災害級特別討伐対象2
寒々しい雪の中を疾走する二つの影があった
片方は犬のような兜を着けた重装備の男
もう片方は青い髪で虹色の魔眼を美しい顔から覗かせる、剣を二本構えた女
向かう先は豪華な屋敷
鉄格子で組まれた門は固く閉じられていて、二人の侵入を拒もうと立ちはだかる
二人は門が見えていないかのように走り続ける
女は言葉と共に二本の剣を振るう
「私は今日、復讐する!」
彼女の剣は目に見えない速度で何度も振るわれる
門は抵抗の意思がなかったかのように呆気なく細切れになっていく
二人は門を抜け、屋敷まで続く庭を駆け抜けていく
――――――――――
「蒼犬だと!?」
屋敷の中の部屋、執務室なのだろうその部屋で屋敷の主は叫んだ
「なんで蒼犬が来るんだ!?私が一体何をした!?」
彼は貴族という枠組みの中にあって、なかなか有能な人物であった
他の貴族といさかいを起こすでもなく、権力に固執するでもなく、ひたすらに必要なことを必要なだけやる
何もなければ平穏無事な余生を送れるはずだった
心当たりがあるとすれば一つだけあるにはあるが、しかし「蒼犬」が動くほどに重大な内容とは思えない
「旦那様、今はとにかくお逃げください。
相手が相手です、数分とせずにここまで来るでしょう。
「蒼犬」は探索系の魔法を持っていませんので、ここに来るまで多少時間が稼げるはずです」
執事らしき男に促され、貴族は部屋を出ようとする
「蒼犬」がくるまで片付けていた仕事も、財産でさえも何一つ持とうとせずに扉へ向かう
執事がなかなかに手が込んだ職人の技を感じさせる扉に手をかけ、主人の歩みを邪魔することなく自然に開く
部屋を出てまずどこに向かおうかと考えていた貴族は、扉の前で待ち構えていた女性を見て驚愕する
「な・・・っ!貴様はっ!なぜ貴様が・・・っ!」
――――――――――
その少し前、アリサとグラハルトは扉の前で待ち構えていた
周りの状況を見る限りでは、突入からわりとすぐにここに到達したようだ
「・・・入らんのか?」
グラハルトがアリサに訪ねるが、彼女は首を横に振るだけで言葉を返そうとはしない
何かを待っているようにも見えるが、待っている相手は屋敷の主人というわけではないようだ
突然執務室の扉が僅かな蝶番の擦れる音を出しながら実にスムーズに開く
扉の向こうから出てきた男は二人、片方は館の主人なのだろう
貴族らしい上等な素材を使った服を着ているが、それだけだ
宝石も装飾もほとんどない、実用性と最低限の美観を持たせただけの服であり、所謂貴族というイメージからは若干外れている
もう片方は恐らく執事なのであろう、黒い燕尾服をちょっと質をよくしたような服を着ている
歳は以外と若いようだ、30歳前後といったところだろう
だが何より彼の印象を決めたのは、彼の口元に張り付いている三日月に見えるほど歪んだ笑顔だった
「な・・・っ!貴様はっ!なぜ貴様が・・・っ!」
アリサを見た瞬間に主人は叫ぶが、アリサもグラハルトでさえもが「気づいて」しまった
だがそれを顔に出さずにアリサは続ける
「お久しぶりです、「ご主人様」
・・・今日は復讐をさせていただきに参りました」
「ふ・・・復讐だと・・・っ!
あれは元はといえば貴様のほうに原因があったではないか!
追手を出さなかっただけでもありがたいと思え!」
「・・・私が狙われるのはかまわない、仕方ない
例え真実が歪んでいようとも、彼を死なせた原因は私だから・・・」
でも、と続けるアリサだか、その目はすでに館の主人を見てはいない
主人の傍らで、三日月のような笑いを顔に張り付けた男を睨んでいる
「・・・私の家族を、仲間を、村のみんなを殺したのは許せない」
それを聞いて驚いたのは他でもない、館の主人だ
目を見開き、真実を探すようにアリサを凝視する
「ま・・・待て、何の話だ?村とは貴様のいた村のことか?
