「彼」について1
ギルド、と呼ばれる集まりがある。
冒険者ギルド、商人ギルド、魔法ギルドなどの種類はあるが、一般的にギルドと言えば冒険者ギルドのことを言う。
内容は簡単に言えば所謂「何でも屋」だろう。
どこかの誰かが自分では解決できない、解決しずらい、単純に面倒くさい等といった理由から、誰かにやらせたい仕事があったとする。
力の強い誰かに、その仕事に向いている能力のある誰かに、単純にやる気があるだけの誰かでもいいが、そんな人達に仕事をまかせたい。
しかし仕事のたびにその「誰か」を探していたのでは、時間もかかるしいちいち交渉するのも面倒だ。
そこで冒険者ギルドが間にたち、依頼者には仲介料を支払わせる代わりに人材の提供を。
冒険者には収入と名声の代わりに、時には命をかけた仕事を提供する。
それが冒険者ギルドである。
その冒険者ギルドも世界中に存在するほどに需要を増し、いまや世界になくてはならないものの一つとなっている。
「彼」も冒険者側としてギルドに所属しているが、今回の主役は「彼」ではなく、「彼」のことを調べている一人の人間の話だ。
彼の名は・・・
「初めまして、私の名前はアルドラ・バステアと申します。さ、さ、まずは一杯どうぞ。」
短く揃えた赤い髪をオールバックにし、人の良さそうな笑顔を彫りの深い顔に張り付けた彼はアルドラと名乗った。
決して涼しいとは言えない気温で、人が多い酒場はさらに熱気がこもっている。
彼はそんな中で、いっそ暑苦しいとも言えるような茶色のスーツをぴっちりと着ている。
よくいるような中年のメタボが気になりはじめる体型だが、普通の枠を逸脱しない程度だ。
驚くべきはそんな格好の彼が汗ひとつ流さず、実に涼しげな表情をしていることだろうか・・・
そして彼に酒を進められたのは、冒険者なのであろう。
ボサボサの髪の毛は茶色で、気を使っているとはとても言えないヘアスタイル。
青銅製らしい鎧は、動きやすさを重視した軽鎧といわれるタイプだ。
腰に差してある長剣は使い込まれた・・・というよりも、メンテナンスを怠っていると言われたほうが納得できる状態だ。
「おう、悪いね旦那」
そう言いながら目の前に置かれた酒を手にとる。
「しかし「ヤツ」について、ねぇ・・・。」
そう切り出して冒険者は「彼」について語り始めた。
「まあまず「ヤツ」の話をするなら性格からだろうな」
そう言いながら酒を一口飲んで話を続ける。
「まず無口だ、一言二言しか話さねぇ。言葉より態度で示すって感じの野郎だな。
そんでもって傍若無人だ、とにかく無茶苦茶だぜ。
気に入らねぇってだけの理由で潰された組織は10や20じゃすまねぇ。
・・・ま、そういった組織はかならず黒い噂っつーかよ、わかるだろ?そういうヤツラばっかりだけどよ。」
そう言いながらまた一口を飲み、何かを思い出すようにうつむいてしまう。
「かくいう俺もよ、そういった組織に縁があって・・・おっと組織側じゃねぇぞ?
潰してくれっつー依頼があったから受けただけだ、正式なもんじゃねぇけどよ。」
冒険者の男は酔いが回り始めたのだろう、聞いてもいないのに過去の体験を話してくる。
「俺たちゃあよ、十分な証拠を集めたうえで組織に乗り込んでいったのさ。
当然強いヤツラがこっちにはいたし、相手がどんなヤツラでも相手できると思ってた。
だがよ!信じられるか!?蓋を開けてみたら相手は10人や20人なんて数じゃねぇんだ!50人は最低でもいたぜ!
対してこっちは10人だ、数の暴力にゃ勝てねぇ。
こっちの情報も漏れてたしよ、こりゃ死んだかなって思ったね。」
そこで彼は残りの酒を一気に煽るようにして飲み干した。
「そのときだ!」
酒の入ったコップをドンッと勢いよくテーブルに叩きつけ、彼は顔をしかめながら一気に話しはじめる。
「あいつがでてきたのさ!あの「蒼犬」の野郎が!
しかも入ってきた場所がよ!壁をぶち抜いてきやがったんだぜ!?壁にゃあ当然強固な防御魔法がかけてあったし、オレらは壁破壊が無理だと判断したから正面きって行ったんだ!
わかるか!?宮廷魔導師が最大威力の大魔法ぶっぱなしてやっと壊れるような壁をだぜ!?」
ぜぇぜぇと息を切らしながら一気に言い切る。
その顔は苦々しいというか恨めしいというか、尊敬と侮蔑が入り交じった複雑な表情だ。
「な、なるほど。それは確かに凄いというか、呆れてしまいますな。」
冒険者の話に相槌をうちながら、アルドラは酒のお代わりを注文する。
すぐに酒が来るが、冒険者は飲み干す勢いでそれを煽る。
「その後はすぐ終わっちまった。
なんてったって相手はそんだけ強力な壁をぶち抜く野郎だ、数に意味なんて無かった。」
そして残りの酒を再び一気に飲み干す。
「だがよ!」
そして再びドンッという音がする。
彼は肝心な話をするときには毎回これをやるのだろうか?とアルドラはどうでもいいことを考えてしまう。
「組織をぶっつぶしてくれたしよ!俺たちも命は助かったけどよ!?何も全員ぶっ殺さなくても!いやせめて俺たちが追ってた組織のトップぐらいはよ!?
おかげで俺たちゃ肝心な部分がパァだぜ!?
兵士どもを倒したのもほとんど「蒼犬」だから手柄も無しだぜ!?
挙げ句にあいつがそこに来た理由が・・・っ!俺たちに言ったセリフが・・・っ!」
そこで言葉を一度切り、立ち上がらんばかりの勢いで捲し立てていた彼は、ストンッと音が聞こえそうなほど脱力しながら椅子に座り直す。
そして語った言葉は・・・
「「・・・オレの財布は?」だぜ・・・」
沈黙が二人を包む、回りは騒がしいのに、そこだけ音が反射でもしているのかというくらいに・・・
「・・・えっと?」
さすがにアルドラも予想外だったらしい、理解が追いつかずに硬直している。
「・・・「野郎」はな、財布をスられたんだとよ・・・
それを追っかけてきて、スリ野郎がその建物に入った「らしい」から突っ込んできて、「たまたま」最初に目が合ったヤツが気にくわない顔だったから、とりあえず全員ぶっ飛ばしたんだとよ・・・」
・・・アルドラは開いた口が塞がらないとはこの状態だと言わんばかりに呆れた表情をしていた。