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第一章・五十二 「燃える街の中で」



 夜空が赤かった。


 港倉庫区画の上空へ、

 黒煙が立ち昇っている。


 火の粉が風へ流れ、

 燃えた灰が石畳へ舞い落ちていた。


 警鐘が鳴り続ける。


 怒鳴り声。


 泣き声。


 走る足音。


 さっきまで賑わっていた港町セイルは、

 もう別の場所みたいだった。


 ユウマは倉庫外へ出た瞬間、

 思わず足を止める。


「……っ」


 広場奥の建物が燃えていた。


 屋根が崩れ、

 火柱が夜空へ上がっている。


 住民達が必死に水桶を運んでいた。


「こっちだ!!」


「火を広げるな!!」


「子供を先に逃がせ!!」


 混乱。


 完全な混乱状態。


 しかも。


 火災は一箇所じゃない。


 港東側。


 中央通り付近。


 さらに海沿い倉庫。


 複数同時。


 偶然ではあり得ない。


「……最初から、

 街を混乱させるつもりだったのか」


 ユウマが呟く。


 セレナは燃える街を見つめたまま、

 静かに頷いた。


「渡り鴉は、

 昔からこういうやり方をします」


「昔から?」


 ケイが顔をしかめる。


 セレナは少しだけ迷うように視線を落とした。


「……大規模混乱。

 物資襲撃。

 ロスト引き抜き。

 治安崩壊」


 その声は静かだった。


「街が壊れるほど、

 彼らは動きやすくなる」


 ユウマは燃える港を見る。


 確かに。


 今のセイルは酷い。


 巡回兵も足りていない。


 回復術師も不足。


 避難民は不安定。


 しかもグランゼル襲撃直後。


 そこへ火災。


 暴動寸前。


 完全に狙われている。


 その時だった。


 リュードが剣を鞘へ戻しながら、

 低く言った。


「中央区画が危ねぇ」


 ユウマ達が振り向く。


「中央?」


「避難民が集まり過ぎてる。

 今あそこで暴動起きたら終わる」


 ケイが顔を引き攣らせた。


「いや、

 終わるって……」


「圧死が出る」


 短い返答だった。


 だが。


 それだけで十分重い。


 人が多過ぎるのだ。


 今のセイルは。


 そこへ火災や恐怖が広がれば、

 簡単に崩壊する。


 その時。


 ユウマの視界端へ、

 再びUIが浮かぶ。


【緊急依頼更新】


【中央避難区画支援】


【制限時間:短】


【危険度:中】


【報酬:

 経験値

 セイル信頼度上昇】


「……またか」


 ケイが嫌そうに呟く。


 ミナも不安そうにUIを見る。


「信頼度……?」


「街側からの認識値だろうな」


 リュードが答える。


「認識値?」


「簡単に言えば、

 どれだけ信用されてるかだ」


 ユウマは少し驚く。


 そんなものまで存在するのか。


 だが。


 考えてみれば自然だった。


 この世界は、

 ただのゲームじゃない。


 人が居る。


 国家がある。


 街がある。


 なら。


 信用や立場が存在してもおかしくない。


 その時だった。


 ミナが小さく声を漏らす。


「……あ」


 ユウマが振り向く。


 ミナの視線の先。


 港中央通り側から、

 大量の人が走って来ていた。


 避難民だ。


 しかも様子がおかしい。


「逃げろぉぉっ!!」


「火が回ったぞ!!」


「押すな!!」


 パニック状態。


 その瞬間。


 ユウマの背筋へ寒気が走った。


「まずい……!」


 人波。


 狭い中央通路。


 避難民同士がぶつかる。


 転ぶ。


 さらに後ろから押される。


「危ない!!」


 ミナが叫ぶ。


 小さな子供が転倒した。


 その瞬間。


 後続の人波が迫る。


「っ!!」


 ユウマは反射的に走った。


【スキル補助:《瞬脚アクセル》】


 加速。


 肩が痛む。


 肺も苦しい。


 HPも低い。


【ユウマ HP:17%】


 でも。


 今は止まれない。


 人波へ飛び込む。


「道開けて!!」


 叫ぶ。


 だが。


 恐怖状態の人間は止まらない。


 押される。


 ぶつかる。


 視界が揺れる。


 その時だった。


 視界端のUIが、

 ノイズ混じりに明滅した。


【スキル適性変動中――】


【戦闘解析同期率:17%】


「……っ?」


 頭の奥が少し熱くなる。


 次の瞬間。


 人混みの流れが、

 ほんの僅かに“見えた”。


 右側。


 押し合いが薄い。


 左後方。


 転倒寸前の避難民。


 正面。


 このまま突っ込めばぶつかる。


 考えるより先に、

 感覚が答えを拾う。


【スキル補助:《看破スキャン》】


「……!」


 ユウマの身体が、

 自然に人波の隙間へ滑り込む。


 避難民の肩を避け、

 転倒した子供へ辿り着いた。


「大丈夫か!?」


 男の子だった。


 十歳くらい。


 泣きそうな顔で震えている。


「立てる!?」


「む、むり……っ」


 足を捻っていた。


 まずい。


 後ろから、

 さらに人波が迫る。


 ユウマの呼吸が荒くなる。


 怖い。


 押し潰される。


 その恐怖が、

 人混み全体へ伝染している。


 だが。


 不思議と今は、

 少しだけ流れが読めた。


 どこへ動けばぶつからないか。


 どこが危険か。


 視線。


 重心。


 人の流れ。


 全部が断片的に頭へ入って来る。


 まだ不完全だ。


 でも。


 確かに何かが変わり始めている。


 その時。


 視界端で、

 再びUIが揺れる。


【空閃補助精度上昇】


 ノイズ混じりの文字。


 ユウマは歯を食いしばる。


 今は読む余裕なんて無い。


 それでも。


 感覚だけは、

 少しずつ鋭くなっていた。


 ユウマは子供を抱き上げる。


「ケイ!!

 左開けて!!」


「おう!!」


 ケイが避難民を押し返す。


 ミナも必死に叫ぶ。


「慌てないで!!

 押さないでください!!」


 だが。


 群衆は簡単には止まらない。


 恐怖は、

 人を壊す。


 その時だった。


 人混み奥。


 燃える街の向こう側で。


 一瞬だけ。


 黒外套がこちらを見ていた。


 赤いUI光。


 そして。


 ゆっくり笑う。


 ユウマは息を呑む。


 あいつらは。


 この混乱そのものを、

 楽しんでいる。

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