入学試験8
アリサは暗闇の中で何かの存在を感じ取った
何かが何であったのかはすでにわからないが、確かに存在を感じて近づいた
確かにそこに何かがあるのだが、触ることもできない
(・・・あ、魔力か)
やり方を思い出して改めて触れてみると、確かな感触と共に突然前方に穴が開いた
穴はすぐに広がり、やがて周囲の景色を写し出しながらアリサの周囲に広がっていった
「・・・墓・・・だ」
周囲は先程まで歩いていた洞窟と同じような景色をしているが、不思議なことに照明がいらないほどに明るかった
そしてアリサの目の前には、一つの墓があった・・・
墓といっても質素なもので、長方形の形をした板のような石が立っているだけだ
石の表面には色々と書かれているが、それが初代の墓だということはすぐにわかる
なぜなら、ただの板であるはずのその墓石からは、普通ではありえない程に魔力を放っていたのだから
「・・・これで課題は達成・・・かな?」
アリサは一人呟きながら、墓のぼろぼろになって、手で簡単に壊れそうな部分に触った
そう「触って」しまった
瞬間
アリサの頭の中に声が響く
(万物の才能よ)
アリサはどこかで聞いたような声を聞きながら、課題の欠片が取れたので腰につけたポーチにそれを突っ込む
(汝案ずることなかれ
汝は生きることそれ自体に意味がある
自らの生を否定するなかれ
自ら選んだ全てに意味がある
汝生きる限り迷いを抱く辛い人生を送るだろう
だが諦める必要はない
自分の行いが正義か悪かを考える必要はない
汝が行うことが正義だ)
頭に響く声を聞いてたアリサは笑っていた
何故ならそんなことはもう知っているから
そんなことはグラハルトが全て教えてくれたから
「世の中には正義も悪も無い・・・だよね、お父さん・・・」
ちなみにグラハルトはこの後に「殴りたいヤツか、殴らせたくないヤツしかいない」と続けるのだが、アリサには上手く重要な部分だけが伝わっているようだった
呟いた言葉を受け取ったように、再び頭の中に声が響いた
(決して忘れてはならぬ
汝に起こる全ては試練だ
そして汝に起こる試練は決して優しくは無い
ゆえに信じよ
汝が生きてきた結果を
汝が手に入れてきた力を
汝が手に入れた仲間という宝を)
声がそう言うと、墓石が形を変え始めた
急激な膨張を始め、まるで肉のように唸り蠢き、石だった表面は生き物の肌のように変わり、一つの形に変わっていく
中に浮かび上がったそれは、ドラゴンの形に変化すると、地震のような振動とともに地に降り立った
「GYAAAAAS!!」
(汝試練を乗り越えよ)
――――――――――
「ド・・・ドラゴン・・・!?」
レディは目の前の光景を信じられないでいた
世界でも最強レベルの生物が目の前にいて、しかも明らかな戦闘態勢をとっているのだ
何よりも、アリサがそのドラゴンに対して立ち向かおうとしているのだから余計に信じられない
「アリサ!逃げますわよ!」
アリサはレディに気づいたが、言葉を聞いて首を振った
・・・横に
「なっ!なにを・・・」
レディが言い終わる前に、アリサはドラゴンに向かって駆け出していた
ドラゴンは口を大きく開き、今にも炎を吐き出そうとしているが、アリサは迷う素振りすら見せずに真っ直ぐ走る
「馬鹿っ!あぁもう!」
レディは魔法を詠唱し、アリサとドラゴンの間に滑り込ませる
「水流よ!渦巻け逆巻け押し流せ!アクアトルネード!!」
水系の中級魔法アクアトルネード
大量の水が竜巻のように回転しながら敵を巻き込み、水流による衝撃と圧迫を与える魔法だ
中級なだけあり、なかなかの威力を持つが、炎系に対して圧倒的な有利を誇るというのが最大の特徴だ
当然ドラゴンの炎を遮るように放たれたそれは、アリサに向かうはずの炎を全て遮る
「・・・フッ!」
アリサは飛び上がり、ドラゴンの顔の辺りの高さに至ると、両手に持ったグロウスで切りかかった
細身の剣からはありえないほどの衝撃を伴い、ドラゴンに斬撃が襲いかかる
しかしその鱗は硬く、衝撃によってよろめきこそしたが、傷をつけるには至らない
「貫け!アイシクルアロー!!」
追い討ちをかけるようにレディが魔法を放つ
一次試験で使った氷の矢がドラゴンに襲いかかる
だがドラゴンはそれを確認し、大きく口を開く
「―――――!!!」
瞬間
音にならない音が放たれる
大音量で発せられたその轟音は爆発のような破壊力を持ち、雷のように一瞬で周囲に届く
放たれた氷の矢は爆音に吹き飛ばされ、巻き込みながらレディに跳ね返ってきた
「・・・ぐ・・・うぅ」
だがレディは耳を抑えてうずくまり、とても対応できない
目の前に氷の矢が迫っていることにすら気づいていないのかもしれない
「レディ!!!」
アリサは叫ぶ
だがレディに声は届いていない
アリサ自身も少なくないダメージを受けているため、すぐに駆け出すことができない
(それでも!)