殺したとは何の話だ!?」
主人は明らかに狼狽えている
理由は難しくない
目の前に「蒼犬」がいるからだ
少女一人いじめたくらいで「蒼犬」に睨まれるのはおかしいと主人は思っていた
だが村一つ潰したとなれば話は別だ
理由はわからないが「蒼犬」とはそういう人物なのだから
まるで正義が鎧を着ているのではないかと言うほどに悪にぶつかり、そして必ずそれを圧倒的な力で壊滅させる
ただし公には知られていない悪にもぶつかっていくうえに、タイミングや事後処理・周囲の被害といったものを全て無視して行動するため、一般的には無茶苦茶な人物と認識されている
だが一部のそういった内容を理解している人間にとっての「蒼犬」とは恐怖の対象であり、彼の近くで自分の罪を暴露されるなど自殺行為に等しい
ゆえに主人は自分の罪を確認しようと必死になっているが、アリサもグラハルトもすでに主人を見ていないという事実に気づけていない
主人が狼狽えているのを見て、執事はおもむろに語り始める
「・・・ご主人様、もはやこれ以上逃げることは無駄でしょう。
ここは潔く全て話しましょう、「蒼犬」の前には嘘など何の意味も無いではありませんか」
三日月を張り付けた執事はますますその笑みを深めながらそう語る
「何の話だ?ワシは知らんぞ!?」
主人はもはや何がなんだかわからないといった状況だ
執事はそんな主人を無視して話し始める
「我が主は確かに罪を犯しました。
あなたの・・・アリサの村を襲撃させました
使った者達はどこの誰とも知れぬ盗賊どもですが、今となってはどこにいるかもわからぬ蛮族どもです
理由は・・・行方もわからぬアリサへの憂さ晴らしと、アリサに苦痛を味あわせるため
自分と同じ気持ちをわからせるためです」
「何を・・・?何を言っているんだ・・・?」
「主人は全て殺せとおっしゃいました・・・
平民の命など何百人集まろうと貴族一人の命の代わりにはならぬと・・・
私は・・・」
さらに話している執事を見て主人は気づいてしまった、嵌められたと
この執事は最初からこういうつもりだったのだ
アリサが「蒼犬」に拾われたことも知っていたのだ
私を嵌めるために、この日のために自分に仕えていたのだ
「・・・もういい・・・」
ガックリと項垂れながら主人は床に膝を着く
「・・・もういい、・・・私がやった・・・、私が・・・」
もはや自暴自棄になり、生きることを諦めようとした時、凛とした美しい声が通る
「よくない」
主人が顔をあげると、アリサが真っ直ぐに見つめていた
思わず見惚れてしまうその顔からは、万物の才能の証である虹色の輝きを放つ目が見えた
「・・・よくない、あなたは愛のために生きただけだから
愛のために自分ができる全てを使っただけだから
結果が歪んでしまったのはあなたのせいではないから
・・・だから、諦めるのはよくない」
「・・・黒幕は貴様だな」
アリサの言葉を引き取り、「蒼犬」が一歩前に歩み出る
その方向にいるのは執事のほうだ
「黒幕?なんのことでしょう?私はただ主の言うと・・・」
キンッと甲高い金属音が聞こえた
それが剣を振った音だと気づくことは普通の人間にはできない
そう「普通」の人間には、だ
執事は紙一重でその斬撃を避けていた
紙一重といってもギリギリ避けたというより、あえてその程度しか避けなかったという雰囲気だ
「ハッ!「蒼犬」も大したことねぇな、そんくらいの早さなら世の中ごまんといるぜ」
執事は戦闘状態に入ったようで、口調が荒くなる
恐らくこれが素の口調なのだろう
執事は髪の色も目の色も顔の形も体つきでさえもが変化していく、ざわざわと闇色の霧のようなものが体を覆い、覆われた部分からどんどん変化していく
「・・・魔族・・・じゃないな、・・・闇魔法か?」
やがて赤い髪をオールバックにし、彫りの深い顔にニヤニヤ顔を張り付けた男が現れる
身長はすらりと高く、引き締まった体は無駄な肉のないバランスのとれた姿だ
闇は背中に集まり、上等な燕尾服と一体化してコウモリの翼のようになっている
「ハッハッハッ!魔族の祖先にして闇魔法を人間に教えてやった存在だよ!
光栄に思いな!この大悪魔「アルドラ・バステア」様が直々に相手をしてやる!」
そう言って大悪魔と名乗った男は構える
「蒼犬」は冷気に近い殺気を放ち応じる
世界トップレベルの戦闘が始まった・・・