第一章・六十五 「旅立ちの朝」
翌朝。
セイルの空は、
雲一つ無い青だった。
港から吹く潮風。
遠くで響く鐘の音。
荷車の軋み。
商人達の呼び声。
昨日の混乱が嘘みたいに、
街はもう“いつもの朝”を取り戻し始めていた。
ユウマは宿の窓際へ立ちながら、
ゆっくり息を吐く。
街を見下ろす。
修復中の建物。
朝市。
港へ向かう人々。
煙突から昇る白煙。
この世界は、
本当に生きている。
その実感が、
朝の空気と一緒に胸へ入り込んで来た。
「おーい」
後ろから声。
振り向くと、
ケイだった。
当然のように、
戦斧を背負っている。
しかも。
朝日を浴びる位置へ、
わざわざ立っていた。
ギラァッ。
斧が無駄に輝く。
「……お前さ」
「何だ?」
「絶対それ狙ってるだろ」
「戦士ってのは朝日が似合うからな」
「お前昨日からずっとテンション高いな」
「新武器だからな」
ケイは満足そうに頷く。
そのまま、
わざわざ斧を抜いた。
ブォン。
「見ろこの振りやすさ」
「宿の部屋で振るな!!」
「大丈夫だって」
その瞬間。
ゴッ!!
「いっっっっ!?」
天井へ斧頭が直撃した。
鈍い音。
揺れるランプ。
数秒の静寂。
そして。
隣部屋から怒声。
「朝からうるせぇぞ!!」
ケイが固まる。
ユウマは頭を抱えた。
「何してんだお前ぇぇぇ!!」
その時。
ミナが部屋から出て来た。
まだ少し眠そうだ。
「……何か爆発した?」
「してない!!
多分まだしてない!!」
「まだって何」
ミナが呆れる。
その後ろから、
セレナも現れた。
銀髪を後ろで軽くまとめている。
旅装束ではない。
どうやら本当に、
ここで見送りらしい。
ユウマは少しだけ、
それを寂しく感じた。
セレナは部屋を見回し、
天井の傷を見る。
「……何してるの」
「武器チェック」
「宿で?」
「戦士だからな」
「外でやって」
「はい」
一瞬で怒られていた。
朝食後。
一行は宿を出る。
旅袋。
保存食。
武器。
水筒。
昨日準備した荷物が、
少しずつ“旅”を実感させる。
セイル中央門。
巨大石門前には、
既に多くの旅人が集まっていた。
商隊。
護衛。
冒険者。
旅人。
様々な人が、
街の外へ向かっている。
門の向こうには、
長い街道が続いていた。
遥か遠くまで。
森を抜け、
丘を越え、
知らない世界へ続いている。
ユウマは少し立ち止まる。
ここから先は、
本当に未知だ。
怖い。
でも。
少しだけ、
ワクワクしている自分も居た。
その時。
「……これ」
セレナが声を掛ける。
差し出されたのは、
昨夜見せていた地図だった。
だが。
新しい書き込みが増えている。
赤線。
注意印。
補足文字。
「昨夜、
少し更新しておいたわ」
ユウマは地図を見る。
ラグナフェルへ続く街道。
その途中には。
【大型魔物出現区域】
【盗賊活動確認】
【旧橋崩落注意】
など、
危険情報がかなり細かく書かれていた。
ケイが少し顔を引き攣らせる。
「怖ぇ事いっぱい書いてあるな……」
「街の外は安全じゃないから」
セレナは静かに言う。
「特に最近は、
魔物の活動域も不安定になってる」
ユウマは地図を大事そうに受け取る。
「……ありがとうございます」
セレナは少し視線を逸らした。
「別に、
死なれると困るだけよ」
「またそれ言う」
ミナが小さく笑う。
その時。
門外から強い風が吹いた。
潮の匂い。
草の匂い。
街の外の空気。
ユウマは無意識に、
門の先を見る。
長い街道。
遠くの森。
まだ見ぬ都市。
まだ見ぬ人々。
そして。
どこかに居るかもしれない、
友達。
ユウマは小さく息を吐いた。
怖い。
不安だ。
でも。
止まる訳にはいかなかった。
「……行こう」
その言葉に、
ケイがニヤッと笑う。
「おう」
ミナも頷いた。
「うん」
三人は、
ゆっくり街道へ歩き出す。
セイルの街を背に。
長い旅の始まりへ。
朝日が、
三人の背中を静かに照らしていた。
ーーー【第一章・完】