アリサは無理矢理体を動かし、自分に出来る全力で飛ぼうとする
「GAAA!!!」
だが飛び出す直前、ドラゴンが二人の間に立ち塞がり行く手を阻む
その間にも氷の矢はレディに迫り、今にも彼女を貫こうとしている
今のアリサでは、ドラゴンを退けつつレディを助けることは出来ない
レディが死ぬシーンを想像してしまう
だが・・・
「我が盾は完全無欠!シールドオブシールド!!」
レディと氷の矢の間に誰かが入り込み、魔法の膜を出現させた
膜は二人を包むようにドーム状に広がり、氷の矢の侵入を防いでいる
氷の矢が無くなり、レディの前に立っている男は巨大な盾を持っていた
反対の手には盾に似つかわしくない短剣を携えている
「危機一髪・・・ですかね」
そこにいたのはアレックスだった
「闇の波動よ!我が敵を押し潰せ、磨り潰せ、噛み砕け!ダークウェイブ!!」
さらに闇の魔法が放たれ、ドラゴンに襲いかかる
アリサは見覚えのある魔法にまさかと思うが、知っているものとは威力も範囲も違いすぎた
「まさかウォードラゴンとはね・・・
これは参りましたね」
魔法の発生源を見ると、そこにはグレイがいた
魔法をくらったドラゴンを見て呆れた表情をしているが、それもそのはず、無傷で立ち上がるドラゴンは目に見えて怒気を放っているからだ
「ウォードラゴン・・・
竜族の突撃兵ですか・・・、かなり手強い相手ですね・・・」
アレックスは立ち直りつつあるレディを庇いながら、油断なくドラゴンを見据えて呟く
「・・・倒せない相手じゃない」
アレックスがはっきりと口に出したことで、全員が再び臨戦態勢を取る
ドラゴンもそれを感じ取ったようで、明らかな戦闘体制をとり、体をやや前屈みに構え全員を見渡す
「来ますわ!」
レディが言うや否や、ドラゴンは猛烈な勢いでグレイに突進していく
その勢いは岩をも砕きそうなほどに早く、力強い
グレイはあまりの速さに反応できず、来るべき衝撃に備えて体を強張らせる
「盾よ!汝を支えるは魔神の腕なり!パワーシールド!!」
誰よりも早く反応していたのはアレックスだった
ドラゴンとグレイの間に入り込み、その巨大な盾でもってドラゴンの突進を受け止める
「ぐぅうおおぉぉぁぁあああ!!!」
だが完全に止めることが出来たわけでは無いようであった
地面に足がめり込み、削りながらズリズリと後退していく
なにより盾を支えているアレックス自身が、顔中から脂汗を流し、今にもドラゴンの勢いに負けそうだ
それを確認したアリサとレディが同時に飛び出し、ドラゴンの左右から仕掛ける
が、ドラゴンは口を大きく開き、爆発の咆哮を放とうとしていた
「まずっ・・・」
息を大きく吸い込み、今にも放たれようとしていた瞬間・・・
「どっせええぇい!!」
炎の塊がドラゴンに上から衝突し、開いた口を無理矢理閉じさせる
小規模な爆発を起こしながらぶつかったそれは、ドラゴンから離れながら一言言った
「ドラゴンとは燃えるぜ!」
炎鬼と化し、全身を炎のように揺らめかせるマキアがそこにいた
「レディ!」
「アリサ!」
マキアの攻撃で怯んだ隙に、レディとアリサが一斉に攻撃を加える
片や衝撃を伴う無数の斬撃が
片や魔法を連続で放ちながら剣自体が魔力を帯びた斬撃が
「闇よ貫け!ダークアロー!!」
止めとばかりにグレイが魔法の矢を放つ
魔力を収束させ、強力な威力を持たせた矢を一本だけ生み出す
高速で打ち出された矢はドラゴンの眉間に突き刺さり、浅くない傷をつけて霧散していく
ギロりと音がしそうな視線をグレイに向けたドラゴンは、炎を吐き出すために上体を起こし、炎が溢れる口を開いた
「GOOOAA!!」
吐き出される炎は周囲を焼きながらグレイに迫る
「炎鬼族をなめるな!」
と言いながらマキアが炎に飛び込んだかと思うと、マキアが炎を吸収しはじめる
それに伴ってマキア自身が纏う熱気が上昇していく
「炎鬼流・爆炎衝撃!」
マキアは正拳突きの構えから、寸分違わず正拳を繰り出す
どこぞの海賊キングを目指す伸びる男の兄が使うような巨大な炎の拳が出現し、ドラゴンを飲み込むように突き進む
「ウォードラゴンに火は効かない「ってことはわかってるよ!」・・・そうですか」
グレイの忠告を遮ったマキアは、ドラゴンのやや上方を見ていた
そこは先ほどマキアが突っ込んできたあたりだ
ドラゴンはニヤリとして見せ、突進しようとマキアを睨み付けてから力を溜める
そして突進のために足の力を解放した瞬間
「どっせええぇい!!」
マキアと全く同じ掛け声でもって、バスカーが頭上から突撃してきた
得意とする雷撃の力と相まって、落雷の如く轟音を響かせ、ドラゴンの頭に会心の一撃を加える
走り出す瞬間だったドラゴンは急激に加えられた予定外のベクトルによって、その勢いを残したまま盛大に転倒し、転がりながら壁に激突した
「ブハハ!ドラゴン退治たぁいい試験じゃねぇか!
試験ってからにはこれくらいねぇとな!」
起き上がるドラゴンを見据えながら、バスカーがゆっくりと歩き対峙する
それに合わせるように全員が集まり、同じようにドラゴンと対峙する
緊張の時間が流れ、その流れを断ち切るようにアリサが呟く
「・・・行こう」
その言葉を皮切りに、戦いは再開された