帰郷
アリサが二刀流になってからは、戦闘能力は飛躍的に上昇していた
元々「万物の才能」と呼ばれる虹色の魔眼を持っているのだから、その成長速度は凄まじい
1を聞いて10を知る、という良い見本だ
言葉少ないグラハルトの助言から的確に意味を理解し、自分なりに応用していく
まるでスポンジが水を吸うように・・・なんていうレベルではないのだ
吸った水を何倍にもしてついでに氷にして出してくるような感じで成長していく
今の時点でアリサの相手をできるのは、グラハルトを除けば冒険者ギルドのベテランクラス以上でないと話しにならない
ここまで来るとグラハルトは、ギルドの依頼にアリサを同行させるようになった
もともとかなり強い部類のグラハルトが受けるような依頼は、ギルドの中でもかなり難易度が高い依頼が多く、それまでのアリサを同行させるには力不足だった
だが今の彼女は、瞬間的とはいえグラハルトを越える剣速を出す
流れるような連続攻撃は美しささえ感じさせる
魔法こそ使えないがそれを補ってあまりある強さを手に入れていた
そのおかげでグラハルトの仕事にもうまく対応し、むしろグラハルトができない(というかやらない)部分を補っていくことで、異常と言えるほどに高い依頼達成率をだしていた
グラハルトは当然のように厄介事に巻き込まれる(むしろ自分から無自覚で突っ込んでいく)ということもあり、その辺の対応に慣れてしまったというのもあるが・・・
依頼はグラハルトの知り合いという人物達と一緒に行くこともあった
彼らからアリサの話が広まっていき、アリサはちょっとした有名人になっていく
ちなみに知り合いの中には学園長も含まれているが、それは今語る話ではない
――――――――――
「蒼犬」と行動を共にする少女ということで、そこそこ有名になってきたある日のこと
「・・・そろそろ帰るか?」
グラハルトはアリサに唐突にそう切り出してきた
その日は依頼で、山にいる魔物を討伐しに行く途中だった
まだ山にさえ着いていないのに帰るとは何事かと思い、アリサは聞き返す
「もう?出発したばかりだけど?」
「・・・山じゃない、・・・アリサの故郷だ」
そういえば一度も帰っていないな、と思い出す
思えば運命が狂ったあの日から、今まで毎日が必死だった
故郷のことを忘れた訳ではないが、帰るという選択肢は奴隷時代に諦めていた
諦めさせられた、と言ったほうが正しいが・・・
「・・・あの山を越えれば一日で着く」
依頼は受注した日から数えて十日間が今回の期限だ
いつもの二人なら山に着くまで一日、魔物を討伐して山を降りるまでで一日、山から街に戻るまでで一日だ
何事もなければ三日で終わる、ならば七日間も猶予がある
移動を考えても往復で二日ならば五日間はいられる
久しぶりの故郷に思い出しながら、アリサは呟いた
「・・・うん、・・・帰りたい」
「・・・決まりだな」
グラハルトは声にこそ出さないが、優しい人間だとアリサはわかっていた
今回の依頼だって普段の彼ならば気にも留めない難易度の低い依頼なのだ
もちろん「彼にとって」であって、全体で見ると難易度が高いほうではあるが
わざわざそんな依頼を選んだうえに、期限が十日間もあるものをわざと選んだということは、最初からそういうつもりだったということだ
彼の優しさを感じつつ、懐かしの故郷に思いを馳せる
――――――――――
そのあとのグラハルトは早かった
山に着くなり魔物を探すために登り始め、いつもならアリサに何体か任せて戦うのだが、見敵必殺と言わんばかりに片っ端から片付けていく
結局依頼自体は一日で終わり、山で休んで二日目には故郷を目指して進んでいた
グラハルトが暴れすぎたせいで山道の一部が崩れていたというハプニングこそあったが、それ以外は問題なく故郷の近くまで進む
あと一時間も歩けば村が見えるだろうと言うところで、グラハルトが口を開いた
「・・・もっと早く・・・来るべきだったんだがな」
それを聞いてアリサはふと、グラハルトから感じる雰囲気に気づく
それは悲しみというか寂しさのようなもの
そして申し訳ないような謝りたいようなものも一緒に感じる
(あぁそうか、私はこのままただの村人として生きていくこともできるんだ・・・)
そう思っていると、アリサは何か違和感を感じる
村人として生きていくという自分の考えにではなく
もっと何か直接的な、良くないことが起こっているときのような不安な違和感
グラハルトも感じたようだ
「・・・急ぐぞ」
「うん」
二人は駆け出し、村が見える筈の小高い崖まで走る
――――――――――
崖の上から辺りを見渡す
何もない
魔物が暴れているわけではない
軍隊がいるわけでもない
さしあたって何かの脅威があるわけでもない
だが違和感が消えることは無く、むしろ違和感の正体がはっきりとわかってしまった
何もない
それはつまり
有るはずの村さえ無いということだった