃は恐らく二度と出せない
それほどに激しく消耗していく
「アリサァ!」
レディが叫ぶ
奮闘虚しく
ドラゴンはアリサに激突した
土煙が舞い、アリサの攻撃が止まる
パーティーの誰もがアリサの死を覚悟し、悲しみに泣き崩れようとしていた
「・・・そんな・・・アリサ・・・」
レディががっくりと膝をつき、悲しみに涙を浮かべた時だった
「・・・壊れてない」
アレックスが気づいた
試験のために着けた腕輪
腕輪を着ける理由となったルール
腕輪の機能
腕輪に着いた宝石は赤く輝き、「砕ける」ことなく静かに佇んでいた
意味を理解したパーティーは、アリサがいた場所を見る
ドラゴンが突進した場所を見る
ドラゴンの鼻先を、アリサと衝突したであろう場所を見る
やがて土煙が晴れ、何が起こったかが判明する
土煙の中から片手が表れ、それがドラゴンの進行を遮っている
やがて姿を表した男は、片手でアリサを抱き抱え、片手でドラゴンを抑えるというなんとも英雄染みた姿で立っていた
その男はこの場にいる誰もが知り、誰もがその英雄染みた状態を納得できる人物だった
その場にいたのは・・・
「お父・・・さん・・・」
「蒼犬」ことグラハルトがそこに立っていた